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異世界殺し  作者: Tetsuさん
争乱の光
667/831

666:狭間の世界

見た事のある景色の中、俺はただ立ち尽くしていた。

上を見れば青い空と白い雲、そして視線を落とせば白い砂浜と青い海。

強い日差しに肌を焼かれる感覚と、それでも爽やかな風が吹き抜ける涼やかさを感じながら、俺は場違いなスーツ姿で立ち尽くしていた。


(……ここは?前にも来たことがあるような?)


元の世界でも、こんな所には行った事が無い。

初めて来た場所のはずなのに、何度か来たことがあるような、妙に懐かしい気持ちにさせる。


(多分、少し歩くとヤシの木みたいな木がいくつか生えていて……。)


ある筈のない思い出を頼りに歩き出すと、先ほどまで立っていたところから何故見えなかったのかと疑問に思うが、想像通り南国の木が複数生えている場所に出る。


(この先に、ガゼボがあったような……。)


想像通り、木々の間を歩いていると、小さな住居と、その庭に存在する吹き抜けの屋根だけのガゼボ、その下には真っ白な丸テーブルと同じく白い椅子が4脚置いてある。

そのうちの1つには白いノースリーブのワンピースを着た女性が、同じく白い帽子を目深に被り、ティーカップを片手に本を読んでいた。


俺はそこに近付くと、椅子を引き女性の向かいに勝手に座る。

自分でも不思議だが、まるでそうする事が正しい事であるような錯覚さえ感じていた。


-アイスコーヒーでいいかしら?-


「あぁ、頼む。」


口は動いていたが、まるで音は頭の中でなっているかの様な、異常で妙な感覚。

だが、それすらもすぐにそれが(・・・)当たり前(・・・・)である様に感じ、すぐに疑問は消え失せる。


気付けば、目の前にアイスコーヒーが置かれている。

グラスはよく冷えているのがわかり、薄っすらと白く曇っている。

ご丁寧に、ストローまですでに刺してありやがる。


-“赤子すら敵と思え”と部下に言っていた割には、ご自身は揺らいでおりましたね。-


目深に帽子を被った女性の口元が、皮肉げに吊り上がる。

帽子のつばが邪魔で口元ぐらいしか見えないが、別に覗き込んで顔を見る気にはならない。


「……仕方ねぇさ、口ではそう言っていても、いざその場になれば判断は鈍る。

“まさかそこまでするなんて”って、普通は思うだろう?」


アイスコーヒーを一口。

俺は女性に対して体を横に向けると、足を組む。

背もたれに大きく寄りかかり、右腕はテーブルに肘をついてくつろぐ。


-行儀が悪いですね。-


「今更、この歳になってお行儀よくなんて出来ねぇよ。

それよりも教えてくれ。

……俺は、死んだのか?」


そうだ、この風景はいつも“間際”で見ている世界だ。

徐々に思考がクリアになっていく。

自分が、何者だったかを思い出していく。


-丁度いい機会だったかも知れませんね。

そんな事すら(・・・・・・)もう(・・)忘れかけていた(・・・・・・・)のですから。

あなたは、あなたの願いは、ここで忘れる程度のモノだった、という事ではありませんか?-


親指で中指の先を押さえ、力を溜めると一気に解放する。

中指の向かう先、飲みかけのアイスコーヒーが入ったグラスに指の先端が当たると、グラスは中の液体を撒き散らしながら俺の正面、女性からみれば右側に広がる砂浜に、粉々になりながら飛び散っていく。


-その暴力性は、肯定と捉えても?-


女性が指を鳴らすと、飛び散ったガラス片もアイスコーヒーの液体もきれいに消え去り、そして元通りにテーブルの上に出現する。

ご丁寧に、先程飲んだ量分減っていやがる。


「俺の想いと、世界のシステムの話をごちゃ混ぜにするのは良くねぇな。

このままじゃお前が調子に乗りそうだったからな。

悪いが話の腰を折らせてもらったぜ。」


女性はため息を付くと、両手を広げて肩を竦める。


「お前が俺をクソみたいな“神様”とやらにしたがってるのは何でなんだ?

何度も言っているじゃねぇか、俺は、いや人間は神になんぞなれやしねぇ。

“神の如き力を持っている”としても、それは神じゃない。

それはただの、“過ぎた力を持つ人間だったモノ”さ。」


-私は、そうですね、人間で言うところの、あなたに惚れた、と言う奴です。

万を越す世界を旅し、その世界の大多数の人間が幸福になれるように力を尽くしている。

あなたのその姿に、私は感銘を受けました。

ならばその行いを、その精神を、あまねく全ての世界に分けようとは思わないのですか?

あなたこそが、かつての私の(マスター)を不幸に追いやった存在よりも遥かに神に近いと考えています。-


堪えきれなくなって、俺は思わず大声で笑ってしまう。

笑う俺を見て、女性は少し困惑したような表情を浮かべている。


笑い疲れた俺は、アイスコーヒーで喉を潤す。

ストローなんぞ邪魔だ。

そのままグラスに口をつけて一気に飲み干し、口に入った氷をガリガリと噛み砕く。


「クカッカッカ、お前は男を見る目がないな。

俺は俺の事で精一杯だ。

現にここに来た理由も、反抗的な一般人を撃ち殺して、その反撃を受けてるわけじゃねぇか。

そんな悪党が、神になれるわけゃねぇだろうが。

現実の俺はな、小さなアパートで妻と2人、穏やかに暮らす事を望む小市民だ。

世界のあまねく全ての人々の幸福?

馬鹿言うな、俺は俺と周りの奴等の幸せを願うので精一杯だよ。

だが、それを神という善性の真逆、悪だと言うなら、俺は悪で構わねぇ。」


目の前の女性の表情は帽子に隠れて見えない。

それでも、その口元が緩んでいるのは解る。


「……何がおかしい?」


-いいえ、別に、何も。

ただ、そうですね、あなたを嘲るつもりはございません。

あなたのそう言うところが、きっと私は気に入ったのでしょう。

今は(・・)諦めます(・・・・)

でも、私は決してあなたを諦めない。

あなたがもっともっと苦しんで、もっともっと精神が擦り切れて、もう嫌だ、もっと力が欲しい、全てを救う力が欲しい、と少しでも思った瞬間、私はあなたを救い出す。

それまでもう少し、苦しんでもらうのも良いのかも知れませんね。-


口元に浮かぶ笑みを見て、俺は背中に氷を突っ込まれたような冷たさを感じる。

予想以上の妄執、それはもはや偏執的と言ってもいいだろう。

ただ、ここで飲まれるわけにはいかない。

それこそ、心に隙間を生む。


「はっ、機械のお前如きに出来るか?

悪りぃが俺はな、生半可な事じゃ折れやしねぇんだ。

……自分でも嫌になるくらいには、な。」


やはり女性は、薄く笑ったままだ。


-ええ、あなたと私はいつも一緒にいますからね、存じております。

だから、もっと私から逃げ回ってくださいな、大切な勢大(マスター)

もっと私に寄りかかって、もっと私に依存してくださいな。-


俺は思わず立ち上がって中段の構えをとる。

妖艶に笑う口元から、目が離せなくなりそうだ。

だが、立ち上がり構えた瞬間、光が差して周囲の風景が滲み出す。


-アラ、時間切れのようです。

仕方ないですね。

……でも、ここでのお話は、ここでの中だけ。

また、次の機会に新しい気持ちでお会いしましょう。

何度でも、何度でも。

次も、また勢大マスターはグラスを壊すのかしら?-


そう言って笑う彼女の言葉に、本当にゾッとしてしまった。

俺にとっては初めてでも、実はこれまでの異世界で、似たような状況になった時にずっと同じ問答を繰り返しているのか。

同じようにグラスを壊し、同じような返答をして。


光りに包まれ意識が薄れていくさなか、どうか意識を取り戻してもこの記憶を保持していてくれ、と願わずにはいられなかった。

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