651:想定外
キャッスル・シギサーンは、山を切り開いて居城とした山城であり、天然の要塞とも言える。
尾根を複数個所に渡り平らに削って陣を構える、削平地の陣地が複数ある環境だ。
俺達が制圧した陣地は隣の山に隣接する、普通の行軍ではまず背面から襲われる可能性の少ない陣地だった。
それゆえ一気に急襲して制圧できた。
「今しがた、近場の部隊との連絡が取れました。
要件は変わらず、このまま進軍し攻城戦に移れとの事です。」
「補給は?」
俺の短い問いに、側近は首を横に振る。
やれやれ、補給も無しに前進しろとは、俺達の相手をしている将官は相当頭がハッピーらしい。
「よし、次の陣地を攻めるぐらいはまだ持つよな?
そこを落としたら一旦俺に考えがある。
まずは次の、隣の敵陣地を攻め落とすぞ。」
部下達も疲労が少しは取れたのか、気力が戻った顔つきになっている。
これならば、次の陣地の制圧くらいはいけるだろう。
やった事は先程とほぼ同じ、少し違うのは、既にこちらは相手の懐に入っていると言う所だろうか。
各陣地を移動するための通り道が既にある。
通り道に沿って尾根を登り、待ち伏せている敵兵を鉄砲隊の一斉射撃で叩き潰す。
十分に射撃を撃ち込んだ後に、ゆっくりと敵陣地に侵入して残りを掃討するだけの、実に簡単なことお仕事だ。
そして、この陣地がキャッスル・シギサーンに近く、オーダ軍との戦いも大体は一望する事が出来た。
「どうやら、今の所俺達が一番乗りって感じだな。」
「とはいえフジーラ様、もうこれ以上の進軍はかなり厳しいかと。
兵達も残弾がほぼ尽きております。」
俺は側近に命じ、再度物資の補充を打診するために伝令を出すように伝える。
“同じ結果になるだけかと”と側近は呟くが、それは俺も承知の上だ。
俺はチラと、眼下のオーダ軍本陣を見下ろす。
距離はざっと……。
<距離……、700〜800……。>
この世界で役割を持ってしまった弊害として、またマキーナの声が聞き取りづらくなっていた。
それでも、かつてのようにもう自我を失いかける事はない。
どんなにヒデヨシ・フジーラと呼ばれようが、俺は俺だ。
ただの何でも無い一人の人間、田園勢大だ。
それ以上でも、以下でもない。
だというのに、この異世界とかいうロクでも無い奴はすぐにそういう違和感を、世界の修正力とやらで解消しようとしやがる。
全く、迷惑な話だ。
(だが、ありがとよマキーナ。)
俺は、同じく制圧したこの陣地を橋頭堡にするため、再陣地化している部下達に聞こえるように怒鳴る。
「各員!!
銃の整備を最優先しろ!!
また、次の任務は先程よりも長距離の射程となる。
それぞれ、800メートルにゼロインを合わせておくように!!」
この世界が尺貫法やポンド・ヤード法でなくメートル法で助かる。
これもまた、転生者の残滓、と言うやつなのだろう。
「さて、まずは伝令を出せ。
そいつが戻ってきたら、色々とやろう。」
俺はニヤリと笑うと、側近は少し青ざめた顔をしながらうなづく。
俺が何をするかまでは解って無さそうだが、ろくでもない事をしようとしてるのは察したらしい。
伝令が本陣に向かい、そして戻って来るまで1時間とかからなかった。
案の定、回答は同じ、“そのまま前進せよ、無敵の鉄砲隊に期待する”だそうだ。
「フ、フジーラ様?
何をなさろうと……?」
側近を押しのけ、俺はまた声を張り上げる。
「各員、弾ぁ込めぇ!!
射撃準備!!
目標、オーダ軍本陣!!」
部下達は全員、何を言われたのか理解出来ない表情だった。
側近だけが、ただオロオロとしている。
「早くしろぉ!!」
俺の怒号で、部下達は何が何だか理解は出来ていなかったが、急いで陣形を組む。
一斉にボルトアクションの音が響き、弾丸が装填される。
「構え!!
一応言っておくが、極力人には当てるなよ。
……射ぇ!!」
俺の号令で、100人近くの射手が持つライフルが火を吹く。
いきなり射撃された本陣は、それはもう蜘蛛の巣をつついた様な騒ぎになっているのが見て取れる。
それに向かい、俺は思い切り空気を吸い込むと、一気に怒号として吐き出す。
「馬鹿野郎!!
さっさと物資を持ってきやがれ!!」
戦場に、俺の怒号がビリビリと響き渡る。
いくつかの戦場では、それのせいで動きが止まってしまったほどだ。
「おい、もう一度伝令を走らせろ。
次は当てると、伝えてやれ。」
「無茶苦茶ですね……。
後で軍法会議になっても、私は“命令されただけ”と言いますからね?」
側近は青い顔でそう言うため、俺はただ笑って“好きにしろ”と言っておいてやる。
書面での証拠は既に押さえてある。
これでどうこう言ってくるなら、オーダもその程度の人間という事で見限ってやろう。
そんな事を考えていると、シギサーンの城の一部から、チカチカとした光が見える。
「……?おい、アレは何だと思う?」
「……あぁ、太陽の光を使った可視光通信ですね。
えぇと、“こちら、ヨシヒサ・フォレスト、そちらはオーダ鉄砲隊で間違いないか”だそうですが……。」
今俺の指示で本陣に攻撃をかけたから、寝返ったと勘違いしてコンタクトを取ろうとしてるのか?
何が目的かは解らなかったが、俺は側近に“そうだと回答させろ”と伝えると、側近も可視光通信に心得があったのか、その場で手鏡を取り出すと光を返す。
「……あちらも100人の鉄砲隊がいるそうなのですが、こちらの、オーダ鉄砲隊に編入してくれるなら城の内部から破壊工作を行う、と言ってきています。」
何とも妙な流れになってきた。
俺達が寝返ったと思ったのではなく、自分達が寝返りたい、という通信だったとは。
マツーガ家の裏切りから始まったこの戦いだが、今度はその部下が裏切ってこちら側に着きたいというのだ。
「なんとも、因果な話だな。」
俺は許可する旨を伝えるように言うと、近場の残骸に腰を下ろす。
何もかも、無茶苦茶な戦場だった。




