678:願いと託す想い
“もうそろそろ良いんじゃねぇか?”と言おうとしたが、まだ俺の体のコントロールはマキーナに渡したままだ。
俺の体を操作するマキーナは、左手の五指をアケチに向かうと、殆ど目では見えないような細さの針を射出する。
その針は同じく、目では見えないような糸で繋がっている。
その針を通して、対象の体に微弱な電流を流す事ができるのだが、そうなると対象がどうなるか、これは俺も知っていた。
『理不尽は相対する私だけではありません。
例えば、こうして貴方自身に及ぶこともあります。』
マキーナが電流を流すと、アケチの体は突然飛び跳ねるように立ち上がる。
「なっ!?あっ!?えっ!?
こ、これはどういう事だ……!?
止め……っ!?」
次の瞬間、アケチの体がものすごい速さでコサックダンスを踊り出す。
いくら鍛えているとはいえ、先程傷を治したばかり、しかも鎧を着込んでいるのだ。
その上で、体操選手も真っ青なくらいの速さで足を交互に出している。
アケチ自身では、もう何もできないだろう。
出来る事があるとするならば、筋肉の悲鳴という苦痛を感じながら苦悶の声を上げるだけだ。
『貴方の悶える声など気持ち悪いだけですね、少し静かに踊ってもらえますか?』
可哀想に、声を上げることすら封じられ、異常な速さで踊り続けている。
常人ではその苦痛に意識を失うだろうが、マキーナの電流がそれすらもさせない。
『本来の能力であれば“洗脳”や“魅了”、或いは“常識改変”に該当します。
ただ当然、私にはそのような能力は使えませんので、劣化ではありますが“電流による身体操作”で、擬似的に体験していただきました。
いかがですか?
これも、勢大は打ち破った異世界の理不尽です。
貴方は打ち破れましたか?』
針が抜き取られ、素早く巻き戻ると左手に収納される。
次の瞬間、弾かれたようにアケチが倒れると、胃の中の物を全て出す勢いで、口から大量に何かが吐き出されている。
「おぇぇぇぇ……。
お、おま、お前は、……。」
呼吸もままならず、喋ろうにも胃から逆流するモノで止められながら、アケチは俺を見上げる。
『私は勢大の唯一の相棒、マキーナと申します。
あぁ、別に覚える必要はございません。
貴方とは、これでご縁が切れますので。』
こいつめ、俺の口上まで真似しやがって。
しかしここまでとは思わなかったが、多少は痛めつける予定だった。
これ以上頼られる事の無いようにしたうえで、コイツの願いを叶えてやる予定だったのだから、まぁ結果的には予定通りか。
<力の差は見せつけました。
コントロールをお返しします。>
外から見ているような感じだった俺の視界が、元の視線へと戻る。
やり過ぎだったような気もしたが、まぁマキーナもこの世界にフラストレーションが溜まっていただろうしな。
これくらいは仕方無いか。
「ふ、ふっ、フフフ、つまり、セーダイには何の能力もないのなら……。
お主、マキーナと言ったか、そなたを入手すれば、俺にも同じような能力が手に入るワケだろう?
なら、勢大より俺の方がおぬしに相応しいかも知れんでは……。」
『あのなぁ、お前まだ理解できねぇのか?
今マキーナが見せた能力の上位版を、つまりはあの神を自称する存在が、お前等みてぇのに与えた不正能力を、俺は相手にしてきたんだぞ?
つまりは俺には効かねぇって事だ。
だから仮にお前がマキーナを使った所で、俺には勝てねぇよ。』
俺が元に戻った事、そして、俺の言葉が真実であろう事、もう自分には動ける体力がない事。
恐らくは全てを理解したのだろう。
ガックリと肩を落とし、今度こそ本当に下を向く。
<それに私は、勢大でなければ起動しませんからね。
どのみち彼に私は使いこなせません。>
言ってやるな、とは思ったが、まぁマキーナの声はあまり多くの転生者には聞こえないから大丈夫だろう。
『んで?結局お前さんはこの後どうしたい?
周回を繰り返すか、あまり面白くはないかも知れんが元の世界に戻ろうとしてみるか。
それはお前に任せるところだ。』
「俺……俺は、何をすればいいんだろうな。
この世界を繰り返す意味もない。
元の世界に戻ったところで……、先程は“子ができた嬉しさで”と説明したが、本当は違うんだ。
本当は、“浮気相手との子供が出来た”と妻から聞かされ、それまでの全てが嫌になって……。」
そうして自ら命を絶った、というのが真相らしい。
その後、あの存在から“刺激的な人生を何度も体験できる”“その人物で死を迎える寸前に周回を使えば何度でも人生を楽しめる”と吹き込まれたらしい。
「その後、少し飽きてきた頃に“異世界で自分が住みやすい地を探して転移を繰り返している”というハジメさんに会ったんだ。
その時に、彼とこのゲームの事で少し話していてね。
彼は“元のゲームには完全クリアのボーナス特典があったはずだから、きっとこの世界でも完全クリアすれば神様が願いを叶えてくれるだろう”と教えてもらってさ。
だからそれを信じて、これまで一生懸命クリアしてきたんだ。
……でも、もう色々疲れちゃったよ。」
どうしたものか、と悩む。
同業者かと思ったが、どうやら迷惑な事をしてくれていたようだ。
このままアケチを放り出すには、流石に寝覚めが悪すぎる。
『あー、その点はなんというか、俺からは何も言えないな。
俺に出来るのは2つの選択肢だけだ。
元の世界に戻るか、ここにいるか、だ。』
ずっと視線を地面に落としていたアケチが、ようやく俺を見る。
その目には、何かを決めた決意のようなものが宿っていた。
「いや、元の世界には戻らない。
あの世界に、俺のいる場所はなかった。
いや、戻って妻と別れて、人生をやり直せばいいと思うかもしれないが、もうあの退屈な世界には戻れない。
俺は、この世界で命のやりとりをして、夢半ばで倒れるくらいが丁度いい。
もう、この周回もここで終わりさ。
俺はもう、きっと死んでいるんだろうさ。
死人は大人しく、あの世に行くべきだ。」
憑き物が落ちたような、穏やかな顔だった。
俺は承知すると、あの存在との最後の接続を切り離す。
ゆっくりと、俺の足元が光の粒子となり、分解していく。
『……最後に、余計なおせっかいだが、1つ頼みがある。』
俺の言葉に少し驚いたようだが、アケチは穏やかに微笑むと“何でも言ってくれ”と頷く。
『俺と共にいた鉄砲隊、あいつ等を頼む。
かなり荒事を潜り抜けてきた頼れる奴等だ。
きっとアンタの力になってくれると思う。
それと、やっぱり最後にヤバい事になった時、キルッフを頼ってみろ。
俺から言われたといえば、きっと協力してくれるはずだ。』
言葉の意味を理解してくれた様で、アケチはアレコレと言わずに“わかった”と頷く。
これで多分、大丈夫だろう。
俺は光に包まれ、もう何も見えなくなる。
やれやれ、相変わらず酷い世界だった。
次の世界は、もう少しマシであってくれると助かるんだがな。
そんな事を思いながら、俺はまた、俺の旅に向かう。
色々遅れだしている中で非常に申し訳ないのですが、この後家族での旅行や月末月初の対応等、更に色々ありまして……。
キリが良いので、一旦休止させていただき次回を10/6(日)の2:00アップ(予定)とさせて頂きます。
次回からは“旅の途中”を挟み、新章予定になります。
恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。




