657:一方的な海戦
「装甲板!引き上げーー!!」
この船の船長が声を張り上げると、船員達が一斉に綱を引く。
そうすると船の両側から鉄板がせり出してきて、マストを挟むようにして、まるで卵や繭のようにスッポリと船の上部を包む。
「……あぁ、矢だからあれか、曲射撃ちされるかもしれないから、上までカバーするのか。」
何となく、日の光が届かなくなり薄暗くなった甲板の上で鉄板の先を見上げ、そんな感想を持つ。
隙間はそれなりに空いているが、これならばかなりの火矢の侵入を防げるだろう。
そして、甲板にある手すりの近くに、無数の四角い穴が空いているのが解る。
なるほど、あの穴が城などにある狭間、西洋風に言うなら銃眼というやつなのだろう。
あの穴から、こちらも矢なり弾丸なりを通すわけだ。
結構大掛かりな設備になっているところを見ると、かなり金をかけた事がわかる。
「……そのせいで、6隻しか用意できなかったってのは、流石にどうかと思うがねぇ。」
「貴様!フジーラと言ったか!!
何か我が船に粗相でもあったか!?」
筋骨隆々で日に焼けて浅黒い大男が、薄暗がりの中でゆっくりとこちらに近付く。
いけねぇ、ここにはうちの部隊がいるだけじゃなかったな。
「これはこれは、ナインエビル家のご当主とお会い出来るとは思いませんでした。
ヨシタカ・ナインエビル殿ですな。」
「挨拶も世辞は良い!それより、フジーラ殿は何か不満を持っていたようだが?」
やれやれ、しつこいタイプの将軍に出会っちまったか。
或いは、よっぽどこの最新鋭艦に自信があるのか。
自分が命を預ける道具を悪く言われたなら、そりゃ怒りもするか。
「失礼しました!!
この船自体は素晴らしいものですが、敵軍との戦力差がいかんせん開き過ぎではないでしょうか!?」
先程の装甲板が引き上げられる前に見えた敵影、そして今銃眼から見える敵の船の数を見ても、馬鹿馬鹿しくなるくらいの物量差がある。
「おぉ、そうだな。
事前の情報や各戦艦からの情報では、敵水軍は大小含めて2,000隻以上がいるらしいな。」
想像以上の数を聞かされて、目の前が一瞬暗くなる。
これは、装甲板から差し込む光が一瞬弱まったからでは無いはずだ。
3:1だの10:1だのといった、そんな生易しい数字じゃない。
2,000:6なぞ、正気の沙汰ではない。
普通、いや普通じゃなくても引き返すべき戦場だろう。
「ハッハッハ、相手にとって不足なし。
それに、華々しい大戦果を謳うにはこれくらいの戦力差が無いといかんな!!」
「……あの、僭越ながら、この戦力差でも勝てる算段がお有りで?」
流石に聞きたくなる。
これで、“お主等無敵の鉄砲隊がいれば勝てるだろう”などと無計画であれば、この場でブチのめして引き返させよう、そう思い思わず拳を握る。
「ククク……、まぁそう焦るな。
連中は肉薄しつつ火矢で射撃戦を仕掛け、こちらの船が炎で混乱してきたところを小舟で乗り込み、そして制圧する接近戦が基本戦術だ。
それならばこちらは鉄砲隊の射程を活かし、肉薄させないように遠距離で仕留め続ける。
そうする事で一方的に撃ち勝つ想定だ。
弾は腐る程持ってきた。
帰りは身軽で帰りたいからな。
全弾打ち尽くして構わんぞ。」
緊張していた筋肉から力を抜き、握った拳を緩める。
なるほど、ただ誉れだ粋だという事のために勝てない戦いを挑むわけではなさそうだ。
それなら確かに物量差はあれども、完全に包囲されなければ時間をかければ勝機はある。
そして、狙った的を当てるなら、鉄砲隊はうってつけだ。
「……承知しました。
銃身が焼け付いて使い物にならなくなるまで、目一杯撃ち尽くしましょう。」
「おぉ、そうしてくれ。
何なら銃身も交換部品を持ってきている。
相手を全て撃ち殺すまで、目一杯やってくれ。」
中々無い戦場だ、とシンプルに思う。
普通は物資の補給が蔑ろにされやすく、俺達はいつも弾薬を含めた物資不足と戦っていた。
やはり一度出航すると途中で補給など出来ない海の兵士だからだろうか。
頼りになる。
俺は少しホッとすると、改めて敬礼する。
「失礼しました。
フジーラ鉄砲隊、配置につきます。」
ヨシタカ氏は鷹揚に敬礼を返すと、見た目よりも人懐っこい笑顔を向ける。
「おぉ、期待しとるぞ、フジーラ殿。」
俺はすぐさま側近を呼ぶと、通常通りの部隊配置を指示する。
船ならば、左右側面に銃眼があり、左右に配置する必要がある。
ただ、開戦から少しの間は、敵に対して片面だけを向け続ける事になるだろう。
その為、最低限の兵士を反対側の側面に配置し、敵の方を向いている側面には多めに人を配置して、いつもの様に三段撃ちを繰り返させるつもりだ。
「……以上だ、各十人将にも指揮しろ。
3番、9番の部隊は右側面、それ以外は左側面に配置する。
敵に包囲され始めたら奇数番の隊は右側面にすぐに走らせろ。
偶数番の隊はすぐに射撃態勢を取れ!!」
指示は飛ばした。
後は、敵が接近し、こちらの射程に入ってくるのを待つばかり。
緊迫した、しかし静かな空気が流れる。
俺の右目に、少しだけ反応がある。
マキーナが、しっかりとサポートしてくれている安心感のようなものを感じる。
言葉はなくとも、通ずる何かを。
「今だ!射ぇ!!」
俺の掛け声で、一斉に銃眼から覗くライフルから火が吹く。
即座に後ろに控えている兵士が銃を取り替え、射手は次の銃を構えるとまた次の弾丸が放たれる。
その間に控えの兵士が弾丸を再装填し、また射手の銃と交換する。
かなり手慣れたモノだ。
船の揺れがあって多少は狙いが甘くなるが、外れても次の弾がカバーする。
精度が低くなりがちなら、物量でカバーする。
俺達鉄砲隊も、久々の真価が発揮されている。
「おぅ、おぅ、噂には聞いていたが、これは凄ぇな。
よし、俺達も負けてられねぇぞ!!
急いで弾丸の補充を持って来い!!
弾を尽きさせるんじゃねぇぞ!そんな苦情が出たら1ヶ月便所掃除が待ってるからなぁ!!」
水兵達も動きが速くなる。
装填手の後ろには、木箱のレベルで弾丸の替えが用意される。
もちろん、木箱を開封して中の小箱を開け、弾薬を取りやすい場所においている。
よく訓練された鉄砲隊、そしてよく訓練された水兵。
もはや戦場は、鴨撃ちか的あての会場と化していた。




