656:海上にて
「……オォフ、ウェ……。」
俺は極力ソレを見ないようにしているが、何せ四方八方至る所で展開されているのだ。
俺までもらい……いや、この話題は止めよう。
せっかくマキーナが俺の視覚情報を書き換えて、部下の口から出るアレをキラキラエフェクトに変えてくれているのだ。
それはもうあれだ、そういうものとして考えるのを止めるべきだ。
ってか、マキーナも俺と意思接続できなくなっている割にはこう言うところでまだ接続ラインを確保しているのだと感心してしまう。
あの冗談の通じない頑固者は、今もなおこの世界を解析し、抗い続けてくれているらしい。
「しかし、海の上で俺達がそんなに役に立つとは思えないがな。」
「そんな事はありますまい。
御屋形様は前回の戦での反省を踏まえ、船を強化したうえで我々フジーラ鉄砲隊まで乗せているのですから。」
そうだ、この戦いはオーダにとって再戦であり、負けられない戦いなのだ。
オーダ軍はこことは別に、武装宗教団体トゥルーウィッシュという教団と戦い続けている。
今回の相手、モーリー家はその宗教団体を支持しており、尚且つそのトゥルーウィッシュ教とやらも支援物資をこの海路を使って融通し合っているなど、宗教団体との闘いに勝つためには是が非でもこの補給路を潰しておきたい所なのだろう。
また、オーダ軍そのものも規模が大きくなりつつあり、反乱の目が出始めている将軍への力の誇示も含まれている。
そのため圧倒的な快勝をしなければならず、ただ戦って勝てばいい、という一筋縄ではいかない戦場だ。
「……本当に、こんなもんで上手くいくのかねぇ。」
俺は海にキラキラを撒いている部下達を見ないようにしながら、船を見渡す。
この船……いや、これも一応軍艦か。
元の世界の軍艦を知っている身としては、軍艦と言うにはあまりにも頼りない、木造の帆船を見渡す。
薄く伸ばした鉄板を貼り付け、一応の相手の攻撃を防ぐようにはできている。
ただ、所詮は薄い鉄板だ。
大砲の一撃でも貰えば、簡単に沈没できるだろう。
「……なぁ、前の戦いでは、何で敗走したんだ?」
とてもではないが、こんな薄い鉄板で対策を取ったとは思えない。
しかもこの船の動力は人力だ。
船の側面に無数に付けられた穴から櫂を出し、船頭の号令によって各種移動を行うのだ。
あまりにも原始的すぎる。
「あぁ、フジーラ様は聞いておりませんでしたか。
火矢ですよ。
前回はこの鉄板が貼られていない中型船だったようで、次々と火矢が突き刺さって炎上し、手がつけられなかったと聞いていますね。」
「お、おぅ、そうか……。
それは大変だったろうな。」
真顔で言う側近に、俺も思わず真顔になる。
だめだ、技術の水準がわからない。
このボルトアクションライフルだって、大元を手繰れば攻城兵器の大砲が出発点のはずだ。
持ち運びがしにくい設置型の大砲から、移動式の大砲、そして個人携帯用の筒になり、ラッパ銃、火縄銃、実包式の銃へと進化していくはずではないか?
当然、設置型や持ち運び式の大砲には、船に取り付けるタイプだって存在するはずだろう?
ただ、それを側近にぶつける前に、ガッセン粒子の存在を思い出す。
それのせいか。
それのせいで、こんなアンバランスな科学進歩を遂げているというのか。
「あー、まぁ、火矢か、火矢ならまぁ、鉄板貼ってあれば大丈夫かね。
突き刺さる頃には、だいぶ接近してるだろうからな。」
火矢に鉄の矢じりを使うのは稀だ。
それに、現実的な射程距離で考えるなら50メートルも無いだろう。
そんなに接近する前に、俺達のライフルの方が先に相手を仕留められる。
それなら安心だと、俺は適当に側近に返事をするとまた横になろうとする。
会敵まではまだ少しある。
極力周囲を見ないようにして、体力を温存しておかないとな。
「……そういえば、今回はアケチ様から教えを請うた医療班が乗り込んでおりませんが、これだけの武装であれば、まぁ恐らくは大丈夫でしょうな。」
ポツリと言った側近の言葉に、少し引っかかるものがあった。
俺は上体を起こすと、もう一度側近を見る。
「アケチ殿の教えを請うた医療班?
何だ、アケチ殿は医者だったのか?」
「おや、フジーラさまはご存じなかったのですか?
アケチ様は元は足軽衆の出身だったそうですが、勉学を積まれ医療分野で目覚ましい活躍をされておったらしいですよ?
御屋形様に仕える前はなんでも医者だったとか。
しかもかなり革新的な技術らしく、名医と名高かったらしいですな。
やはり、医学を修められるような方は頭の出来が違うのでしょうな。
今や名将軍の御一人ですし。」
その言葉に、ますます表情が険しくなる。
さらに聞けば、アケチは芸術的センスの評価が高く、その点からもオーダには信頼されているらしい。
まるで転生者じゃないか。
革新的な技術で医療分野で活躍?話が出来すぎてる。
元々は低い身分で成り上がり?
実に分かりやすいサクセスストーリーじゃないか。
芸術的なセンス?それは元の世界なら散々美術品の知識をつける機会はあるはずだ。
それなら、他人より抜きん出たセンスを持っていてもおかしくはない。
更にはオーダだ。
彼は変わり者でも能力
のある者を特に重用する傾向にある。
成り上がるにはうってつけだ。
ただ、そこまで考えてふと思う。
元の世界で言う、“本能寺の変”の後。
織田信長が自害に追い込まれ、明智光秀の天下かと思われたが、すぐに豊臣秀吉に討たれ、“三日天下”と後に言われるようになる、なんてのは、歴史の授業をロクに受けていなかった俺でも知っている有名な逸話だ。
ならば、アケチが転生者なら、いずれ自分に訪れる未来にも気付いていて当然のはず。
ましてや、自らミツヒデ・アケチと名乗っているのだ。
(クソッ、こんな時にマキーナと意思疎通が取れれば。)
推測の域を出ない考えを続けていると、マストの上で哨戒していた部下が大声を張り上げる。
どうやら、敵さんのお出迎えのようだ。
考えるのは後だ。
今はこの戦いに集中しよう。
そしてこの戦いが終わったら、アケチにそれとなく探りを入れるのも有りかも知れない。
考えをまとめ終わった俺は、近くに立てかけていたライフルを手に取る。
まずは、今日を生き延びなければ。




