676:膨らむ欲望
「……俺が、鍵だと?」
悪意に満ちた笑顔で立ち上がり、俺を見下ろすアケチ。
2メートルくらいはあるのだろうか、近くで改めて見るとこいつは結構デカい。
「ククク、そうだ。
実はな、最初から怪しんではいたんだ。
あの、オーダの仕官募集は必ずあるイベント、いわゆる本編の最初の分岐って奴でな。」
アケチの話では、実際には幼年編、少年編からの一人の武将となり覇道を目指す青年以降、つまりは本編という流れらしい。
幼年編、少年編でも分岐はあるが、それは主に“自分のステータスやカリスマ値”みたいなものに影響するモノだそうだ。
だが、本編の最初の分岐はあの、俺達が受けた士官用の試験で“誰を選ぶか”というのが重要らしい。
そこで選んだ兵士というのは直接、そして解りやすく影響を受けるという事ではないらしい。
それでも、その時選んだ兵士が見えないところで影響し、例えばアケチ編であれば絶体絶命の危機を救ってくれたり、或いは共に最後まで戦って戦況を逆転してくれる、もしくはそもそもそれが起きない様に謀略を駆使するような、優秀なお助けキャラになったりするそうだ。
ちなみにキルッフは大器晩成型で謀略以外のオールマイティ系お助けキャラとして優秀らしい、
最初はメッタメタに弱く、採用すると序盤は金銭的な苦労があるそうだ。
しかしオーダを討ち取った後、トヨトミに攻められた時に戻ってきたキルッフを使うと、それまでうまく立ち回っていれば逆にトヨトミを撃破する事が可能だし、あまり上手くない立ち回りをしてしまっていたとしてもキルッフを犠牲に撤退する事が可能であり、しかも置き土産としてトクガー家に話をつけており、“テンカイ”という名前で安寧に生き残るルートも存在するらしい。
そのため、転生前のゲームでも攻略サイト等では“アケチ編をやる時に採用するならキルッフ一択”というガイドが乗っている位、重要なキャラらしい。
少しだけ、それを聞いていて嬉しくなってしまう。
この世界でも、アイツはやっぱり凄い奴だったんだな、と。
アイツにとっては初めましてかもしれないが、俺は様々な世界で、アイツをずっと見てきているのだ。
この世界で、アイツを認めているのが俺だけでなくコイツもそうなのだと、そんな事を考えていた。
「そのキルッフがお前を推薦してきた。
これは転生前には存在しない選択肢だし、俺が周回してきた中でも初めての体験だったよ。
それがまさかの“異邦人”だったとはな。
しかも聞けば俺と同じように周回を、いや、毎回変わる異世界を巡り続けている、とな。
俺はな、この世界で周回している内に、“本当に欲しいモノ”に気付けたんだ。」
「……家族の元に帰りたい、だったよな。
だからこうして……。」
大切な家族の元に帰りたい気持ちは俺にもある、というより、俺はそれが原動力だ。
だからその気持ちは痛いほど解る。
ましてや子供が出来ると聞かされているのだ、その気持ちは俺よりも強いだろう。
しかし、俺の言いかけた言葉に、アケチは、いや、“アケチのガワを身に着けている誰か”は、より一層凶悪な笑顔になる。
「家族、フム、家族ね……。
作ってもいないのに生まれる子供がいる家族の元に、果たして俺は帰りたいのかね?」
思わず言葉を失う。
お前それは、と言いかけてアケチの表情を見る。
凶悪な笑顔、笑っていない目の奥、その中に燃える怒り。
つまりアケチには、言葉では戻りたいと言いつつも、戻ってもそこに心から幸せを感じる家庭は存在しない。
ではコイツは何のために戻ろうというのか。
こうして周回していても、コイツにはもう何のメリットも……。
「……ッ!?」
目の奥の怒りに、狂気が含まれるのを見逃さなかった。
想像通り次の瞬間、アケチは腰の太刀を抜き放つと俺を薙ぐ。
辛うじて太刀の軌道から逃れると、思わず反射的に中段の構えをとる。
「ククク、やはり簡単に殺されてはくれんか。
本音を言うと俺はな、別に元の世界にどうしても戻りたいワケでは無いんだ。
ただ、元の世界では味わえなかった刺激的な生き方、退屈なデスクワークとアルコール、週末のバッティングセンターに妻の愚痴を聞くだけの日々ではない、命のやり取りが常にあって人をぶっ殺して生きる糧を得る、そういう“より根源的な生き方”が何度も出来るなら、俺はそれでいい。
そして、近未来SF戦国時代であるこの世界は大好きなんだが、たまには他の世界も見てみたい。
……エルフやドワーフがいるような、そういう異世界でも国盗りをしてみたい。
最近ではそんな事を思うようになってきていてな。
“異世界に渡る方法は無いものか”
そんな事を考えていたんだ。」
彼……、いや、もうアケチで良いだろうな。
アケチはそう言うと凶悪な笑顔を顔に張り付けたまま、瞳の奥に虚ろな光を纏って太刀を構えなおす。
馬鹿馬鹿しい。
“ちょっと味変してみようかな”
そんな風に簡単に異世界に渡れると思っているこの男が、そして行った先の異世界をめちゃくちゃにしようと思っているこの男が、心の底から腹立たしい。
「……そうか。
異世界を転々としている先輩として、一つ教えてやる。
異世界ってのはな、その名の通り“こことは異なる世界”って事だ。
つまり、今のお前の常識は通用しねぇって事だよ。」
「ほう、ますます面白いじゃないか。
たまには攻略本無しで、自分で攻略してみるのも大事な事だからな。」
そうかそうか、そんなにあの苦しみをご所望か。
なら、少しは見せてやるか。
劣化品とはいえ、他の異世界がどういう物かをな。
俺はポケットから金属板を取り出す。
「なら、モノマネだがちょっとだけ体験させてやろう。
後で後悔するんじゃないぞ?
……マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
マキーナの言葉と共に、俺の全身を光の線が走る。
懐かしささえ感じるボディスーツの感触を確認し、アケチに顔を向ける。
「ほう、異邦人殿は、まだ隠し持っているものがあったか。
だが面白い、異界の力とやら、存分に披露してみせよ!!」
『……悪いが俺は今、誰かさんのお陰で少々ご機嫌斜めでね。
あまり楽しい催しにならないと思うから、そこまで期待しない事だ。
……マキーナ、“この体の操作をお前に譲る”。』
俺が戦ってすらやるものか。
理不尽を体験すると良い。




