661:心休まるひととき
「……って事があってだな、どうにも引っかかるんだよな。」
「アニキ、妙な事気にするんスね。
そんなにアレなら、俺もそれとなく調べておきましょうか?」
久々に会ったキルッフは、さして変わりがなかった。
相変わらずのモヒカン頭に、相変わらずのシケたツラをしてやがる。
とはいえまぁ、そんな劇的に人相というものは変わらないかも知れんが。
ある程度は情報を伏せてはいるが、アケチとハシーバの動向が不穏で気になるという事を酒の肴に話していた。
久々にあったというのに、昨日の続きのように自然と飯屋に行き、自然と酒を飲みながらこれまでに起きた事を話している。
気心のしれた友人というものは、十数年会っていなかったとしても、また会った時にはまるで“昨日の続き”の様に自然と会話が出るという。
今の俺とキルッフは、まさしくそういう立ち位置になっているのかも知れない。
どの世界でも変わらない、コイツの人懐っこい性格に助けられているのかも知れないが。
「あ、でもアニキ、話聞いてると、俺だったらアケチの方を重点的に警戒するかもしれないッスね。」
アケチとハシーバ、両方を効率よく警戒する方法や物や人や金の流れをどう追うか、という話をしている時に、ふとキルッフが思いついたように呟く。
まぁキルッフも体は1つだから、どちらか片方に集中したいのかな?と思ったが、どうもそういう“効率的”とか“楽したいから”という訳では無いらしい。
「いや、だってほら、話を聞いてると動いてるのはアケチの奴の方じゃないッスか。
こう言っちゃなんですが、俺だってアニキに取り入ろうと必死だったッスからね。
下っ端ムーブってんなら、俺も負けてないッスからね、それくらい簡単に理解できますよ!」
へへへ、と笑うキルッフに、“お前なぁ”と呆れる。
それはつまり、あの時俺が使えそうだから取り入ったと、あっさり白状しているようなモンじゃねぇか。
しかしまぁ、考えてみれば俺とて“他の世界でもキルッフには助けてもらっていたから、この世界でもコイツに近付けば簡単に身分を手に入れられそうだ”という思惑があって、キルッフに近付いたのは間違いない。
なら、あまりキルッフの事を悪く言う事は出来なさそうだ。
それよりも、先程キルッフが言った言葉の方が重要だ。
“動いているのはアケチの方”
確かにそうだ。
ハシーバとアケチの2人が怪しいとばかり思っていたが、よくよく行動を思い返せば積極的に動いているのはアケチ側だ。
そう考えると、“転生者は誰か”も自然と見えてくる。
ハシーバには、別にアケチに近寄る必要性がない。
だが、逆にアケチにはハシーバにすり寄るだけの理由がある。
だが、“すり寄る理由”も、これから起きる事を知っていなければ絶対に考えつかない事だ。
(……という事はつまり、この世界のアケチもオーダを裏切って謀殺するつもりなのか?)
少し不思議な気がする。
仮に自分がアケチの立場だとしたら、史実をなぞるような事をするだろうか?
いや、確かに精力的に動くオーダの実力と言うのは魅力的か。
実際、こうしてこの国の統一に近付けている。
死に方の美学から周囲に無茶振りをしがちではあるが、それ以外は穏やかな人格者でもあるし、この国を統一する権力、いや武力もある。
ギリギリまでオーダを動かし、元の世界の史実に近い瞬間まで働かせてから謀殺し、後を自分の力で天下を統一する。
そのための地盤固めであり、仇討ちを防ぐ意味でも今からハシーバと懇意になっておく。
十分にあり得る線ではないか。
「……いや、なるほどなぁ。
確かに筋は通っているように思える。
ならキルッフ、すまんがアケチの事を重点的に探ってもらってもいいか?
もちろん、身の危険が及ばない範囲で構わん。
何か解った事があれば連絡をくれ。」
「え?連絡っていっても、大体アニキどっかの戦場にいるじゃないですか。
文を出そうにも、結構な頻度であちこちの戦場に移動してるし。
それだと運が良くないと調べた内容受け取れないですし、最悪の場合、文荒らしとかやられて中の文章流出しますって。」
この世界、連絡は何故か手紙でのやり取りとなっていた。
その為か、運搬中の手紙が紛失する事は珍しくないしそこの情報が流出する事も珍しくない。
重要度の低い文章は低級な運搬業者を、そして機密度が高ければ高いほど高級な運搬業者か、或いは自らのお抱えの業者を使うのがこの世界の常識なのだが、それですらも潜り込んだ相手のスパイだったり、運搬業者だとわかれば山賊に襲われたりなどと、とにかく危険だらけなのだ。
そしてその割に、先ほどキルッフが言っていた通り俺のようによく転戦している者には手紙というのは届きにくい。
運搬業者が到着した頃には、俺はもう別戦場に移動しているだろうからだ。
「あのなぁキルッフ、もう少し頭を使えよ。
せっかく“どこにいても見られる共通の情報”があるんだからよ。
しかも、そこへの書き込みはリアルタイムに反映するっていうおまけ付きじゃねぇか。」
「いや、それは無理ッスよ。
もうとっくに皆やろうとしていますし。
でも、どういう基準か解らないッスけど、動画の内容と関係ない文章ってかなりの速度で削除されちゃうんスよ。
残念でしたッスね。」
なるほど、一筋縄ではいかない訳か。
それならと、俺はキルッフのすまぁと板を使って俺の動画のコメント欄へと、あれこれ試してみる。
確かにキルッフの言う通り、動画の内容に関係ない事を書いてもすぐに消されてしまう。
ただ、逆に言うと動画の内容であれば、それが賞賛だろうと罵倒だろうと、どちらも関係なくコメント欄に残り続けていた。
「……まさか、そんな抜け道があったとは、って感じッスねぇ。
アニキ、意外にこう言うのの抜け道探すの好きなんじゃないッスか?」
「まぁな、こういう“絶対に従わなければならない”みたいなルールがあると、ちょっと悪さをしたくなるってモンだろう?」
いくつもの試行錯誤の末、俺達は抜け道を見つけていた。
これなら、多少ではあるが動画の方コメント上でも意思疎通がとれる。
そうして見つけた悪さを肴に、またキルッフと酒を交わす。
次にはもう、コイツとは直接は会えないかも知れない。
でも、人の世なんてそんなものだ。
だからこそ、今をこうして楽しむのだ。
そんな事をチラと思いながら、俺はキルッフと夜更けまで談笑していた。




