667:信頼
「がぁっはっ!!
……こ、ここは!?」
「おぉ、気付かれましたかフジーラ殿!いやはや、意識が戻らないから心配しておりましたぞ!!」
目が覚めると、俺はどこかの民家で横になり治療を受けていた。
横を見ると、俺の鉄兜の頭頂部がパックリ割った形状のまま置かれている。
どうやらコイツに、命を助けられたらしい。
そんな感想を持った瞬間、自分が何故その鉄兜に命を助けられたかの理由を思い出し、慌てて上半身を起こす。
全身に痛みが走り、体中に巻かれた包帯に体が突っ張りながらも何とか起き上がると、側近が水を持ってきてくれた。
「動く事もままならぬ状態の筈ですのに、大丈夫なんですか!?
それに、意識を失っている最中もずっとうめき声を上げておりましたが、何処か酷く痛むところは無いのですか!?」
側近は焦ったように俺にそう問いかけてきたが、俺自身は“大丈夫だ”と答えるしかない。
意識を失っている間に何かうなされていたとの事だが、別に記憶もなければ俺におかしな所もない。
全身の痛みはまぁいつもの事だ。
他にも知らずに重傷を負ったところはないか身を検めるが、特に問題はなさそうだ。
(うなされていた?
……夢でも見てたんかな?)
気を失っている間のことを考えてみたが、何も思い出せない。
それにそんな事を考えてみても、今は仕方が無い。
どうせ痛みで苦しんでいただけだ。
現に、頭は久々に冴えている様にすら感じている。
最近はヒデヨシ・フジーラとばかり名乗っていたからか、頭にくるモヤがかかったように自分自身の事が見えにくくなっていると感じていたが、それも今はない。
俺の体に巻かれた包帯の下をチラと見る。
所々黒い何かで覆われているところを見ると、マキーナはちゃんと機能しているらしい。
恐らくはマキーナが、俺が意識を失っている間に、この世界からの侵食を少し抑えてくれたのかもしれない。
全く、頼りになる相棒だ。
後で意思が疎通できるようになったら、礼の一つでも言ってやらねぇとだな。
「は?何か言いましたかな?」
「何でもない。
……そんな事より、今の状況は!?
どれくらい時間が経った?残存兵力は!?」
側近は気まずい表情をしながらも、現状を俺に報告する。
赤子を使った自爆攻撃に巻き込まれた事、部隊から更に負傷者が発生し、まともに動けるのは40人とちょっとになってしまった事、そして、あれから3時間以上経過している事。
「ですが、良い知らせもあります。
第二鉄砲隊から増援が到着し、もうじき20名程が到着する予定です。
その後、部隊を再編して攻撃続行との事です。」
側近は、ちゃんとその仕事を全うしていたらしい。
俺の意識がない間に本隊に報告し、次の指示を確認していたようだ。
ただ、それはつまりここで起きた事を報告した、という事でもある。
「ここでの事は、民間人に偽装した伏兵に遭遇し、偶発的戦闘が発生したとだけ伝えてあります。」
やれやれ、俺より頭の回る側近で助かる。
女子供まで、という部分は見事に伏せつつ、ただの奇襲攻撃にあったと伝えただけ、という事か。
「やれやれ、もしかしたらお前がこの部隊を率いた方がマトモな部隊になるかも知れねぇな。
……だが解った。
フジーラ鉄砲隊は増援と合流次第、すぐさま作戦行動を開始する。
もう深夜だ、増援の兵士が来るまで、兵を休ませておけ。」
「はい、今小隊毎に順番に休ませています。
増員が来る頃には万全にしておきます。
ともかく今はフジーラ殿も休息を。」
全く、本当に優秀だ。
俺は安心するともう一度横になる。
横になって瞼を閉じると、俺自身も少し心が落ち着けたのか、様々な事を思い出す。
この世界は本当に最悪だ。
いや、しかし結局のところ、人間とは一皮剥けばこんなもんなのかも知れない。
早く転生者を見つけてこんな世界とはおさらばしたい、そんな事を思いながら、俺はもう一度浅い眠りについていた。
「……では、予定通りに。」
「あぁ、いつもと同じだ。
最初の一斉射の後、俺と1小隊で突撃する。
その後、間髪を入れずに残りの部隊で突撃しろ。」
側近は頷くと、這うように移動しながら部下達に情報を伝えに行く。
俺は茂みに伏せたまま、ライフルの装填を確認すると銃口を敵拠点に向ける。
「……どう見ても、素人集団なんだよな。」
敵の拠点、俺達が本来攻めるべき敵本陣の右翼側拠点だが、それは拠点と言うよりは村の防御を固めただけに見える。
村の周りは、尖った竹のようなもので作られた雑な防護柵がぐるっと巡っている。
一応、その後ろに溝のようなものが掘ってある。
中は見えないが、尖った木でも底に仕込んであるんだろうか?
もしなければ、逆に塹壕に使えてしまいそうだ。
周辺を巡回しながら守っている敵兵士も、農民服に簡単な胸当てを着けただけの簡単な物だ。
「……フジーラ殿、伝達完了です。
フジーラ殿の合図で全員動きます。」
戻ってきた側近に頷き、俺は伏せたまま開いた右手を挙手するように上げる。
周囲から微かな草の葉がかすれる音、少々の金属音が聞こえる。
挙手していた右手を握り、そのまま前に倒す。
「撃ぇ!!」
火薬の破裂音と白煙が鳴り響き、空気を切る音、そして建物が次々と破壊される音が響く。
「突撃ぃ!!」
俺は全力で駆け出すと、竹で出来た防護柵を蹴りつける。
浅く埋められていた防護柵は簡単に倒れ、しかも堀よりも長いせいで、倒れた防護柵が蓋の役割を果たしてしまっている。
(ド素人中のド素人だな。)
堀の中には何も無い。
これなら、蓋代わりに防護柵も取り外して塹壕に使いたいほどだ。
俺達の攻撃を受けてからの立ち上がりも遅い。
まだ慌てているのか、手ぶらで逃げ惑っている敵兵を次々と狙い撃っていく。
「このまま前進!!
あの、ちょっと立派そうな天幕が本陣だ!!
あそこまで行くぞ!!」
「おっしゃあ!大将首は俺のモンだぁ!!」
「させるか、行くぞ皆!!」
要は、“いきなり敵大将抜きをかますぞ!”と言ったようなモノだ。
しかし一緒に突撃している部下は、これまでの戦いでも様々な状況を生き抜いてきた精鋭揃いだ。
俺が感じた状況判断と同じモノを、彼等も感じたらしい。
安全を確保しつつも大胆に、次々と道を切り開いていく。
「おいコラ待て!俺が手柄立てねぇとヤバいんだって!!
お前等、上官は敬えよ!!」
「へへ、隊長殿、お先!!」
「そうッスよ!ウカウカしてると俺等が食っちまいますぜ!!」
(ここまでよく育ったもんだ。
これなら、少しは安心できるってもんだな。)
そんな事を考えながら、俺は先を急ぐ部下達に着いていく。
頼もしくなった、これでそんなに憂いはない。
後は、転生者だ。




