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異世界殺し  作者: Tetsuさん
争乱の光
654/831

653:華火

城が燃える。

キャッスル・シギサーンは土気色した地味な城ではあるが、それなりに威容を放つ立派な城だった。

その一角が、今大量の煙を吐き出し、チラチラと炎が見える。


「フジーラ様!鉄砲で武装した一団がこちらに近づいてくると情報が!!」


俺はその声を聞くと立ち上がり、城側に銃を構えさせた部下達の前に立つ。


「総員構え!!」


一斉に銃口が近付く一団に向く。

俺達が出迎えた事を知った一団も、状況を理解すると即座にその場で止まり、銃を構える。

中々に、訓練の行き届いた一団のようだ。


静かな睨み合いの中で、向こうの一団から一人の男が手ぶらで、それも散歩でもするような堂々とした姿でこちらに歩んでくる。ライフルを杖代わりに立っていた俺も、そのライフルを側近に投げて渡すと、同じようにゆっくりと歩み始める。


ちょうど中間地点で、お互いに微妙な距離で立ち止まる。

お互いが手を伸ばしてもギリギリ届かない、一歩でも踏み出せば相手に拳が届く間合い、武道的に言うなら一足一拳(いっそくいっけん)の間合い、って奴だ。

どうやらあちらも、それなりに武の経験があるらしい。


「おぉ、そちらが“無敵の鉄砲隊”と名高いフジーラ隊であるか!!

こちらは新設の鉄砲隊でな、ワシの名を取って“フォレスト鉄砲隊”である!!

出迎えご苦労!!」


体格が良く豪放で、口元に立派な髭を蓄えた好漢。

見たところそういう人物に見える。

とても、主君を簡単に裏切るような人物には見えない。


(アレがマツーガ家の……。)

(裏切者の……。)


後ろで部下がヒソヒソと噂話をする声が聞こえる。

事情を知らなければ、いや、俺自身何の事情も知りはしないが、何となくピンと来るものがある。

この男には(・・・・・)ちゃんと仕えている(・・・・・・・・・)主君がいる(・・・・・)


「総員!武装解除!!起立!!」


俺は一気に怒鳴る。

俺の声に驚いたように、後ろでガシャガシャと立ち上がり整列する音が聞こえる。

音が収まったあたりで、俺はもう一度口を開く。


「総員敬礼ッ!!

潜入工作を続けていた同士に敬意を!!」


ザッと音がして、部下も敬礼をしているであろう音が聞こえると、今度は目の前の好漢が小さく驚く。

だが、慣れたものなのか落ち着いた表情に戻ると、こちらに答礼する。


「これは失礼をした、御屋形様から既に聞き及んでおったか。

ワシはヨシヒサ・フォレストである。

御屋形様の命を受け、マツーガ家に潜入すべく配属されておった。」


「私はオーダ軍独立系鉄砲隊を預かる、ヒデヨシ・フジーラと申します。

御屋形様からは何も聞かされてはおりませんが、状況から推測しました。

相違なかったようで安心しました。」


微妙な立ち位置だが、とりあえず敬語で返しておく。

確かヨシヒサ・フォレストは俺よりも軍歴が長く、階級的にも百人将になったのは向こうの方が先だ。

ただ、鉄砲隊としては俺の方が先任であり、フォレスト隊の方が新設の部隊である。

色々総合すると、“とりあえず下手に出ておこう”という現代的なサラリーマンの処世術がついつい表に出てしまった。


「おぅ、新参の鉄砲隊であるワシにも敬意を払うとは、フジーラ殿は出来ておるのぅ。

噂では、同じヒデヨシの名を持つ……あれじゃ、今はヒデヨシ・ハシーバだったかの、ともかく、アヤツとは雲泥の差じゃ。

アヤツは兵を無断で引いてハイシーダー家との戦いに穴を空け、結果敗北してしまって御屋形様の怒りを買うなど、悪さしかしておらんらしいからのぅ!」


そういって豪快に笑うと、俺に握手を求めてくる。

俺も苦笑いしながらその手を取ると、背中をバシバシと叩き、“腹が減った、飯はないか!”とやっぱり豪快に笑う。


俺は若干引きつりながらも、側近に言って食事の準備をさせる。


しかし、なるほど。

やはりこの男はオーダに言われて潜伏して、こういう機会を待っていた訳か。

確かに、心の中に叛意を持ったままオーダに仕えていたマツーガは、不意に“鉄砲隊を預ける”とオーダに言われたのだ。

既に俺の鉄砲隊がかなりの売名をしている。

新設の部隊とはいえ、最強とまではいかなくても強力な部隊が棚ぼたで手に入ったのだ。

隠していた叛意も、それはかま首をもたげてくるだろう。


それに、俺と同じ名前を持つ男の現状も知られたのは良かった。

ただ、前はヒデヨシ・トーキチとか名乗っていると聞いたような……?

この世界は名前もコロコロ変わったりするから良く解らない事が多いが、それでもあまりパッとした戦果を挙げられていない事は解る。


[聞こえるかぁ!ノブナガァ!!]


これまでの情報を整理しつつ、フォレスト隊に食事を提供していると、不意に城の方から例の風魔法らしい力を使った、野太い声が響き渡る。


[俺ァなァ!!

テメェの下に着くなんざ、これっぽっちも認めてやいなかったんだ!!

テメェがこうして汚ぇ手を使わなけりゃ、俺ァ勝ってた筈なんだ!!]


恐らくは、城主のマツーガとやらの声だろう。

随分と粗野な物言いだ。

俺はチラとフォレスト氏を見ると、既に終わった事のように、彼は遠い目をして城を見上げていた。


「……いや、オヌシじゃ無理じゃったよ。

ワシを、何の警戒もせずに受け入れて野心を燃やした時点で、オヌシの負けじゃ。」


まるで独り言のように呟いていたが、彼が何を見てきたのか俺にも少しわかったような気がした。

その顔には、ほんの少しだけ寂しさが浮かんでいた。


[だからなぁ、このヒ・ラグーモ、さしだしてたまるかぁ!!

欲しけりゃ取りに来い!!

ただし、全部が集めきれるとは限らねぇけどなぁ!!]


天守閣の屋根の上に、1人の男が姿を現す。

その両手には、大きな壺を抱えている。

遠目でもわかる程に光り輝く、金で出来ているのかそれとも金箔でも貼られているのか、かなりの芸術品の大きな壺だ。


「マツーガ家、バンザァァァイ!!」


男はあらん限りの声で叫ぶと、火をつけた布を壺の中に投げ入れる。


「ヤバい!耳を塞げ!」


地を揺るがす轟音と地響き、そして白煙が急速に広がる。


恐らくマツーガは、あの壺の中に入れられるだけの火薬を詰め、そして自爆したのだと理解できた。


天守閣は激しく吹き飛び、下からの火と相まって激しく燃え盛っていた。


「……なんつう、なんつうムチャクチャな。」


それだけ言うのが精一杯になりながら、俺は降り注ぐ天守閣の残骸を拳で撃ち落としていた。

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