652:謀略
本隊から弾薬と食料が続々と運ばれてくる。
側近も十人将達も、あちこち走り回りながら物資の受領と分配、そして周辺警戒と休憩とを慌ただしく対応している。
あの本隊への射撃の後、補給物資を送る事を約束させていて、それが来るまではここから進軍はしないし、友軍にもここを明け渡さないと言い含めてあった。
ちゃんとその脅しを受け取ってくれたようで、この結果になった訳だ。
「しかしフジーラ様、もうこんな心臓に悪い事はお止め下さいませ。
聞けば本隊にも死者こそ出なかったものの、数名の軽傷者が出たと遣いに出した者から報告がありましたよ?」
俺はその言葉を聞くと、側近にニコリと笑いかける。
「何、安心せぇ。
戦場での死傷者の2割は、味方からの誤射だからな。
この程度、その目算の範疇内であろう。
それより、向こうの首尾は?」
「さ、左様でありますかな。
……コホン、例の、“フォレスト鉄砲隊”とやら、もうまもなく作業を終えると可視光通信で連絡がありました。
合図は、見てわかると。」
俺達がここを離れられない理由の一つには、例の裏切る予定の鉄砲隊の存在があった。
何故相手も鉄砲を?と最初は思ったが、よくよく考えれば元は同じオーダの軍勢だ。
あちらにも鉄砲隊が配備されるくらいは想定していかねばならなかった。
このまま同じ様に突っ込んでいたら、危うくこちらも壊滅的な被害を受けるところだった。
あちらが先に寝返ってくれて、正直ホッとしていた。
ともかく、あちらの望みは俺の部隊に編入される事なのだ。
ここは動かず、相手の行動を待った方が良い。
それにその方が、こちらの要求に対して本隊から見て説得力が増すからな。
(それにしても……。)
俺は手元のライフルを見る。
今回は被害を出さずに済んだが、今後はこう言う事が起きるのを前提に動かなければならないだろうな。
俺達の鉄砲隊も、言うほど無敵ではない。
戦死者も出しているし、それに伴って回収できなかったライフルや弾丸も山程ある。
それ等は貴重な“無敵の鉄砲隊の秘密”として、今頃様々な奴等が必死に研究しているだろう。
それに今回のように、裏切った元オーダ軍の将軍も多少はいる。
そいつ等がライフルの仕様を他国に漏らしていないはずが無い。
(もしくはそれすらも、オーダの奴の想定通り、だったりしてな。)
まさかな、と思いながらもその可能性を否定できない。
史実での織田信長は一体どういう人物だったのだろう?と想像を巡らせる。
西洋の宗教の価値観を当たり前のように取り入れ、自らを“第六天魔王”と名乗り……いや、これも宣教師の創作の可能性があったんだっけか?
確か武田信玄が織田信長が追放した仏教徒を保護し仏教の守護を謳ったから、自身は仏敵である魔王を名乗ったとか言う話だったか。
まぁ割と突飛な人物だったんだろうなぁ、という推測は立つし、元の世界でもそれは特異点として見る事ができる程度には風変わりな人物だ。
ただ、俺は何となくオーダが転生者なのではないか?と疑っていた。
こんな、縁故での人事採用を止めて実力や能力主義で人事を行い、理屈が合えば裏切り者も許したり、通行税などの関税を廃止してラクーチだかラクーザだかといった、開かれた市場を作り上げた事もそうだ。
とてもではないが、この世界の凝り固まった考えに囚われている人間には出来ない気がしていた。
ならば、この後に自分が本能寺に該当する所で裏切られるのは目に見えている。
幸か不幸か、明智光秀に該当する人物は存在している。
何せミツヒデ・アケチと、本当にそのままの名前をもつ者がいるのだ。
織田信長ですらノブナガ・オーダだったり、武田信玄はシンゲ・タケイダだったか。
少しは名前が違うのかと思ったら、アイツだけそのまんまの名前を持っていやがるしなぁ。
だとしたら、かなり警戒しているはずだ。
どう転ぶのか、それはそれで興味があるところではあるな。
[あー、あー、本日は晴天なり。
テストテスト、どうだ?これ魔法は発動してるのか?]
そんな事を考えていたら御屋形様、オーダの声がはっきりと聞こえる。
何だ?と思って本隊の方を見下ろしていたら、オーダがパリッと決めた戦装束で、お立ち台のような台の上に立ち、拡声器のような物を口元にかざして話している。
「……なぁ、あれ何やってるんだ?」
「あぁ、フジーラ様はご存知ありませんでしたか。
あれは風魔法の一種ですね。
声を風に乗せ、戦場や相手方に聞こえるように届ける魔法です。
主に説得や投降の勧告に使われるヤツですよ。
……まぁ、フジーラ殿にはあのバカでかい声があればあんな魔法は必要ないと思いますが。」
側近が、チラと皮肉交じりにこの状況を説明してくれる。
ただ、俺はその皮肉には気付かないフリをして、状況を見守る。
皆同じ心境なのか、オーダの声が聞こえると次第に戦いの音は徐々に小さくなっていき、やがて散発的にしか戦闘音は聞こえなくなっていった。
[あー、マツーガァ、聞こえとるかぁ!
俺はな、別にお前を許してやってもいいと思ってるんだぞぉ?
ただ、手ぶらで許す理由にはいかねえからなぁ!
ケジメとして、お前が持ってる茶器で、お前が命の次くらいに大事にしてるヒ・ラグーモを寄越せぇ!
それで今回の事は手打ちにしてやらぁ!]
なんとまぁ。
随分な話だ。
これだけの攻城戦を仕掛けておきながらも、茶器1つで許して撤退しよう、というのだ。
ここまでくると粋なのか不粋なのか、もうよく解らん。
ただ、破格の要求には聞こえる。
[考える時間はあんまり与えるつもりはねぇぞぉ!
タイムリミットはな、これだ!]
オーダがパチンと指を鳴らすと、それに合わせたようにキャッスル・シギサーンの一部が爆発する。
アレは、先程フォレスト鉄砲隊が可視光通信を送っていたあたりだ。
そしてそれを見て、俺は大体を察する。
「オイ、鉄砲隊に休憩終了を伝えろ。
武装させて陣形を組め。
もうじきフォレストの奴等がここに来るぞ。」
「は?え?そんな急に。
一体どう言う事ですか?」
キョトンとしている側近に、俺は頭をかく。
「あのな、あのフォレスト鉄砲隊は御屋形様の仕込みなんだよ。
多分、俺達が辿り着いた頃合いを見計らって、寝返る予定だったんだ。
ただ、こっちが武装もしてなくてのんびりしてたら、もしかしたら乗っ取られるかもしれねぇだろ。
だから、お出迎えに準備をしておいてやるんだよ。」
俺の説明でようやく理解が追いついたのか、側近は慌てて走り出すと十人将達に集まるように怒鳴りだす。
俺はその風景を確認すると、城を見上げる。
今だ沈黙しているその城が、俺には不気味だった。




