650:わずかな休息
「ひとぉつ!!」
壁を爆破したことによる混乱と爆炎、更には一斉射撃による弾幕で浮足立った敵陣に飛び込み、混乱している兵士の首に向けて着剣済みの銃剣を突き刺す。
硬い竹の様な感触、首の骨まで刺さり突き抜けた感触を感じ、驚いた表情の敵兵を足蹴にして銃剣を抜き取る。
そのまま銃身を少し横にずらし、装填済みの1発で奥にいる少々立派そうな兜を被った兵士を狙う。
4〜5人に囲まれているところを見ると、ここの指揮官辺りだろうか?
「ふたぁつ!!」
銃弾は狙い通り兜に吸い込まれ、そしてそのまま中の頭へと貫通する。
兜の後ろ側までは貫通できなかったのか、頭だけを引っ張られるような不自然な動きでドサリと倒れるのが見えた。
銃を担いだまま、目の前でいきなり倒れた指揮官を目で追い、呆気にとられている兵の群れに飛び込む。
そしてまた1人、今度は慌てて振り返った反応の良かった奴を目から頭部へ向けて突き刺す。
すぐにライフルから手を離すと、まだこちらを振り向けていない兵士の兜を両手で持ち、振り向いているその頭を更に捻る。
ゴキリと音がするのを感じ、すぐに手を離して飛び上がると、目についた1人にそのまま飛び蹴りで首に向けて打ち落とす。
「……この!!」
ようやく反応仕掛けた兵士が腰から刀を抜き取ろうとするのを、踏み込みつつ右掌で柄頭を押さえて中断させる。
一本拳、つまりは人差し指を立てたじょうたいの左拳で、驚いた表情をしている男の目に突き立てる。
指を抜きつつ、右手で押さえていた柄頭を掴み直し、刀を抜き取りつつ横に薙ぐ。
最後の一人は首を切られ、笛の様な音を出しながら血を吹き出して仰向けに倒れた。
「すまんな。」
右手で持った刀をチラと見る。
やや肉厚で、見るからに頑丈そうな刃渡り。
試しに血を飛ばすために振れば、殆どの血が払われて微かに血脂の跡が見えるのみだ。
(……元の世界なら、もうこれだけで名刀の類なんだろうなぁ。)
倒れた兵士の懐から布を取り出し、刃についた血脂を拭う。
別にこれが名刀という訳では無い。
この世界では、これすらも数打ちの支給品レベルなのだ。
これを回収しまくって、元の世界で売れればそれなりの財産になりそうだな、と考え、異世界に渡る時のルールを思い出してすぐに諦める。
元の世界で俺が身につけていた、或いは持っていた物以外は持ち込めない、それがルールだ。
そういう意味では、この異世界で唯一の例外、マキーナの存在がどれだけ貴重かがわかる。
(それでも、銃剣突撃も限界があるよなぁ。)
オーダ軍の鉄砲隊には刀は支給されていない。
槍よりも強いボルトアクションライフルがあり、刀よりもリーチがあって槍と同等の取り回しができる銃剣を着剣できる事が、その大きな理由だ。
とはいえ、1発ずつ弾を込めるボルトアクションライフルでは押し寄せる槍衾を相手にするには手数が足りず、銃剣突撃してもすぐに銃剣が折れ曲がる。
その後の接近戦は相手の武器を奪うか素手というのは、なんとも心許ない。
刀を抜いた兵士に近寄り、鞘も回収すると俺の腰に履く。
「悪いがこれは借りていくぞ。」
「フジーラ様、返す当てはあるんですかな?」
俺の呟きが聞こえたらしい。
戦闘後の高揚感だろうか、側近が獰猛な笑顔のまま俺に近付いてくる。
「まぁな、借りたまま返さないのは俺の主義に反するからな。」
周囲を見渡すと、部下達も概ね制圧を完了していた。
「それは殊勝な心がけですな、見習いたいところです。
……こちらの拠点は制圧しました。
兵が疲弊していますが、次の制圧戦くらいは耐えられると思いますが、如何致しますか?」
俺はチラと部下の姿を見る。
死者を一箇所にまとめ、手を合わせている者達もいれば、敵軍の生き残りを纏めて警戒している者達もいる。
その殆どの者には、少なからず疲労の色が浮かんでいた。
「捕虜を極力安全な場所に一箇所に集めて、拘束しておけ。
その作業が終わるまでの間、周辺を警戒せよ。
……あまり飯は口に入れておくなよ。
胃に血液がいけば動きが悪くなるからな。」
俺の言葉を聞いて、側近は少しホッとしたような顔をすると、すぐに十人将達を集めて指示を出している。
先程はあぁ言っていたが、どうやら兵の疲労は予想外に重かったらしい。
あまり休みすぎるのも士気が落ちる危険性はあるが、いくら士気が高くても体が動かなければ意味がない。
根性論だけでは戦い抜くのは難しい。
「フジーラ様、ライフルを回収しておきました。
ただ、銃剣はもうダメですね、新しいのを用意させましょう。」
側近が持ってきたライフルを受け取ると、銃口の先に付けられた剣、剣といっても太い針のようなものではあるが、ともかくそれが中央くらいからポッキリと折れてしまっていた。
突き刺してから手を離した後、地面に倒れる敵兵士の体が覆いかぶさってしまい、銃剣に負荷がかかってしまっていたらしい。
力を入れて戻せなくもないが、一度折れ癖がついている銃剣は再度鋳造でもしない限りは使わない方がいい。
次にどんな瞬間で脱落したり折れ曲がって刺さらなかったりするか解らないからだ。
「スマン、頼む。」
俺は折れ曲がった銃剣を取り外すと、側近に手渡す。
側近が去っていった後にふと部下達の姿を見れば、皆一心不乱にすまぁと板を使ってポチポチ何かの作業をしている。
「なぁ、あいつ等は何してるんだ?」
戻ってきた側近から新しい銃剣を受け取りながら、疑問を口にする。
「え?……あぁ、皆今回の戦をあぷろぅど、とか言うものをしようとしているんですよ。
いや、戦は変わりましたな。
私の若い頃など、あの様な事をする者はほぼいなかったのですが。
……叱りますか?」
年寄り臭い事をいう側近に、俺は苦笑いしながら首を横に降る。
どいつもこいつも必死なのだ。
それに、良くも悪くも“無敵の鉄砲隊”の噂を広める役にたっている。
それを無下にはあまりしないほうがいいだろう。
「……この世界の戦いはホント、意味がわからねぇな。
原始的な闘いに近い割には、こういう所だけ高度な情報化社会ときてやがる。」
「……何か?」
俺は新しい銃剣を装着すると、側近に“何でもない”と、また苦笑いをするしかなかった。




