658:自覚
「報告!観測班からの通によれば、敵部隊はおよそ3割を完全撃破、2割は行動不能、残り半数はいまだ健在です!!」
ヨシタカ氏に報告している声が、射撃中の俺達にも聞こえた。
チラと、“ここらで降伏勧告でもするのかな”という考えが頭をよぎる。
撃破や行動不能を合わせれば、相手は全部隊の半数を失ったことになる。
これは軍事的な観点で言えば、部隊3割損失で全滅と言われるから、それを越えて5割以上損失の“壊滅”と呼ばれるレベルまで到達している。
ここから先は、完全損失の“殲滅”レベルだ。
「よか!この海から奴等を生かして帰すな!!
各軍艦に通達!これより前進し、包囲殲滅せよ!!」
思わず口笛を吹きそうになる。
この大将、やる気だ。
いや、“華々しい戦果”という意味では、敵の全滅でも壊滅でもなく、殲滅がどうしても必要という所か。
「鉄砲隊!銃身の交換が必要な者は今すぐ交換しろ!!
奇数番隊!すぐに右側面へ移動!!
急げ!全周射撃になるぞ!!」
こちらも大声で全員に指示を飛ばす。
皆慣れたモノで、銃身の交換が必要な銃を偶数番の部隊の面々が引き受け、無事な方の銃を持って奇数番隊はすぐに駆けると、配置についてから念のため銃身を検め、そして弾丸を装填する。
自分が相手方にいたとしたら、一目散で逃げ出すだろう。
生き残ろうという強い意志があるなら、絶対にそうする。
自分の身と、出来るなら部下を引き連れて。
しかし、相手方はそれをしない様だ。
なら残念だ、海の藻屑と消えてもらおう。
「突撃ぃ!!」
「指示を待つな!各員自由射撃!!」
ヨシナガ氏と俺の指示が同時に飛ぶ。
水兵達が櫂を漕ぎ、鉄砲隊が次々と射撃を開始する。
粋や伊達を求めてか、雄叫びか名乗りかわからないが、とにかく奇声をあげながら小舟でこちらへ肉薄しようとする敵兵もいた。
当然、そんな兵士が近寄れるほどこちらの射撃はぬるくない。
雄叫びか断末魔か、或いはその両方をあげながら、敵兵はバタバタと倒れて海へと落ちていく。
「状況!火矢!!」
チラと声が上がった方を振り向くと、装甲板の隙間をぬって火矢が突き刺さっている。
しかし、たった一本の火矢では燃え広がるまでは当然いかない。
すぐに水兵達数人の力で消化され、また何事もなかったように補充作業へと向かっていく。
「銃身交換!!」
「こちら、残弾わずか!!」
慌ただしく声が飛び交い、皆が目まぐるしく動き回っている。
装甲板にも何かがあたる音が次々と響き、豆粒のようなふくらみが次々と出来ている。
恐らく火矢を放っているが、突き刺さらずに装甲板を凹ますくらいで、力尽きて海中に落ちて行っているのだろう。
「……まぁ、あれだな。
源為朝でもいれば、あちらも状況が違ったんだろうがな。」
「誰ですか?それ?
……そんな事よりも、先ほどの残存的兵力から更に半減しました。
今現在、この船を含めて全艦で敵を包囲しようとしております。
鉄砲隊を、また片側に寄せますか?」
不思議な顔をする側近に“何でもない、それでやってくれ”と指示をし、銃眼から敵の動きを見る。
やれやれ、残念ながら元の世界の猛将、源為朝はこの世界にはいないのか。
一矢で敵の船を貫通して沈没させたという逸話もあるらしいと聞くが、この世界にそんな存在がいたらきっと今回の戦術はとれなかっただろう。
何せ9発矢を放たれれば、こちらは全滅するのだろうし。
そんな事を思いながら敵の動きを見ていると、もう完全にワンサイドゲーム。
いや、それを越えた何かだ。
船の上で恐慌状態になり、甲板を逃げ惑う者達。
こちらを指さし、何かをわめいている兵士がいる。
恐らくはこちらに対して“卑怯だ”とか“正々堂々斬り結べ!”だとか言っているのだろう。
数の暴力で肉弾戦を挑んでくる方も大概卑怯だとは思うが、まぁ悔しさで頭がいっぱいの時はそんな事まで考えられないか。
そうして叫んでいる兵士が撃ち抜かれ、その後に白旗をあげようとした兵士も次々と撃ち抜かれる。
非常に残念な話ではあるが、この戦いで捕虜を取る事は想定されていない。
つまりこちらは、本当の意味で“殲滅”する気なのだ。
ようやくそれが理解できたのか、一部の敵兵士達が一斉に海へと飛び込んでいく姿も見える。
しかしここはかなりの沖合だ。
普通の人間が、浜辺まで泳ぎ切れるはずもない。
今撃たれて死ぬか、泳ぎ疲れて溺れ死ぬか。
あまりに一方的過ぎて、酔えるような勝利の美酒もない。
ただ淡々と作業をこなす、そういう空気が蔓延しているこの海上戦が、ようやく終わろうとしていた。
「フジーラ様、少し、気になっていたのですが。」
「ん?何だ?」
ただ作業のように弾を込め、照準を覗いて敵に向けて撃つ。
機械のように黙々と射撃していた俺に、側近が隣から声をかけてくる。
「此度の戦、事前のご説明から圧倒的な敵兵力の前に、一歩も引かず華々しく勝つ、というお題目も理解しました。
圧倒的劣勢のこの戦局も、この新造船と我々で逆転してみせました。
ただ、ここまで、完膚無きまで相手を殲滅する必要はあったのでしょうか?
これではまるで獣の所業、いや、野を駆ける獣ですら、自分の食う分以上の殺戮はしますまい。」
その側近の言葉にふと、どこかの異世界で聞かされた“獣になりかけている”という言葉を思い出す。
俺は今、どちらだろうか。
今この虐殺を、心の何処かで楽しんではいないだろうか?
急に、冷水をかけられたような気持ちになる。
まさか、こんな風に気付かされるとは思わなかった。
心の中で側近に感謝しつつも、俺は考える。
「……そうだなぁ。
必要か不必要かで言えば、これは確実に必要だろうな。
考えてもみろ。
お前も理解しているオーダの結束を誇示するため、というのもその通りなんだがな。
だが、御屋形様の目標はあくまでもトゥルーウィッシュ教団の壊滅だ。
ここで奴等を逃せば、また戦力として俺達の前に立ちふさがる。
遅いか早いかの違いだけなら、簡単に数を減らせる今の方が良い。」
「……それもわかっていますが……。」
側近の言葉と反応に、自分が随分と人間らしい感情を失い始めていたことに気付く。
俺の言っている事が詭弁だともわかっているのだろう。
実際、ここまで決着がついているなら投降を促して捕虜にすればいいだけで、別に殲滅する必要は無い。
恐らくこれはこちらの戦意高揚と相手の士気を下げる目的なのだろう。
ただ、それを当たり前のように察し受け入れていた自分にも気付かされた。
あまり、世界に染まりたくはないものだ、と、俺は誰にも聞こえない様にため息をついていた。




