67:白い世界
「よいしょっと。……あ、痛っ!」
もう、何度転送されたか解らない。
千を超えていたような気がするし、実際は数百かも知れない。
転送終了と同時に右目と左腕が痛む。
結構前の世界で右目を、そして少し前の世界で左腕の肘から下を、失っていた。
変身後なら強制的に修復されて生えたりするのだが、変身前の欠損だとそうはいかないらしい。
大きな失敗だった。
ただ幸いなのが、変身すると肘から先も存在し、自分の意志で動かせる事だろうか。
流石のマキーナも即復元は出来ないらしく、肘から先の失ったところが黒いゴムのようなもので覆われ、徐々に復元している様だった。
あるはずの無い指先が痛い。
耐えきれなくなると、一旦変身して左腕をさする。
このためだけにエネルギーを消費するのは勿体ないと思うのだが、それでも痛みには勝てなかった。
だな、転送直後の今はまだ大丈夫だ。
とりあえずマキーナに周辺の安全を調べて貰わないとな。
<スキャンしました。周辺に生物の存在はありません。>
“あぁ、また優しい世界か。”と安堵する。
ホッとしながら周囲を見渡すと木や草が生い茂り、鳥の鳴き声が聞こえる。
しかしよく見ると、木も草も、プラスチックやナイロンのような出来栄えで、まるで模型のようだ。
鳥の鳴き声はしても、鳥そのものを見つけることも出来ないし、木や草にいるはずの虫さえ姿が見えない。
“まさか”と思う。
通勤鞄をマキーナに収納し、試しに恐らく転生者が移動したと思われる方向と、逆の方向に進んでみる。
先程のマキーナのメッセージ、よく思い返してみれば“生物はいない”と言っていた。
すると、“風景を突き抜け”て、何も無い白い空間に出た。
かつてトレーニングをした、あの自称神様の少年がいた空間に似ている。
真っ青な空と、真っ白な地面。
少し違うのは、白い地面に等間隔に描かれた“グリッド線”のような模様があることだろうか。
白い世界から来た場所を振り返ると、恐らく転生者が移動したと思われる方向に、密林のテクスチャが見える。
まるでゲームのデバッグモードで、マップを突き抜けて全体を見渡してる感じだ。
「……優しい世界じゃなくて、“それしかない世界”の方か。」
たまにこう言う事があった。
最初は世界が崩壊しかけているのかと疑ったが、そうでは無かった。
ただ、この手の世界にいる転生者は、割と変な手合いが多い。
あまり考えたくはないが、穏便に済ますことは期待出来なさそうだ。
元来た道に戻り、転生者が通ったであろうルートを進む。
コイツ、無駄にくねくね歩き回ったらしく、微妙に歩きづらい。
何度も風景を突き抜けては戻り、ようやく人里が見えてきた。
簡易な柵で囲われた小さな集落。
藁葺き屋根にレンガが一部使われた建物。
煙突のようなモノが備わっている家もあり、そこから薄らと煙が立ち上っているのがわかる。
実に穏やかで、ファンタジーな田舎の風景だ。
「あの、王都に行くにはどうしたら良いでしょうか!」
集落に近付くと、柵の向こうで畑を耕している男性が見えたので、念のため声をかける。
しかし、男性は俺の声を無視するかのように、畑の同じ位置で鍬をふるい続けている。
「うへぇ。
一番最低の、反応すらしないパターンかよ。
……おい、マキーナ。」
<マキーナ、通常モード>
俺はため息と共にマキーナを起動する。
全身をダイバースーツのような黒い服と部分装甲が出現する。
左腕も復元され、左手を握ったり開いたりして、感触を確かめる。
そして当然、この状態になれば右目も見える。
俺は閉じていた右目をゆっくりと開ける。
そこに映るのは、デッサン用のパペットマンが、機械的に鍬を上げ下げしている風景だ。
欠損状態だと、マキーナのアシスト機能が強化されるらしい。
見えない右目の代わりに、何かのセンサーが機能していた。
それを使うと、何というか、“根底の真実”を映し出してしまうようだ。
恐らく転生者視点における、“モブ”や“主要人物”を映し出してしまうらしい。
通常の世界では、こうは映らない。
ただこういった奇妙な世界においては、“キャラ”と“それ以外”とでくっきり分かれてしまうので、それを見分けるのには便利だった。
道行く人、すれ違う人にもそれぞれの人生がある、そう思う俺とは、対極の考えのようだ。
或いはそこまで思いが巡っていないだけか。
「なるほどなぁ、多分転生者が見たり話しかけたりすると、反応するタイプなんだろうなぁ。」
集落を見て回って、その結論に落ち着く。
恐らく転生者が立ち寄らないであろう場所の家にいるパペットマン達は、居間のテーブルで向かい合わせに座っている。
気紛れに転生者が立ち寄ったとしても、“団らん中”という風に見えるだろう。
面白いことに、立ち寄りそうな家の風呂場と思われるところでは、女性型のパペットマンがずっとしゃがみ込んでいる。
恐らく、ラッキースケベ的なイベント用に配置されているのだろう。
食事を並べている家もあったが、スープの中身は真っ白な液体だった。
シチューと言うよりは、白い絵の具を水に溶かしただけというレベルの白さだ。
言うなれば驚きの白さだ。
そして中の物体も、白い固形が浮いている。
とても食い物に見えない。
恐らく、転生者の視点には食事に見えるし、イキイキと生きている様に見えるのだろう。
だが、いわゆる異邦人の俺にはそうではない。
この世界の住人は、恐らく転生者が近くにいなければ俺に反応することすらないのだろう。
ここまで酷いのは久しぶりだ。
ついこの間の似たような世界でも、“ここはアッサラームという町だよ”と、基本同じ言葉しか喋らないが、俺にでも反応していたのに。
とりあえず諦めて集落を出る。
多分、この転生者が通ったらしき道を辿れば王都には行けるだろう。
俺はマキーナを解除すると、スーツ姿のまま歩き出す。
こういう世界の住人は、俺が何を着てるかも意識していない。
「やれやれ、テンション下がるなぁ……。」
そう言いながらも、何故こういう世界が存在するのかは気になっていた。
転生者がそこまで思い巡らせなくても、住人がイキイキとしている世界もあった。
まるでここは、コピーにコピーを重ね続けた劣化した世界にも感じる。
一番人々がイキイキしていたのは何処の世界だったか。
何と言ったか……そうだ、アタル君と言ったかな?
今にして思えば、あの世界が一番、風景も人もハッキリとしていたようにも思える。
食い物は訳わからなかったが。
これも、あの自称神様に会えば解るのだろうか?
そんな事をボンヤリと考えている内に、王都の門が見えてきた。
さて、どんなのが待っているかねぇ。




