668:ようやくの邂逅
「うわははは!飲め飲め!今日は多少の無礼も許してつかわすぞ!!」
オーダが赤ら顔になりながら上機嫌に酒をふるまう。
俺が戦場で重傷になってから数日後、無事にトゥルーウィッシュ教団の本拠地は陥落することが出来ていた。
今回は作戦に参加した全将軍、といっても最低千人将以上ではあるが、その将軍達をキャッスル・アズチに集めての祝勝会が開かれていた。
俺のような二百人将程度が呼ばれるはずがないのだが、そこはオーダのお気に入り、という事でこの祝勝会に参加していた。
もしかしたら白い目で周囲から見られるのではないか、と心配していたのだが、見ればポツポツと似たような階級章の奴もいる。
中には、どう見てもこの国の人間では無さそうな、肌の黒い大男も参加しているらしい。
「カッカッカ!ようやっと憂いは無くなった!!
後はタケイダ家の生き残りと追い込んだハイシーダー家を潰し、最後に北の僻地と南の僻地、それに中央の残り、かび臭い老人達がいる旧文明都市を叩けば天下も統一じゃ!!」
結構まだまだあるな、と思うのと同時に、ようやくフワッとし続けていたこの世界の地理関係でピンとくるものがあった。
やはりここは俺が元居た世界とは違う、あの、大体よくある異世界の地図と一緒のようだ。
中央にそれなりに大きな大陸があり、中央と東西南北に大きな都市がある。
そしてこの大陸から海を越えると、同じくらいの大きさか少し小さいくらいの獣人大陸・魔族大陸・エルフ大陸・ドワーフ大陸がある筈だ。
いや、亜人種の存在は確認できていないから、この世界ではその場所には肌の色が違うだけ、といった同じような人間種がいるだけかもしれないが。
ともあれこの、キャッスル・アズチは恐らく西の都市に該当していて、最初に俺が右往左往していたのは中央と西の中間ぐらいの位置なのだろうと想像がつく。
そこから中央の大半と東の都市の制圧までは進める事が出来た、という事だろう。
先程の口ぶりでは、中央の都市部にはまだ生きている遺失文明が存在していて、それも脅威になっているという事だろう。
……あ、そう考えるなら、割と進んでいるというべきなのかも知れないな。
こちらの世界でも、オーダは精力的に統一を目指しているんだなぁ、と感慨に浸る。
だが、元の世界の歴史でも、織田信長は天下統一寸前まで歩を進めたところで本能寺の変に遭遇する。
起こりうるとしたら、大陸統一が見えてきたそろそろだろう。
ただ残念な事に、俺はそこまで歴史に詳しくない。
具体的にどの辺りで何が起きるのか、それを事前に言い当ててピンポイントで阻止する事はできない。
まぁ、仮に言い当てて見せたところで、オーダは俺程度の忠言を真に受けるようなタマではないだろう。
なら、事前にアケチを捕まえて、それをやめさせるように言うしかない。
(ちょうど、もう一人のヒデヨシもミツヒデ・アケチも、この祝勝会には参加しているはずなんだよな。)
俺は下座からこの会に参加している将軍の顔を見渡す。
何度か見かける将軍ばかりで、どれが誰だか正直さっぱり解らな……。
(いや、そういえば一人だけ、顔も名前も一致している奴がいるか。)
神経質そうな青白い顔で、この祝勝会も楽しんでいるのかいないのか解らない表情の男。
他ならぬミツヒデ・アケチその人こそ、俺がオーダ以外で唯一ちゃんと名前を覚えている存在だ。
俺は酒瓶を持ち、アケチの席に近付く。
最初は胡乱げな表情をしたアケチだが、俺を見ると珍しく笑顔を見せる。
「おぉ、お主であったか。
壮健そうで何よりだ。
あ、ハシーバ殿、この男ですぞ。」
機嫌良く振る舞うアケチは、ふと思い出したように隣に座っている、別の将軍と話していた小柄な男に声を掛ける。
声をかけられてこちらを向いた小柄な男は、パッと見の印象でも“猿に似ているな”というモノだった。
痩せていて体格も小さく、その割に体毛が深いので、まるで獣人族の様な男だった。
ただ似ているだけで、ちゃんとした人間族ではあるようだが。
ともかく、その男は一瞬俺を値踏みしたような目で見た後、すぐににこやかな表情に変わり俺に酒をついでやろうととっくりを差し出す。
「おぉ、お主が噂に聞くもう一人のヒデヨシであったか!!
ワシもその名を持っていてな、ワシの名はお主と同じヒデヨシ、ヒデヨシ・ハシーバじゃ。
遂に会う事が出来たのぅ。」
そう言うと、カラカラと笑いながら俺に酒を注ぐ。
その印象は、見かけはアレだが人の良い近所の世話焼きおじさんといった空気だ。
(最初の“値踏み”が無ければな。)
俺は笑顔で酌を返しながら、注意深く観察する。
ただ、俺の心の中で、“コイツは転生者では無い”という直感が警報を鳴らしている。
根拠はない。
ただの勘だ。
それでも、この感覚は無視できない。
なんと言っていいか、転生者ならあるべきモノが全く無い、という感じだろうか。
容姿が良いわけでもない、恵まれた体型を持っているわけではない、恐ろしい暴力を持っているわけでもない。
いや、確かにブ男に転生してるやつも、更にあまりいい体型に転生した奴もいる事はいる。
そういう奴は大抵魅了系の不正能力を持っていたり、特殊な状況では物凄い能力を持っていたりと、何かしら“対価”みたいなモノがあった。
ただ、目の前のこの男からは全くその気配がない。
戦術も、“干殺し”という、割と戦力を温存した戦い方であり、殆どが同じ戦い方だ。
軍才や戦術家、という訳でもない。
勝てる状況を確実に積み上げ、かてる戦いを確実に勝っている。
それ自体は確かに凄い事で誰にも出来ることではないが、何と言うか、“理不尽でもなければ奇想天外でもない”という感じだ。
これなら、オーダの方がよっぽど転生者らしい。
(という事は、やはりアケチの方が転生者という事なのだろうか?)
それでも、ハシーバの事は何と無く警戒心が働く。
目の奥の暗闇。
全てを怨むかのような怒りなのか、絶望なのか、そういったモノが渦巻いている。
「そぉだ、オイ猿ぅ!!
お前今度はモーリー家攻め落としてこい!!
あそこも堅牢で面倒だからな!!
俺とクソ漏らしでタケイダ狙うぞ!!
他の奴はハイシーダー家落としてこい!!
いよいよ楽しくなるぞぉ!!」
猿と呼ばれたハシーバは、頭を掻きながら“やれやれ、また面倒な”とボヤいていた。
それを見ていても、どう見ても普通の、この世界でちゃんと生まれ育った人間の表情だ。
そんなハシーバを見て隣で薄く笑うアケチが、俺には一瞬だけ不気味な化け物に見えた。




