660:入れ違い、そして新たな戦場へ
「えっ!?また入れ違いかよ!?」
「まぁ、そうなりますな。
いやはや、フジーラ殿も運が悪い。
一昨日だかそこらまでは、ハシーバ殿もアケチ殿もおりましたのに。
何か、火急の件であれば早馬でも出しましょうか?
もしくは何か言付けでも?」
キャッスル・アズチ。
オーダが少し前に新しく建てたこの城に、俺はいつも通り報告と補給、そして次の目的地を確認するために立ち寄っていた。
俺達の様な部隊は、特に大きな話や用事がなければオーダと直接やり取りをする事は無い。
こうして城内にいる勘定役と話して、戦果の報告や必要な物資の依頼をし、その上で次の任務を言い渡されるだけだ。
たまに、俺の報告をもう少し詳細に聞きたいからとオーダに呼ばれる事はあるが、それとて取り立てて何かがあるような事もない。
報告し、“最近はどうだ?”とか“ハシーバの奴は戦いが長くてかなわん”といったオーダの話し相手をするくらいだ。
ハシーバの戦いが長いというのは、基本的には兵糧攻めを得意とするせいだ。
動画でも“干殺しハシーバ”と言われる程、その代わり映えが無く時間だけがかかる戦いは割と視聴回数が少なく、そのため大して人気もなかった。
ただ、最近では最後の瞬間、敵が籠城の限界となり敗北を認めて開場する瞬間。
そこだけは閲覧回数が跳ね上がっているようだ。
ある意味で、それを目当てにしている層もいると聞く。
結局のところ、人は自分のいる場所が安全であればあるほど刺激を求めていく、業の深い生き物と言う事なのだろう。
敗北を受け入れ開城した直後の相手の様子など、かなりの視聴回数の山ができているとわかる程だ。
俺からすればあんな惨たらしい風景はない。
戦うために集められた兵士達が、その兵士を支えるために裏方として集められた民間人が、獣と同じ風体に成り下がり、時に仲間だった死体を食っているシーンや、差し出された炊き出しに我先にと群がる悲しい姿が映し出されているからだ。
そこには兵士としての、いや、人間としてすらの誇りも尊厳もない。
あれこそ、獣と呼べる何かに変わった姿だろう。
(そう考えるなら、俺はまだ獣になりかかってはいないのかも知れねぇけどな。)
その想像が何の慰めにもならない事も理解しながら、俺は勘定役に“何でもない、挨拶できればと思っただけ”であると伝える。
ここで変に俺が探っている事に勘付かれて、何か対抗策を巡らされるのも面倒だ。
こう言う事は極力気付かれないように進めなければ。
「左様でございますか。
あ、御屋形様からまた新しい指示を受け取っております。
ちとお待ちを……、ええと、“フジーラ鉄砲隊は補給が完了次第、儂の後を追わせい、教団叩くぞ”だそうでございますな。
フジーラ殿は久々の御屋形様と一緒の戦場でございますな。
今御屋形様はトゥルーウィッシュ教団の総本山、モンストーンにおりますので、そちらへの移動分を含めた補給をご用意させましょ。」
俺はそれに黙って頷く。
少し前にやったあの海戦の影響が、遂に実を結んだというところだろうか。
まだキャッスル・スリーウッドの辺りが補給路として生きていたと思うのだが。
「……あ、あぁ、キャッスル・スリーウッドでございますか。
いやはや、フジーラ様があちらに出向いても特にやる事は無いでしょうなぁ。
先程の、ハシーバ殿がこちらに滞在していたのがまさしくその件でしてな、あちらの包囲は終わったから追加の糧食を、と言うのが目的でございまして。
少々量が多かったのでございますが、“それならば自分は領地に帰るところだから、運搬を手伝おう”と申されてアケチ殿の部隊とともに向かわれまして。
いやー、今から追加の馬を探さねばならないのかと、青くなっていたところでしたからな。
本当に“渡りに舟”とは、よく言ったものでございますなぁ。」
勘定役が嬉しそうにそう話すのを聞いていて、また色々と考えが広がる。
アケチとハシーバ。
この2人が転生者だとして、どういう未来が起こり得るか。
「……三日天下、か。」
元の世界では、織田信長を本能寺で暗殺した明智光秀は、その後織田の息子も殺害し、自身の正当性を広めようとする。
ただ、あの時代では“死体を提示できない”というのは大きなマイナスポイントであり、周辺からは信じてもらえなかったという。
そして結局“織田信長討たれる”という報を聞いた豊臣秀吉が、すぐにそれまで進行していた戦を終結させて戻って来た事により、天誅として明智光秀を討伐して、新たな天下人として名乗りを上げるのだ。
では、改めて今置かれている状況から考えるとすると、ミツヒデ・アケチとヒデヨシ・ハシーバの間に何かしらの密約があり、オーダを倒した後の助命が約束されているとしたら?
この2人、かなりの確率で転生者という事にならないだろうか。
「……何か申されましたか?
まぁともかく、スリーウッドにはフジーラ殿も行かなくて良かったと思いますよ?
何せ、今あちらは城の壁一枚隔てて地獄が顕現しているでしょうしな。
ともかく、明後日には補充品と輸送の馬は用意させます。
また明後日、城の裏手の倉庫前にお集まりください。」
キャッスル・スリーウッドも、もう命運は決まったようなものだ。
俺はそれ以上考えないようにしながら、了承の意を返して城を後にする。
「……おぉ、フジーラ様、次はどの戦場で?」
城から出てすぐの所に俺の部隊は待機していた。
側近がすぐに俺に近寄ると、次の戦場の話を聞こうとしてくる。
やれやれ、確かに俺達には休暇が必要そうだ。
「諸君、ご苦労さん。
以前に戦ったあの海上戦の甲斐あって、いよいよトゥルーウィッシュ教団の本拠地、モンストーンへ向かう。
ただし、各員の装備が劣化しており、新しい装備を調達するのに時間がかかる。
次の集合は、明後日の早朝、キャッスル・アヅチの裏手にあるいつもの倉庫だ!
……この意味、解るな?」
「「「努めて励みます!!」」」
俺が“よろしい”というと、部下達は我先へと城下町へ駆け出す。
やれやれ、これだけ見れば年相応の若者と言う所なんだろうがな。
「フジーラ様はどちらへ?」
「俺か。
……少し、友人に会ってくる。」
側近は“では、私もこれで”と言い残すと、やはりどこか嬉しそうに早足で城下町へと向かっていく。
それを俺は、どこかこの世界に取り残されてた気分になりながら見送っていた。




