654:人間50年
「ハァッハッハッ!!
お前等もアレ見てたかよ!?
っつか、マジで今思い出しても笑けるよなぁ!!」
キャッスル・シギサーンの中腹、元々はマツーガ家の別邸だった場所に、俺達は集められていた。
あの爆発の後にマツーガ軍は降伏していた。
マツーガ家、並びにその近親者達は残らず打ち首となり、残された兵も放免されるか、或いは改めてオーダ軍に帰属するかを確認するといった戦後処理をしていた所、雨も降り始めたため一時的にこの場所に留まっていた。
それにしても、マツーガが仕掛けた爆弾はよっぽど強力だったらしく、雨が降りしきる中でも炎を燻らせ続けていた。
この別邸からでも、城から立ち上る白煙がまだはっきりと見えるほどだ。
「それにしてもヒサヒデの野郎、あんなあっぱれで雅な事出来るんだったら、もっと早くやれってんだよなぁ!!」
ヒサヒデとは、マツーガ氏の事だ。
オーダはこんな調子で、ずっと上機嫌だ。
勝利の祝い酒をふるまいながら、マツーガの最期をずっと楽しそうに話している。
自身も浴びるように酒を飲みながら立ち上がり、フラフラの足取りで舞いの様な動きを始めている。
「……本当に、訳が分からんな。」
「お?何やコラ?フジーラ、テメェ何か言いたいことがあるんか?あ?」
小さく独り言を呟いただけだが、オーダにはしっかりと聞こえてしまったらしい。
俺の言葉を聞いて、先ほどまで上機嫌だったオーダの額に青筋が浮かぶ。
酔いどれだった足腰は突然シャンとし、腰に履いていたままの小刀に手が伸びる。
一気に凍る空気に、周囲の将軍も“余計な事を”と苦い顔をしているのが見える。
「……私は、外から来た人間ですから。
こんなにも簡単に命を捨てられて、そして馬鹿馬鹿しい死に方をした敵将をここまで褒め称えている意味が解らないんですよ。」
馬鹿馬鹿しい死に方、とはもちろんマツーガの事だ。
たかが茶釜一つ、今この場だったらくれてやればいいのだ。
それで命が助かるなら安いものだ。
生きていれば、いずれ取り返すチャンスだってあるかもしれない。
それを、目の前で自分諸共木っ端みじんにするのは、ガキの癇癪と変わらないではないか。
それが本当に大事な茶釜なら、今この場で茶釜を明け渡して、そして後々奪い返す方法を考える方が理性的ではないか。
どうしても、そういう考えが頭から離れないのだ。
そこの理解が出来ない俺は、この、喧嘩腰で俺を睨むオーダに、目をそらさずまっすぐに見ながらその疑問をぶつける。
しばらくの間、オーダは怒りすら忘れ、俺に何を言われたかわからないようなキョトンとした顔をしていた。
「……フッフッフ、ハァッハッハ!アーハッハッハ!!」
キョトンとしていたその顔は徐々に歪み、小刻みに震え出す。
そうして、何かを言っていた声は徐々に大きくなり、遂には大爆笑に変わる。
何故そこまで笑うのか、俺には理解できないままだ。
この大笑いから突然ぶん殴られても困る。
というのも、この手の輩はこうした大笑いの後で態度が豹変して“つまんねぇからもう死ねよ”とか言って攻撃してくる事も考えられる。
俺は慎重に様子を見ながら、いつ襲われても良い様に心構えをする。
「お、お前は、本当に凡人だなぁ、ククク……。
いいかぁ、俺様が一つ心構えというやつをご教授してやろう。」
小刀の柄頭に触れていた手を外すと、ドカリとその場に座り込み、立膝立ちであぐらをかくと、酒のボトルに手を伸ばす。
一度そのボトルをクイと呷ると、口元を乱雑に袖で拭う。
「いいか、所詮この世はな、神仏の世界に比べたら一夜の夢や幻みたいなもんなんだよ!
一晩限りの夢ならよ、とびっきり愉快な生き方して笑った方が良いに決まってんだろうが!!」
「……それが、どうして喜んで命を捨てる事になるのかが解りませんね。
醜くても足掻いて、生き抜いて。
そうして最後に立ってる奴の方が、ずっと格好良いんじゃないですかね?」
俺の言葉に、場が静まり返る。
オーダ氏も、一瞬怜悧な表情へと変わるが、またすぐに爆笑し始める。
「カッカッカッカッ!お前ぇ、あのクソ漏らしとおんなじような事言ってやがるな!!
何だっけか、あの、ホラ、アレだよ!ミガーハラで指揮取ってた奴!!」
「ハッ、トクガー家です!イエヤス・トクガー。」
オーダは“そうだった、そうだった”と膝をたたきながらまた酒をあおると、ゲラゲラと笑い出す。
「あ、アイツ、タケイダの軍勢にビビって、ヒ、馬に乗って逃げてる最中に脱糞しやがってよ、ヒヒヒ、苦し紛れの言い訳が、“これは味噌だ”とか言いやがって……ヒヒヒハハハハ!!」
もうヒートアップして、話のつながりなどお構いなしだ。
「まぁとにかくよ、俺達ゃぶっ殺したりぶっ殺されたりしてる訳じゃねぇか?
そんなくだらねぇ事してる俺達がよ、今更テメェの命を惜しんでビビって逃げ回るなんざ、ダサ過ぎて下の奴等に示しがつかねぇだろうが。」
「……何故。」
何故、血で血を洗う領土争いを、くだらないと切って捨てる事が出来るのだろう。
その疑問が出かかってしまったが、最初の言葉のところで飲み込む。
オーダという男、本当に転生者ではないのだろうか?
“暴力による争いをくだらないと言ってのける”その考えができる事の方が、俺には驚きだ。
「あぁ?何故だぁ?
馬鹿かお前ぇ、こんな風に自分が多くの土地が欲しいからって、領土の境界線を人の血で引くなんざ、本当に馬鹿の極みだろう?
それに、お前ぇに渡した鉄砲が示してるじゃねぇか、もう海の向こうは、もっとエグい暴力が待ってんだよ。
さっさとこんなちっぽけな国なんざ統一して、他所に目を向けるべきだろうが。」
あぁ、この男はこういう視点なのか、と、その時理解する。
外の世界への警戒心が、この男の中に既にあるのだ。
だからこそ、外の世界から持ち込まれたこのライフルを自分達の手で作る事に拘っていたのか。
「……そう、言われると、何も言い返せないですね。」
「おぉ、そうだろうそうだろう、お前ぇに渡した鉄砲隊は、俺も期待してるんだからよ。
フォレスト鉄砲隊も、そのままお前ぇが指揮を取れ。
お前ぇは今日から二百人将だ。
俺はあのトーキチの奴よりもお前に期待してるからな、頼むぜ。」
俺も、観念して頷く。
この男には、不思議な魅力というか、カリスマ性というか、とにかく人たらしな魅力があるようだ。
ただ、マキーナの声が聞こえにくくなっていたからか、オーダに意識を向け過ぎていたからか、オーダと俺のやり取りを冷めた目で見ているアケチには、その時は気付けなかった。




