66:風と共に去りぬ
「あ、ここにいたのね、新ちゃん。」
「んもぅ、今はリリィだよぅ!」
膨れた顔をする前世からの親友が、それでも可愛らしくて思わず笑顔になってしまう。
あの後、彼が帝国に向かってから聖魔法を使い、旧スラム街を中心とした不浄結界を破壊した。
それによりまだ昏睡状態であった多くの人々は、夢から覚めた様に回復していった。
ただ、失われた命も被害も多かった。
旧スラム街の時代から、裏の権力として治安を維持してきたキンデリック組の壊滅は、その最も大きな被害に当たるだろう。
現在は王国騎士団の面々が治安維持に当たっているが、近々下部組織として警ら隊を新設し、安定的な治安の維持を図るらしい。
きっと、元の世界で言えば警察組織のような物になるだろう。
彼が戻り、目的を果たして去った少し後、帝国から特使が来た。
帝国は彼のことを“黒の嵐”と呼び、怯えた様に和平の交渉を進言してきたという。
向こう百年の武力による侵攻の禁止、公爵領に面する帝国領の一部割譲、今回の騒動に対しての見舞金、等々、帝国のほぼ一方的な降伏宣言にも等しい、和平交渉だったらしい。
その際に、ジョン殿下達だけで特使から事情聴取が出来たとのことで、その際の記録映像が納められた水晶の複製を、内緒で送って貰っていた。
それが今日届き、新子と、いやリリィと見ようと思い、学園を探していたのだ。
「そんな顔して良いのかなぁ?
お父さんの活躍の話、私一人で見ちゃおうかなぁー?」
「あ!ずるい!私も見たい!」
リリィは困った顔にかわり、慌てた様に駆け寄る。
顔も声も違う。
でもその仕草の片鱗に、私は確かに懐かしさを感じていた。
私の親友、平 新子は89歳まで生きたらしい。
29歳の時に、少し年上の男性と知り合い結婚。
2人の子供が生まれ、それなりに苦しいながらも楽しく生きていた。
子供が大きくなり、孫が生まれ。
旦那さんは新子が76歳の時に亡くなったが、それでも子供や孫に囲まれて幸せだった。
89歳になり、体に異変を感じ入院し、そのまま家族に囲まれて大往生。
幸せな人生だった。
でも死の間際、最期に彼女が呟いた一言は“ごめんなさい”だった。
死の淵で思うことは、親友の事だった。
“私だけ幸せになってごめんなさい”
“あの時気付いてやれなくてごめんなさい”
ずっと、西の事が気になっていたらしい。
自身が幸せになればなるほど、親友の死が重くのし掛かり。
その思いに心を覆われながら、死後の世界に向かう光の中で、美しい青年に声をかけられた。
青年は新子に“親友と、新しい世界で今度こそ幸せに生きてみないか?”と誘われて、それを承諾した。
ところが、転生時の契約と言われ、記憶を封印されてしまっていたのだという。
その結果が辛い人生を歩まされたリリィと、何もしなければ死亡フラグの塊のようなサラとは。
その青年、何と性悪な存在なのだろうか。
リリィはその事も、しばらく悔やんでいた。
だから、この世界で私に叱ってくれたように、私もいつまでも悔やむ新子を叱った。
そうして二人で泣きはらした後、前世よりも親友になっていた。
転生後のこの世界は、二人で一緒に攻略していた乙女ゲームの世界。
これからも、二人で一緒に攻略していくのだ。
「それじゃ、再生するわよ?」
魔導学院内にある、私の屋敷の私室。
水晶に魔力を流す。
何も無い空間に、映像が映し出された。
―それではもう一度、何があったかお教えいただけますか?
「え、ええ、あの、本当に“黒の嵐”はこちらにはいないんですよね?」
―ええ、安心して下さい。彼は別任務でこちらを離れています。今この城にはいませんよ。
映像の男は心底安心したように胸をなで下ろす。
それでも、ポケットからハンカチを取り出し、汗を拭う。
「あの時私は帝国宮殿のバルコニーにいました。
あの男……いやあの方が空から降ってきて、先にお伝えした口上を述べた後、まきーな?とか言う方に向かって、“音楽を流せ!”と命令されたんです。
そうすると、どこからともなく、見えないオーケストラの演奏が鳴り響きまして。
彼は確か、“水兵の到着か、いや、赤い肩した吸血部隊の行進曲、の方が今は良いか!何にせよ最高だ、まきーな”とか仰ってましたね。
……あのぅ、差し支えなければなのですが、王国には赤い肩の吸血部隊という部隊がございますでしょうか……。」
―それは、国防上申し上げられませんね。
「ン~~~~~~ッ!!
そそそ、そうでしょうそうでしょうね!
いやこれは失礼しました!
まぁともかく、そうして音楽が流れ初め、彼は一軍の騎士達に取り囲まれているのをモノともせず、広場内を駆け出し始めたのです。」
それは、人には出来ない速度で走っていたらしい。
騎士団一軍を取り囲むように、円を描くように走り、その内に竜巻を発生させたらしい。
物凄い突風で、バルコニーにいた者は皆、吸い込まれないように必死に何かに捕まっていたという。
そうしている内に“ははははは!”と高笑いが聞こえ、竜巻の外側に彼が分裂したように複数見え、しかも互い違いに竜巻の中と外を向いて取り囲んでいるように映り、“寿司でざんまい!”と言いながらやや手を開いたポーズを取っていたらしい。
もうメチャクチャだ。
しかも意外に手が込んでいる。
竜巻が収まり音楽が止み、宙に浮かされていた騎士団地面に落ちる。
幸い死者はいなかったようだが、皆一様に地面で悶えていた。
その風景はさながら地獄のようだった、と彼は語る。
―それは……俄には信じられませんね。
突然彼は激高したように立ち上がり、水晶に近付き掴みかかる。
正確には、水晶を身につけている質問者にだろう。
「アンタは見てないからそんな事が言えるんだ!
俺は見たんだ!あの……あの悪魔が!
あんな事が出来るのは人間じゃない!化け物だ!
そしっ、そしてっ!あの悪魔が平然とバルコニーの縁にしゃがんでいて!
“なぁ?アンタ等もさ、あぁはなりたく無ぇよなぁ?”と!
あぁあ!!」
映像が乱れる。
乱れが治まったときには、特使は落ち着きを取り戻していた。
「す、すいません、取り乱しまして。」
―いえ、お気になさらず。続きを良いですか?
「あ、はい。その時に先代の、元統合将軍が間に合いまして。」
宮殿の中からバルコニーへ、杖を突いた老人が現れる。
それを見た仮面の男は、縁でしゃがみ込んで見るのを止め、バルコニーに降り立ち姿勢を正す。
両足を揃え右拳を左手で包む、見たことも無い姿勢だが、敬意を以て接しようとしていることは理解出来た。
「ワシが先代の将軍をやらせて貰っていた者じゃ。
お若いの、キンデリックの使いとのことだが、彼はどうなったかね。」
まるで茶飲み話の様に、穏やかに問いかける。
『自分が、最期の御相手を務めさせて頂きました。
……見事な最期でした。』
先代将軍は静かに“そうか”と頷くと、これからどうしたいかを仮面の男に問う。
『別に、何も。
キンデリックの伝言は実行しました。
私はもう帰りますよ。
出来るなら、もう少し王国と仲良くしてほしいですがね。』
そう告げると、バルコニーから宮殿の屋根に飛び乗り、そのまま空に飛んでいってしまったらしい。
その後、先代将軍の助言の元、今回の特使へと話が進んだようだ。
私は映像を見終わると、ため息をつく。
彼は本当に、何もかもを“荒らし”て叩き伏せていったようだ。
それこそ私の死亡フラグまで。
「ひゃー、改めて他人の口から聞いても、メチャクチャだね、あの人。」
ええ、本当に。
最初の出会いから去って行くまで、嵐のような人だった。
「でもその方が、あの人らしいと思わなくて?」
私の言葉に、リリィも笑う。
不器用なお父さん。
きっと、世の父親は、彼のようにどこか不器用なものなんだろう。
全てを終えて、彼が光に包まれて去って行く時のことを思い出す。
「本当に、行ってしまわれるのですね。」
光の粒子がほどけていく度に、彼の姿が薄くなる。
「あぁ、まぁな。……まぁ、何時かも言ったろう?“いつまでも、あると思うな……”」
「“親と金”、ですわね。」
三人で笑う。
別れの筈なのに、不思議と晴れやかだ。
もう殆ど見えなくなりかけてはいたが、彼はポケットに手を入れながら優しく笑う。
「長いようで短い間だったが、楽しかった。
これはお父さんを務めさせて貰った俺からの、最後の言葉だ。
二人とも、幸せになりなさい。」
そよ風が、僅かに残る光を空に運ぶ。
私とリリィは笑顔だった。
笑顔のまま、泣いていた。
「お父さん、元気かな?」
テーブルの上で水晶を転がしていたリリィが、窓の外を見ながらそう呟く。
「ええ、きっと今頃、何処かの世界で転生者を叱りつけてるかも知れませんわね。」
何となく、二人で手を合わせ合い、そして祈る。
私達の、お父さんのために。
<システムアップデート、正常に終了しました。>
『あぁ?どうしたマキーナ?』
あの乙女ゲームの世界から、また幾つかの世界をくぐり抜けていた。
ただ今、クソみたいなハーレム願望丸出しの転生者を絶賛ド詰め中だ。
“クソみたいな欲望丸出しで他人様に迷惑かけるな”と詰めていたら、マキーナが突然反応した。
まぁ、今までも時々こういうことがあったし、今はそれどころではない。
俺の旅は、まだ終わらない。




