659:情報共有
「総員、下船し整列!!」
「おぉ、揺れてない地面だ。」
「俺、揺れてない?何かまだ揺れてる感じが……。」
「お前等、早く降りろよ、後がつかえてんだよ。」
船で長く過ごしたからか、港について停船し梯子をかけた瞬間、部下達は我先にと陸地を目指す。
ちょっとだけその姿を微笑ましく思いながら、俺も背嚢を改めて担ぎ直す。
俺とて、少し長く船の上で生活しすぎた。
内心では彼等と同じように陸地が恋しくてたまらない。
「フジーラ殿、少しいいか?」
せっかく早く降りたいのに、誰だこんな時に、と思って振り返れば、俺達が世話になった戦艦の船長であり、本作戦の総指揮官でもある、ヨシタカ・ナインエビルその人が真剣な顔で立っている。
階級も俺より高い大将であり貴族、何よりずっと世話になっていた人だ。
俺は慌てて背嚢を下ろすと、直立して敬礼する。
「これはヨシタカ殿!このような場にて申し訳ありませんが、この度はお世話になりました!!」
戦の時とは違う穏やかな笑顔を見せながら、答礼すると港を見るように手すりによりかかる。
「……俺は海の男でね、もう今では陸にいる方が落ち着かなくなっちまったほどだ。
だから御屋形様がこの間建てたあの城、キャッスル・アズチだったか、あそこまで行くのが逆に苦痛に感じるほどさ。」
船の中では見知った船員しかいないから、こうして他所の人間が来る事が珍しいのかもしれない。
だからこうして引き止めて、少しは陸地の情報を掴もうとしている、のかな?と俺もすぐに思いついたので、話にのる。
「フジーラ殿は、聞けばミツヒデ・アケチ殿に見初められ、そして御屋形様にも気に入られて十人将に抜擢されたと聞く。
御屋形様も、“面白そうだ”で人を集める悪い癖があるからの。
先日は、貿易相手の蛮族の国が連れていた黒い人を気に入り、一人譲り受けたと聞く。
全く、あの悪癖だけはそろそろ止めねば、いずれはお立場が危うくなるかも知れんな。」
ニカリと笑い顔をこちらに向けてくるが、何となくその話に不穏なものを感じる。
“簡単に同意してはいけない”
マキーナではない、俺の中にある今までの経験での何かが、そう警鐘を鳴らしている。
俺は少し考えると、同じ様に港を見る方に向き直りながら、これまでの経歴を話す。
「……ここでこうしていられるのは、一人の友人のおかげなんですよ。
彼は今、まさしくヨシタカ殿のお話に出てきましたキャッスル・アズチに勤めていると、この間手紙をもらいましたよ。
変わらず私の動画もたまに見ている、とも。」
そう付け加えると、“お主の戦いはその、渋いからのぅ”とヨシタカ氏は笑う。
まぁ、相変わらずウケは良くないのは理解してる。
この間のキャッスル・シギサーンでの最初の突撃戦は少しだけ再生数が伸びていたが、アレも合成とか後で別撮りを編集したんじゃないか、という疑いがかけられていた。
俺のように地味な戦いをする奴に、あぁして先陣をきって敵と斬った張ったが出来るワケがない、と言うのが批判の根拠らしいが。
流石に馬鹿馬鹿しくて反論もしてないし、面白いからコメントもそのままだ。
だからなのか、俺の動画のコメント欄は非常に荒れやすい。
それでも、俺には関係の無い奴等が喚いているだけだ。
相手にしている余裕はない。
それに、キルッフも無事に宮仕えをこなしているらしい。
あれから殆ど会ってはいないが、元はと言えば戦えない奴の代わりに俺がこうしているのだ。
一応、この世界での身分を得る方法を教えてくれて、そこまで俺を導いた恩人だからな。
受けた恩くらいは、倍にして返してやりたいものだ。
そういうような感想も含めて、俺はこれまでの事を語って聞かせる。
何なら最初の試験の時に、アケチの奴に殺されかけた事まで話す。
後で聞いたらあの最初の入団試験、どれか1つでもクリアすれば良かったらしい。
相手の強さに合わせてゾンビだったり合成魔獣だったり試験官だったりと、適した戦いを事前の確認からチョイスするのが本来の試験だったらしい。
あんなに次から次へと魔獣やらなにやらを出してきたところを見ると、どう見ても事故として俺を葬りたかったとしか思えない。
「ハァッハッハッハッ!!
愉快愉快、……いや失礼、フジーラどのには笑い事ではござらん体験でしたな。
だが、少しフジーラ殿がわかったような気がしますわい。」
大笑いした後、彼は俺に顔を向けまた真剣な表情をする。
「そなたと同じ名を御屋形様から贈られた、もう一人のヒデヨシ。
ヒデヨシ・ハシーバと、アケチには気をつけなされ。
ここ最近、アケチが忍ぶように人を避けながらハシーバに会いに行っている姿を、他の将軍が何度か目撃しておる。」
「……というと、つまり?」
いきなり言われた言葉の意味がわからず、思わず聞き返してしまう。
だが、ヨシタカ氏は何食わぬ顔で懐からキセルを取り出すと、太い指で器用に葉を詰めて火を付ける。
「俺達は海の人間だ。
陸の政は複雑怪奇でよぉーわからん。
だがな、こうして陸の人間をあちこち運ぶ事も多い。
そういった奴等が漏らす噂話や密談を繋ぎ合わせていくと、想像は広がる。
それは、嵐の海でコンパスと海図を見るよりも簡単に、全体の姿が見えてくる。」
少しの沈黙。
ヨシタカ氏はゆっくりと煙を吐くと、その紫煙の行く先を目で追っている。
空に消えていく煙が、これから先の未来を映し出す様な錯覚を、俺は感じていた。
「御屋形様は事を急ぎ過ぎとる。
血縁や家名に依らぬ人事もそうであるし、急速な領地拡大もそうだ。
そして敵軍の将であれども有能なら取り立てる、その度量は素晴らしくとも、火種は残る。
ましてや、何度も裏切ろうとした奴でさえも、な。」
言わんとしている事は解る。
現にシギサーンでの戦いのように、裏切り者を討伐する戦いや、占領した領地に残る宗教団体との軋轢は消せぬままだ。
だからこうして、補給路を叩き本陣を攻め入る準備をしている。
「今回の戦いも、そういう指示であるからそうした。
この戦いは、相手にとって大きく士気の下がる出来事になるだろう。
多少は“敵討ちだ”と騒ぐかもしれんが、この圧倒的な差は恐怖となる。
恐怖は容易く意思をくじく。
だが恐怖は、永遠と残り続ける火種のような物だ。
火矢は、消えたと思っても芯の熱は冷めぬ。
何かの拍子にすぐに大きな炎となり、いずれは船を焼く。」
元の世界での歴史を知っている俺には、その意味が十分に理解できた。
だが、同じくらい疑問も湧く。
この世界の転生者ではないか、と目星をつけていたアケチとハシーバ、この二人が共謀している?
ちょうどこの戦いを報告にアヅチに向かうのだ。
そこでどちらかを捕まえて、いい加減問い詰めてみるか。
話はこれで終わりだと、ヨシタカ氏は部下に呼ばれてこの場を後にする。
俺は、姿が見えなくなるまで敬礼し続けていた。




