679:多様な世界
「……なぁ、マキーナ。」
様々な異世界をくぐり抜け、もう少しであの神を自称する存在の所まで行けそうなポイントが貯まりそうだ、という頃だったと思うが、俺はある異世界にいた。
この世界もファンタジーな西洋が世界観にあり、フラッと立ち寄った冒険者ギルドで登録もできたし、既に依頼もいくつかこなしていて、見習いランクと言う奴からは抜ける事が出来た。
それ自体は問題ない。
むしろ順風満帆だ。
この手の異世界で一番最初に困る事は身分と日銭の稼ぎ方、だ。
変に近代化、未来化されている世界だと、生まれた時から登録されて管理されているため、身分を偽造するのには非常に手間がかかる。
非合法の手段か、誰かになりすますか。
どちらの手段を取るにしても、その世界観がどういう世界なのか、どういう歪みがあるのかを調べなければならないため、非常に手間だ。
転生者を探す前に、いきなり大問題というか、一苦労があると言っていい。
その点、こういったファンタジー色の強い世界は気が楽だ。
何せ、誰も身分証など持ってやしない。
どこぞの貴族でもなければ、まず出自は問われない。
“その辺の村から口減らしを兼ねて追い出されました”とでも言えば、疑う奴はいないし当然真相を調べる奴もいない。
<何ですか勢大?
その問いかけの内容がこの世界に来てからの疑問であると言うならば、以前もお伝えした通りです。
この世界全体に、不思議な強制力が働いています。
それがどういうモノなのかはまだ判別つきませんが、効果は恐らく勢大が感じている通りなのではないかと、という回答になりますよ?>
俺はマキーナの先読みした回答にため息をつきながら、冒険者ギルドに併設されている酒場の窓から外を見る。
労働を定められた日の昼下がり、元の世界の感覚で言うなら平日の午後。
街ゆく人々は皆どこか忙しそうだが活気のある空気で、皆足早に大通りを歩いていく。
威勢のいい呼び声で通行人に売り込みをかける露店の店主、ウインドウショッピングを楽しんでいる裕福そうな服を着たマダム達、地面に寝転がる物乞いの老人、そして元気に走り回る子供達。
実に平和な、争い事が起きていない世界ならばどこにでもある光景。
その全てが、脂肪のついた巨体である事を除けば、だが。
「これ、どういう事象が起きてそうなるのかは解らねぇが、今目の前に広がる光景から見てもよ、初めからこういう風にデザインされた世界なのか、それとも誰かが何かを操作してこういう世界を作り上げているのか、やっばりまだ解らねぇって事か。」
老若男女とにかく太い。
もう端的に言ってしまえば全員デブだ。
それも、ポッチャリなんて言う単語では収まりきらない。
頭と首の太さが同じ、そして胸から腰にかけても全く同じサイズ感だ。
重さに耐えるために皆ガニ股で、足早に歩いてはフゥフゥと息を切らして汗をぬぐっている。
いや、細身でしっかりとした筋肉を伺える存在もいるにはいる。
だが、そういう存在は獣人族やドワーフ、はたまたエルフ族のみだ。
純粋な人間族で、筋肉質で細身な人間、いや、この際筋肉云々は関係なく、細い人間は誰1人いなかった。
獣人は顔付きが獣、肉体は毛皮に覆われた二足歩行の人型であり、人間のような五指もある。
ドワーフは背の低いずんぐりとした体型だが、その体は殆ど筋肉なのではないかと思わせる程の肉体をしている。
公共サウナ等で見かけると、思わず“肩にちっちゃい重機乗せてるのかい!”と言いたくなるほどの筋肉美だ。
逆にエルフは筋肉がついてないんじゃないかと思える程の細身で長身だ。
ただ、顔つきは何故か皆ゲジゲジのような太い眉で唇が分厚い。
後、何故か髪型がアフロだ。
ダークエルフもいるが、そちらは肌が褐色ということを除けば殆どエルフと相違はない。
(そういや、魔族も似たようなモンなんだよなぁ……。)
魔族は青い肌を持っており、魔力で体型操作も出来るらしいが、こちらは何故かやたらと原色を使ったファッションや肉体改造を行う者が多いらしく、見かけても一瞬生体兵器の類なのではないかと錯覚する程だ。
本来は美形らしいのだが、いつしかそういう流行が彼等の間に出来たらしい。
それとこの世界、異種族間はもちろん、同性間での恋愛や婚姻がやたらと推奨されている。
一般市民にはそこまで浸透していないが、貴族間では当たり前の認識、そういう事になっているようだ。
(何だか、すげぇ世界なんだよなぁ。
それを当たり前も受け入れる前に、この世界から脱出しないとだなぁ。)
ボンヤリと考えながらも、路銀が底をつきそうなことを思い出す。
転生者を調べるにしても、生きるにしても、何にせよ金は必要だ。
我ながら世知辛いとは思うが、まぁこれも異世界にさりげなく溶け込むには必要な事だと割り切り、冒険者ギルドの受付へと向かう。
「こんにちはお嬢さん、何か良いクエストは入ってるかい?」
別に種族間で戦争をしていないこの世界では、冒険者の仕事は魔獣の駆除が、ついで街の何でも屋的な仕事が主だ。
大規模討伐でも無い限りは依頼掲示板に仕事が貼り出される事もなく、こうして受付でランクに合わせて仕事を斡旋してもらう形式だ。
受付嬢はジロリと俺を睨むと、手元の紙束をパラパラとめくり出す。
ここの受付嬢も、何というか、愛想は無いが見た目は愛嬌がある。
もう少し……と思ってしまうが、それを口に出すと色々問題が起きそうなので黙っておく。
「セーダイさん、申し訳ありませんが当ギルドからあなたにお仕事を回す事が現状難しくなっております。」
思わず“は?”と聞き返す。
この受付嬢が、何となく俺に当たりが強いのは知っていたが、こんなギルドの権限まで持ち出して何かするような子では無かったはずだ。
「今月からになるのですが、人間族の冒険者ランクに“重量”が追加されました。
セーダイさんの現状申請頂いた重量では、全ての依頼を提示する事が出来ません。
セーダイさんの体型ですと、お手数ですが後80キロは体重を追加していただく必要があります。
このまま当ギルドを去っていただいても問題ありませんが、全ての国で同じ基準となっております。
どこのギルドに向かわれても、同じ回答になります。
また、ご希望されるならギルドが資金等を事前にお貸し、体重増加プログラムに参加する事が出来ます。」
何を言われているのか、理解するまでに俺はしばらくの時間が必要だった。
長いお休みの後で何とか再開まで持ってきましたが、ちょっと色々体に不調という感じのアレコレが起きていて、更新がマチマチになりそうな予感がしております。
その際はまた後書きにも記載しておきます。




