672:援軍
「オイオイ、何悩んでやがる?
どう見ても味方はキレイに罠にハマってるんだ、今助けに行かなきゃそれこそタケイダの思うツボだぞ?」
「……嫌な予感がするんです。
ここで、フジーラ殿ともう合流できないのではないかという予感が。」
何だ、そんな事かと笑いそうになると同時に、確かにな、とも思う。
これから側近達が向かう場は恐らく、魔女の煮えたぎる釜の中の方が、まだなんぼかマシなくらいの大混戦の真っ只中だ。
自身が命を落とす可能性は否定出来ない。
「なるほどな、だがその警戒は大事だ。
それくらいの危機感で救援してこい。
俺が合流するまで、誰もおっ死ぬんじゃねぇぞ?」
「いえ、我等の心配ではありません。
フジーラ殿と10小隊が、です。」
思わずズッコケそうになる。
何を言い出すかと思えば、恐らく敵の勢力が薄い俺達の心配とは。
「まぁ、それは確かに全員新兵ならそうかも知れん。
だが、俺がいるんだ、並大抵の伏兵程度ではやられんよ。
さぁとにかくもう行け!!
早く行かねぇと被害が広がっちまう。」
手を叩き、側近達を追いやるようにして援軍に向かわせる。
最後まで“必ず合流してくださいよ!”と部下達が口々に言っていたが、心配しすぎだ。
確かに今の状況では、多数の伏兵がいれば危険だが、流石にこの森林の中へ引き込むという戦術を取っているのだ。
大軍で側面から回り込むなんてのは考えづらい。
森林の中では移動だけでも一苦労するのに、そんな無駄な用兵をする訳が無い。
「……とはいえ、回り込む用の兵隊くらいはいる、か。」
それから少し進んでいると、俺は不自然な揺れ方をしている草むらを見つける。
躊躇なくそこに銃弾を一発叩き込むと、小さな悲鳴の後でドサリと何かが倒れる音が聞こえる。
「各員警戒!くるぞ!!」
俺の叫び声が呼び水になったのか、あちこちから隠れていた敵兵が大声を上げて突撃してくる。
新人達で構成された10小隊の若者達も、焦りながらも銃撃を加え、同じように雄叫びを上げる。
今ここで、少数とはいえ側面のぶつかり合いが始まった。
「押し負けるなよ!!
ここを抜かれたら無防備な味方の横腹に食いつかれるぞ!!」
俺も叫びながら、引き金を引き、肉薄してきた敵兵を吹き飛ばす。
「もらったぁ!!」
その敵兵に隠れるようにして重なり進んでいたもう一人の敵兵。
振り上げた刀を振り下ろされる前にステップで接近し、顔面に拳を叩き込む。
後ろにのけぞった瞬間に2撃目を腹に。
そうして吐瀉物を撒き散らしながら前のめりになったところで、もう一度顔面を蹴り上げる。
「悪いな、俺は接近戦の方が得意でね。」
血と吐瀉物を撒き散らしながら縦に回転して吹き飛ぶ敵兵にぶつかり、別の敵兵も倒れて動かなくなる。
当たりどころが悪かったのか、首がおかしな方向に向いていた。
「得物までプレゼントしてくれてありがとよ。
オラ!次は誰だ!!
我こそはと思う奴はかかってこいよ!!」
地面に突き刺さっていた刀を拾うと、声を張り上げる。
一瞬だけ気圧されてくれたが、彼等ももう後がないのだろう。
すぐに目の中に狂気が宿ると、また雄叫びを上げて突撃してくる。
(……これは、ちとヤバいかも知れんな。)
次々と相手をしながら、額に汗が浮かぶ。
予想より数が多い。
そして何より、彼等は死兵に変わっている。
別にアンデッドの兵士と言う訳では無く、“死んでも構わない”という覚悟で挑んでくるのだ。
その覚悟の差は、こういう瞬間では決定的な差として生まれやすい。
現に、こちらの部隊も次々と被害が出始めている。
このまま行くと、本当に敵の勢いに飲み込まれる可能性が高い。
(俺だけなら何とかなるが、しかし……!!)
迷っていると、後ろからいくつかの発砲音。
俺の周りの敵兵がバタバタと倒れたのを見て、思わず振り返る。
「やった、援軍だ!!」
「良かった!援軍が来たぞ!!」
若い部下達は増援に喜んでいたが、俺の頭には疑問が生まれる。
何故?
どうしてこんな価値が無さそうな戦場に増援が?
仮にここで俺達が全滅したとしても、残された敵の戦力ではあまり大きな痛手にはならないだろう。
正直、行ったとて大軍に飲み込まれて消し飛ぶ位までは消耗するはずだ。
なら尚の事、ここに援軍を送る意味がない。
「あ、あの旗印!!」
「桔梗紋!アケチ殿が来てくれたぞ!!」
目立つ水色の旗に、白い桔梗の紋章。
ミツヒデ・アケチの家紋だ。
それを見て、ますます意味がわからなくなる。
何故、この方面軍の総大将がこんな無価値な戦場に、颯爽と駆けつけてくる?
驚いて見ている俺と目が合い、アケチはニヤリと笑う。
決して友好的ではない、悪意のこもった笑みだ。
「……イカン!?
全員逃げ……!?」
言い切る前に、複数の銃声が轟く。
ギリギリで伏せるのが間に合ったが、俺の頭上をいくつもの弾が通り抜ける。
敵も味方も、次々に倒れていく。
「なんてぇもんを隠し持ってやがるんだよ。」
最高にこの場に似合わない姿。
武者鎧を身に着け、馬に乗り。
そして手に持っているサブマシンガン。
最高に場違い過ぎて、逆にイカしてるまであるな、これ。
「ハッハッハ!ヒデヨシ・フジーラ!!
いや、セーダイ・タゾノだったか!!
周回プレイ中に初めて出会ったイレギュラーよ!!
お前を倒せば、また何か変わってくれるのか!!」
思わず息を呑む。
やはり、やはりコイツが転生者か。
いや、今はそれどころじゃない。
とにかく、若い奴らを逃さないと!!
「全員、アケチは乱心した!!
急いでここから離れて中央の本隊に合流しろ!!」
そう叫ぶと、鉄砲隊の味方はもちろん、敵もあの武器に恐れをなしたのか、一斉にこの場から離れようと逃げ出す。
「ハッハッハ!無駄な事を!!
コイツ等は所詮ユニット!また周回すれば当然のように生きているというのに、何をそんなに惜しむ必要がある!!」
高笑いしながら、アケチはまたサブマシンガンを乱射する。
音がするたびに、敵も味方もバタバタと倒れていき、遂には立っているのは俺と奴だけになっていた。
(落ち着け……。
前にもこう言う奴はいた。
下手にコイツを殺すと周回されて逃げられる。
何とかここで取り押さえないと。)
背中のエンフィールドリボルバーに手が伸びかけたが、思いとどまる。
これを持っているのはまだバレていないはずだから、撃てば殺れる。
しかしそれをしてしまうと、この手の奴は“周回”という名の不正能力が発動してしまう。
動けないでいる俺に、アケチはニヤニヤと笑い続けていた。




