669:コンクエスト・コーシュー
「全軍!進め!!」
アケチの号令により、その場で待機していた兵士達は徐々に歩を進めだす。
全軍団の中で割と後方に位置している俺達鉄砲隊のところまでその声が聞こえていた。
細身の優男だと思っていたが、中々どうして良く通る声だ。
振り返り部下を見れば、皆慣れたようにライフルを肩に担いで行軍している。
式典のように歩調をそろえているわけでは無いのでめいめいバラバラに歩いているが、いつも通りの当たり前のように周囲をさり気なく警戒しているその姿は、実に落ち着いたものだ。
「たまには我等も馬に乗ってみたいものですな。」
「何だ?お前馬に乗れたのか?」
俺の隣を歩いている側近が、遥か先を行く騎兵隊を見ながら珍しくぼやく。
騎馬に乗るというのも、意外に簡単な事ではない。
ただ乗って運ばれるだけなら、少し練習してコツを掴めば出来るかもしれない。
しかしこちらの行きたい方向に馬を従わせ、速度を意のままに操り、更には戦闘行動をしなければならないのだ。
ついでに言えば、俺達の使う鉄砲の爆発音にも耐えられる馬でないといけない。
俺達鉄砲隊が馬に乗ると考えたら、人も馬も相当な訓練と時間が必要だろう。
まぁ、車両もあるにはあるが、こういった作戦で使われる場合はまず総大将か、或いは補給物資の運搬に使われてしまう。
俺達が乗るどころか、前線でも見かける機会はないに等しい。
「いいえ、全く乗れませんな。」
「何じゃそりゃ。それじゃ乗るところから訓練し直しじゃねぇか。
でもまぁ、騎馬鉄砲隊か。
オーダ氏にでも進言してみるか?」
側近が笑いながら返す言葉に、俺も冗談を交えて返す。
鉄砲隊が先に戦場に着いたところで、碌な事にはならない。
いずれは鉄砲が主力となり、更にはスピードが命の電撃戦みたいな戦いも、ノルマンディーのような酷い戦いもこの世界で生まれるだろう。
だがそれは今じゃない。
両軍の将が開戦前に“やぁやぁ我こそは〜”なんてやってるくらいが、情緒があってまだマシだろう。
「しかし聞きましたか?
我等第三方面軍の総指揮はアケチ殿らしいですが、アケチ殿は名乗りも戦場にも出ずに、後方で指揮に専念されるそうですぞ?」
少しだけ、側近が非難めいた声色で俺に告げる。
そうなのだ。
この世界での戦いは、割と古めかしい作法が存在する。
敵地で布陣が揃うと、双方の偉い人間、大抵は総大将か、或いはそれに準ずる位の高い将軍が名乗りを上げる。
自分が何者であるか、誰の命でここにいるか、何を目的としているのか、等々、ここで降伏勧告も行われる。
一通り攻撃側の意思表示が終わったら、今度は防衛側だ。
そこを守らなければならない理由、自分達の大義、降伏に応じるか否か。
そこで決裂すれば、次のフェイズだ。
俺達のような鉄砲隊か、或いは弓隊によって鏑矢が放たれる。
この、音が出る矢を双方が一斉射する事で本格的な戦いが始まる。
次に槍を持った歩兵の突撃が行われ、最後に騎兵隊が一気に突撃する。
ここでどちらかが引かなかった場合、後は大混戦となる。
そうなるともう、どちらかの軍勢が動く者がいなくなるまで戦い続け、そしてそうなれば終了フェイズとなる。
この一連の中で、勇猛果敢な武将は最初の名乗りあげ、そして騎馬での突撃の際にも前線に出てくる事が多い。
これは攻撃側だけでなく、防御側もそうだ。
結局は人間のやる事だ、“自分の所の大将が前を走ってくれる、ちゃんと自分達の大将は頼れる人なんだ”という安心感からくる士気の向上は、意外とというかかなり馬鹿には出来ない。
そこでの大将格の働きによっては、劣勢だった状況をひっくり返したりする事もある。
無論その逆に、圧倒的に優勢だったのに大将が運悪くやられてしまい、そのまま敗北してしまうという不慮の事故もありうる。
だから一概に大将格が前線に出る事に良し悪しはつけられない。
それでも、自分達のリーダーが、ついて行くに相応しい蛮勇を持っているか、というのも1つの指標になってしまう。
側近が非難しているのはそういう事で、要は“大将のくせに死ぬ事を怖がる意気地なし”というような、この世界基準での単純な不満だ。
元の世界で近代的な戦争の歴史も少しは学んだ俺としては、“どちらの考えもわかる”と思ってしまうので、全面的に側近に同意する気持ちにはなれない。
やはりこう言う所は、違う世界なのだという考えを強くさせる。
「まぁ、そう言うな。
大将がいなくなって勝ち戦のつもりが総崩れ、なんて事態にはなりたくないだろう?
今回はそれだけ、負けられない戦いでもあるんだ、その辺は仕方ねぇさ。」
俺の言葉に、まだどこか不満そうではあったが納得したような側近から視線を外し、この後の事に考えを巡らせる。
(多分先に騎兵が陣地を確保し、歩兵がその陣地を構築する。
そうしている間に一番足の遅い俺達鉄砲隊が到着して、すぐに前口上、って流れだろうなぁ。)
やはり馬の機動力は圧倒的だ。
その足で良さげな陣地を探して確保するだろう。
次に人力とはいえ軽装備の歩兵が到着して、天幕やら簡易馬防柵を作り上げる。
そうしている内に、装備が重くて一番足の遅い俺達が着くのが一般的だ。
しかし、戦場では真っ先に射撃戦が始まるから、その後は休みなしで動き回ることになる。
(それに何となく、最後まで隠れているとは思えないんだよな。)
アケチが転生者なら、そんな裏方のような立ち位置は絶対に我慢出来ないはずだ。
何と言っても、転生者は目立ちたくて仕方ないからな。
前世で満たされなかった承認欲求を、必ずこういう時に晴らそうと前に出てくる。
そして、騎兵の突撃の後は必ず混戦になる。
今回はタケイダ家の残党討伐。
作戦名もコンクエスト・コーシューだ。
征伐目的の行動なのだから、確実な混戦まで約束されている。
絶対に出てくる。
「問題は、どの段階で出てきてどうやって捕まえて権限委譲させるかだな。」
「……?何か言いましたかな?」
側近に問われて、慌てて“何でもない”と言い張る。
いかんいかん、つい口から漏れていたか。
いつもは脳内でマキーナと会話していたから言葉には出さなかったが、今は会話すらできない状態だ。
“早くこの世界の解析が終らんかな?”と、しばらく話していない相棒の事を思いつつ、俺は前を向く。




