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異世界殺し  作者: Tetsuさん
争乱の光
656/831

655:転戦

「フジーラ鉄砲隊、移動だ。」


その言葉に、俺は無感情に頷く。

もう1週間近く野外で待機していた。


「やれやれ、ようやく移動できる。」


「何か?」


この土砂降りの雨音で、幸いにも俺の愚痴は聞こえなかったらしい。

俺は側近に移動を命令すると、冷たくなった手を擦りながら荷物をまとめ始める。

背嚢の中に、チラリと金属の板が見える。


(やれやれ、これ以上の“侵食”は、避けねぇといけないんだろうがなぁ。)


マキーナとの言語的なコミュニケーションは、完全に取れなくなっていた。

ここまで俺の侵食が進むのは、いつぶりくらいだろう。

ただ、幸いにしてなのか与えられた名前が唯一無二で無かったからなのか、俺は割と自我を維持できていた。


この世界、元の世界とは違うからか、頻繁に名前を変える。

少し前、酔ったオーダが言っていた“トーキチ”というのは、俺と同じ名前を持つ別姓の男、ヒデヨシの若い頃の名前らしい。

元々はトーキチ・キノーシタという名で、その後ヒデヨシ・キノーシタ、そして今はヒデヨシ・ハシーバと名乗っているらしい。

名を変え、姓まで変わってしまったらそれはもう別人ではないか、と思ったのだがらこの世界では当たり前の事らしい。

誰かに命名されたり、自ら決意して表明したりすると、名や姓は変えられるのだという。

まぁ確かに、元の世界のような戸籍の管理システムなどはないだろうし、名乗ったもん勝ち、と言う所ではあるのだろう。


ともかく、俺もヒデヨシ・フジーラと名を与えられてはいるが、“ヒデヨシは俺だけじゃない”という本当に些細な、でも俺にとってはとても重要だったらしい認識齟齬によって、どうやら自我を失わずに済んでいるようだ。

恐らく元の世界の歴史と照らし合わせてもそんな事は無いだろうが、これでもしヒデヨシ・ハシーバがまた名前を変えるような事があり、ヒデヨシでは無くなってしまったとしたら。

ヒデヨシという名前が俺のオンリーワンになってしまったとしたら。

……その時になったら、おそらく俺の侵食度合いが一気に進み、この世界に埋没する事になってしまうかも知れん。


あちらのヒデヨシとはまだあったことが無い。

何でもちょっと見た感じが猿に似ているとか、髪の毛は薄いとかは聞いた事がある程度だ。

また髪の話ししてる……とアスキーアートが脳内に浮かんでしまうが、それはさて置いたとしてもそれなりの戦果は出しているらしい。

つい最近もミッドランドエリア、と呼ばれるこの国の近くにある国を攻め落とすことに成功した、という情報が出回っていた。


ただ、オーダ軍内部の人間と、何故かしきりにやり取りをしているという噂もある。

有能ではありそうだが、それがどこまで誠実なモノなのかがはっきりしない。

現時点で、俺の中では一番転生者に近いのではないか、とさえ思っている。


それでも、妙な感じは受けていた。

今までの経験というか何と言うか、はっきりした理屈の様なものではないが、あちらのヒデヨシに対しては“何となく怪しい”の域を出ないのだ。

転生者だとしたらこんな事するか?と言うような事を定期的にしている。

それに、転生者だとしたらもっと華々しい、圧倒的な武力や突出した個人技で何とかしてしまう事の方が多い。

にも関わらず、向こうのヒデヨシの特異な戦術が“相手を飢えさせる”という待ちの戦術、兵糧攻めなのだ。

聞けば、相手方は相当地獄の様な状態になるらしい。

城内にいながら飢えていき、負けを認めた後は敵兵だけでなくそこにいる領民まで、皆ガリガリに痩せ細った餓鬼のような姿をしているらしい。

時々あった軍議で他の部隊の奴等とも情報交換をしたりするのだが、その時その戦場にいた奴等は皆口を揃えて“あの状態にはなりたくない”と青い顔で言っていた。

そのためかは解らないが、あちらのヒデヨシの動画は大抵良い評価にはならないそうだ。


まぁ、俺もチラとダイジェストみたいにして上げてるやつを見たが、殆どが飯食ってるシーンか土木作業をしているシーンばかりで、途中で見るのを止めてしまった程、確かに面白いものではなかった。


そういえば。


名前が同じだからか知らないが、最近この遺失技術の動画投稿サイトでは、俺とあちらのヒデヨシが同一人物なのではないか、という謎の説が出ているらしい。

“完全に2人共同じ時間に違う戦場にいない事”と“兵糧攻めにせよ鉄砲隊にせよ、戦い方がチキンでつまらない”という事が、同一人物説派の主張だ。

否定派は“戦い方は全然違う”とか、“実際に2人とも会った事があるが完全に別人だ”とか“指揮している部隊の規模が違うだろ”などと反論しているようだが、サイトの中では同一人物説派の方が声高に主張しており否定派への攻撃が激しいため、かなり否定派は押されているようだ。


俺自身そんな事は無いと言えるが、この手の流言飛語は否定すればする程加熱する事を、元の世界の掲示板文化でも知っているからな。

何より“本人降臨”はせっかくの議論を盛り下げるしな。

やっぱね、匿名掲示板をかじった事のある身としてはね、この手の不毛な討論議論は生暖かい目で放置、これに限るからね。


というわけで俺自身はこの話題には触れず、完全に放置していた。

あちらのヒデヨシも似たような対応をしているからか、サイト内では延々と議論がループしているが、やや同一人物説派が優勢に見える。

このまま、噂話や史実の中では同一人物として見られて後世に残ったとしたら、それはそれで面白いなと思う。


ある意味での歴史捏造や歴史改竄なのだろうが、この世界は別に俺の世界じゃない。

ならばむしろ、俺がいたという記録そのモノが無い方が、俺にとっても好都合だからだ。


「フジーラ様、全員移動準備が整いました!」


側近の声に、俺は考えを中断する。

振り返れば土砂降りの中、誰も彼もが疲れ切った顔を隠して整列している。

この世界に情が移らないように、転生者とおぼしき奴等以外の名前は覚えないようにしていた。

ただ一人一人を見渡せば、その殆どが覚えた顔だ。

まだ覚えきれていない奴は、この部隊に新しく来た奴等だ。

抜けた理由は思い出したくもないが、それでも記憶してしまっている。


「よぉし、総員!これより移動を開始する!!

次の目標は海の上だ!!

いつもと勝手は違うだろうが、やる事は変わらん!!」


俺の怒号に、全員が敬礼を返す。

“この部隊のためならば、俺も命をかけてもいいのかもな”と、うっすら思う程には大事に育てた部隊だ。


「ヨシッ!それでは移動開始!!」


オーダ軍は、ワンマン運営で規模が大きくなりすぎた組織の代償だろうか。

次々と戦線が増え、内部離反からの敵対が相次いでいた。


俺はため息と共に、この身を打ち据える雨に耐えながら歩き出していた。

書きながら寝て、しかも休日なんで大惨事に……


失礼しました……

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