671:追撃戦
「フジーラ鉄砲隊は右側面から迂回し、マウント・テンモクまでの山々を走破せよ!」
伝令に承知の旨を伝え、本部に戻らせる。
低いとはいえ山岳地帯、しかも木が鬱蒼と生い茂る場での戦闘、しかも右側面か……。
「フジーラ殿?何か浮かない顔ですね?」
「あ、いや、ライフルを構える時はどうしても右側の足を引いて、右肩にストックをつけるだろう?
体の構造上、正面に構えても左半身での構えになるから、そこから右側に照準を動かすのは楽なんだが、左側に体を動かすのは意外にキツかったりするんだよ。
だから、左側面からならやりやすいけど、右か、と思ってな。」
まぁ、命令である以上そんな事を思っていても仕方ない。
それに、連発式ならまだしもどうせ単発式のライフルだしな。
一発撃ったら次の弾を込めるまでに接近されたら、どうせそこまでだろうし、大した問題でもないか。
「左様でしたか……。
あ、フジーラ殿、そういえばまずはこの森の中での戦いですからな。
先ほど良さそうな補給品を見かけていたので、しばしお待ちいただけますかな。」
頭の上に“?”マークを浮かべながら側近を見るが、側近は近くの小隊に声をかけてさっさと後方の補給所へ向かってしまう。
まぁ、自発的に動けるようになったのは喜ばしい、と見るべきか。
俺は離れて行った側近の代わりに部下に休憩と整備を指示し、自分もライフルを分解して整備を始める。
「この部隊の指揮官は誰だぁ!!」
休憩している俺達を見つけ、歩兵の千人将であろう髭もじゃのおっさんが大股で歩いてくる。
俺は急いで細かい部品を組み立てておくと、素早く立ち上がる。
こういう細かい部品は立ち上がった拍子にどこかへ行って、見つけるのが大変だったりするからな。
「はっ、私ヒデヨシ・フジーラ二百人将が指揮を任されております。」
「貴っ様ぁ!歩兵の我々が我先にと追い討ちをかけているのに、貴様らの部隊は何を遊んでおるのかぁ!!」
あー、こういう手合か、という気持ちで少し白けるが、相手は俺よりも上級階級だ。
それを表情に出すわけにはいかないだろう。
「はっ、申し訳ありません!!
我々鉄砲隊が使うライフルはこまめな整備がないと作動不良を引き起こしまして、現状のまま追い討ちをかけると途中で動作不良を起こし、かえって歩兵隊の皆様にご迷惑をおかけする事になります!!
そのため、歩兵隊の皆様が体を張っていただいている間に、確実に仕留める為の整備をさせて頂いております!!」
「……っ!!
チッ、不便な武器よな!飛び道具がなければ満足に戦えもせんとは!!
もうよい!貴様らはそこでシコシコ棒をいじって、ゆっくり来ると良い!!
俺達歩兵隊がサッサと追撃して終わらせてくれる!!」
高圧的な将軍殿は結局高圧的なまま、言いたい事を言うとまた大股で歩いて去っていく。
まぁ、決してあの将軍が無駄に威張り散らしている訳でもない。
同じオーダの軍勢とはいえ、実は鉄砲隊の運用方法に関してはそこまで広まってはいない。
戦場は今だに弓兵と歩兵と騎兵という、今まで通りの戦場が主流だ。
だから将軍達もそれらの用兵や必需品、行動は理解できていても、鉄砲隊という新しい兵科の運用までは追いついていない。
そんな中だから、“整備が必要な武器”という認識を持っている将軍など稀であり、大抵は先程の将軍のような認識になるのだろう。
そういえば前にも集団戦ではなく個人戦として鉄砲隊をバラバラに配置された事もあったが、大体があぁいう感じの“全てにおいて強い”みたいな一騎当千の兵士みたいな考え方を持っていたりしたもんなぁ、とぼんやり考えていると、側近が戻ってくるのが見えた。
「フジーラ殿、ありましたぞ!!
……何か、ありましたか?」
「いんや、別に何もねぇ。
で、面白いものってなんだ?」
“これですよ、これ”と、側近が持ってきた箱を開ける。
そこには、ボルトアクションライフルとは違う、もっと短い銃が入っている。
「……エンフィールド・リボルバーか。」
一体この世界の科学技術はどうなってやがるんだ。
ライフルは単発式のボルトアクションライフルのくせに、ハンドガンは元の世界の第二次大戦で使われた中折れ式のリボルバー式拳銃が出てきやがる。
何というアンバランスだ。
「数はそんなにありませんでしたが、ここの将軍達には使い道が解らなかったようでして。
鉄砲を扱っていたので、これを見かけた時は“もしや新型の鉄砲では?”と思いましてな、我等の物資という事で失敬してきましたわ。」
そういって笑う側近を見て、“誰に似たんだか”と苦笑すると、今度は周りの部下達も笑い出す。
それを見てむず痒いような気持ちになる反面、これ以上は良くないだろうな、と心の何処かが警鐘を鳴らす。
これ以上行動を共にすると、そのうち全隊員の名前を覚えてしまいそうだ。
「……よし、数に限りがあるからな、各部隊の将と近接戦闘になりやすい部隊に優先的にまわせ、使い方は今から俺が教える。」
数刻の後、中折れ式拳銃の使い方を教えた俺は部隊を伴い森へと進軍する。
少し進んだだけでも、隙間なく鬱蒼と茂る木々は視界も悪く、進路上の木がライフルの取り回しを悪くさせる。
隠れる場所は山程あり、尚且つライフルを振り回すには非常に邪魔だ。
「いいか、木の上にも伏兵がいるかも知れん。
正面だけでなく、上にも警戒しろ!!
仲間同士で互いの死角を守り合え!!」
鉄砲隊は分隊単位で別れ、ジリジリと進んでいく。
俺は一人で進みつつ周辺警戒をしているが、そんな俺に側近が近付いてくる。
「フジーラ殿、警戒は解りますが、少し警戒し過ぎでは?
先程の戦いでも、敵は総崩れになっておりました。
言ってみればこれはもう、残党狩りなのでは?」
「いや、それが気になってるんだよ。」
側近の不審な顔をチラと見ると、俺はまた周辺の音を聞きつつ警戒する。
「さっきの戦い、あまりにも早く崩れすぎてねぇか?
騎兵を出したら後は混戦だ。
そうなると満足に撤退も出来なくなる。
だから、先の前口上に動揺したふりをしつつ、槍歩兵の後にすぐに逃げ出すフリをして、追撃戦にさせたんじゃねぇかなぁと思うんだよな。」
側近はなおも、“なぜそんな無駄を?”と言おうとしたが、それよりも早く遠方でいくつもの悲鳴が聞こえた。
警戒しながら防御陣形を取っていると、血まみれの伝令が俺達の方に向かって走ってきているのが見えた。
「で、伝令……!!
我等、敵の奇襲にあい被害甚大!!
て、鉄砲隊に支援求む、と!!
これは後詰めにも連絡がいっておりますので、鉄砲隊への増援も出す、とのこと……!!」
息も絶え絶えになっている伝令を介抱させながら、考える。
全く解らないが、何か嫌な予感がチリチリしている。
中央の歩兵隊がやられた事は、何となく予想はしていた。
ただ、それとは別種の何かだ。
「……とはいえ、悩む時間は多くないな。
よし、わかった。
おい、俺には新設の10小隊だけつけて、残りは全て中央への増援に向かえ。」
俺の言葉に、今度は側近が驚き、悩む表情を見せていた。




