649:戦場での日常
「何か聞こえるな……?」
あれから移動を続けてヤマトに入り、そろそろシギサーンの城に近付こうという状況の中、微かに遠雷のような音が聞こえる。
俺の側に控えていた将軍の何人かも、同じように音を聞き取っていた。
「フジーラ様、これはもう“既に始まっている”と見た方が宜しいのでは?」
そうだろうな、と音がする先を眺めながら考える。
確かに、伝令は“撃破を手伝え”とは言っていたが、“揃い次第始める”とは言っていない。
「嫌だなぁ……。」
「は、恐れながら、今何と申されましたでしょうか?
風の音とあちらの砲声らしきモノに気を取られ、フジーラ様のお言葉を聞き逃しておりまして。」
何でもない、と、慌てて側近に伝える。
いかん、ついつい本音が漏れてしまった。
準備をし、さぁこれから始めるぞ、という戦場ではなく、既に魔女の鍋の中のようになっている煮えたぎった戦場に飛び込むのだ。
危険度は一気に跳ね上がる。
ましてや、俺の預かる鉄砲隊は弾薬や食料等の物資運搬に馬を使っているため、俺ですらも徒歩の移動なのだ。
「ここらで兵を休めさせるぞ。
それと、元気な奴を見繕って伝令を走らせろ。
現在の戦況と俺達の作戦方針を本隊に確認させろ。」
そういうと、俺は予め書いておいた確認状を懐から出して側近に手渡す。
この手の乱戦に突入するにも、いや乱戦ならばこそ、然るべき手順はある。
無計画に突入したところで、鉄砲隊の無駄使いだ。
俺達は、言われるほど無敵の部隊などではないのだから。
1〜2時間程度で、伝令として走ってきた若者が戻って来る。
この部隊だけは、俺もある程度教育方針に口出ししていた。
そのため、派手な個人功績よりも部隊としての実利を取るような考えが根付いてくれたのは幸いだった。
まぁ、それが根付く土壌に、“無敵の鉄砲隊”というおとぎ話が役に立っているのは何とも皮肉な話ではある。
つまりは、“無敵の鉄砲隊に配属される事は一種のステータス”という認識が一般兵の中であるらしい。
オーダ軍の精鋭部隊、或いはエリート。
そんな流言飛語が飛んでくれたおかげで、この部隊には比較的“何を言われても文句を言わないという意味での”優秀な人材が集まってきていた。
いや、言い方が違うか。
エリート部隊に配属されて一発当てて成り上がるんだ、と欲望むき出しでやってくる扱いづらい輩も少なくはないが、そういう輩を俺は喜んで肉盾として扱っていた。
それを繰り返す内、命令違反して飛び出すような輩は部隊から綺麗にいなくなっていたし、その頃には“全にして個、個にして全”という、半ば怪しい思想にも染まっていたので、そう言うのを最も嫌う輩たちは、自然と寄り付かなくなっていた。
……いや、大丈夫なんかな?ウチの部隊?
「フジーラ様!伝令が戻ってまいりました!!」
側近が俺の確認状らしきものを手に、慌てて駆け寄ってくる。
俺はライフルの整備を中断すると、渡された確認状をめくる。
「なん……じゃこりゃ……!?」
確認状には、ひどく汚いなぐり書きで、こう書いてあった。
“適宜戦え、無敵の鉄砲隊の力で、マツーガの首を持って来い”
どう見ても、オーダの字ではない。
何度かオーダの書状に目を通す機会があったが、奴はもっと達筆だ。
走り書きにしても、もっと丁寧で読める字を書く。
ましてや戦略を練っているのだ、こんな乱雑な作戦……いや作戦とも呼べるか怪しい指示などよこす訳が無い。
「……フジーラ様、いかが致しますか?」
側近も同じような事を考えたのだろう。
こめかみに血管が浮き出ている。
「……仕方ない。
状況は不明、同士討ちの危険さえある。
オーダ軍を示す青のコートを纏え、それと軍旗も掲げろ。
密集陣形で1つずつ丘を攻略してくしか無いだろ。」
側近は少しだけ嫌な顔をする。
腹芸の下手な奴だ、と内心思うが、それを言っても始まらない。
オーダ軍支給のコートは、防刃・抗弾性能があるのだが、逆に言えばそれのせいで基本重いし動きにくい。
普段から背負っているのだが、寒冷地でもなければいざ戦いの際に大抵はその場に落とし、終わった後で回収する様なシロモノだ。
敵味方の識別も、普段は肩に青い布を縛って味方とわかるようにしているし、その程度でもよっぽど入り乱れた乱戦でもなければ普通に解る。
ただ、今回は既に入り乱れて戦っているところに駆けつけるのだ。
遠目に見て敵と誤認されて攻撃されてはたまったものではない。
それを防ぐには、普段の装備よりももう少し目立つ必要がある。
必要以上に重たい装備を身に着け、山を登って敵と戦うなど正気ではないが、こんな作戦指示ではそうならざるを得ない。
側近も観念したのか、十人将を集めてこれからの方針を支持する。
夜明け前には、真っ青なコートに身を包み、ボルトアクションライフルで身を固めた我等が精鋭達の出来上がりだ。
「各員、前進するぞ。
目標、キャッスル・シギサーン!!
敵総大将、ヒサヒデ・マツーガだ!!」
部隊は俺を中心として、狭い間隔で行進を開始する。
とりあえず、このなぐり書きを書いた奴は後でシメる、そう考えながら。
城の一部、と言っても、キャッスル・シギサーンは元々山を切り崩して山全体を要塞化した城だ。
山頂に天守閣があり、麓もブロック化されていてどこを攻撃されてもブロック単位で切り離して立て直しができる、非常に優秀な、裏を返せば難攻不落に近い城となっていた。
この城があるからこそ、マツーガがオーダに対して不遜な行動を取り続けていたという面もあるだろう。
「フジーラ様、各員配置につきました。」
「よし、工兵が壁を爆破したら、1から4までの小隊で一斉射しろ。
その後、8〜10小隊を残して残りは一斉突撃だ。」
声を潜めて指示を飛ばす俺に、側近も各小隊の十人将も頷く。
やれやれ、信頼できる部隊なのが、この状況では唯一の救いだな。
俺のため息と同時に、合図を受けた工兵が壁を爆破させる。
「今だ!射ぇ!!」
叫び声とともに、大きく空いた壁の穴めがけて一斉に射撃が行われる。
敵は完全に浮足立ってくれたようだ。
次々と悲鳴や、何かが倒れる音がする。
「突撃ィィィ!!」
次の号令を叫びながら、俺もライフルを構えて壁に空いた穴に駆け出していた。




