64:真相
土煙の中でも、キンデリックの位置は覚えている。
左肩に刺さった1本を抜き取ると、その位置へ投げる。
くぐもった悲鳴が聞こえ、手応えを感じた。
土煙が晴れると、スピアナイフが左足に突き刺さり、蹲ったキンデリックが見えた。
「へ、へへ、オヤジ、油断したな……。」
「テメェ、生きていやがったのか……!?」
スピアナイフが着弾する瞬間まで、覚えた技術にある受けを全て使った。
外受けからの内受け、払い受けに足での受け流し。
全て使って打ち払っても、それでも幾つかは体に刺さっていた。
(右肩に1本、左腕全体に3本、腹に1本と両足に2本ずつか……。)
これで限界だった。
激痛を堪えながら後ろを振り向くと、殆どが全身鎧を着て大盾を装備したアルフレッドが、しっかりと受けていたようだ。
ジョン王子達も腕や足に1~2本刺さっているが、概ね命に別状はない。
その奥のリリィ達を見たときに、視線が止まる。
リリィの前に立ったサラ嬢の胸の中心に、黒い棒が突き立っていた。
「コフッ……。」
口から血を吐きながら、サラ嬢が崩れ落ちる。
「あぁっ!?そんな!?サラ様、どうして!?」
リリィが崩れ落ち、倒れるサラ嬢を受け止める。
サラ嬢はリリィを見て少し微笑むと、そのまま目を閉じた。
左腕がハタリと地に落ちる。
人間は頑丈だ、だが、同じくらい人間は脆い。
「嫌!嫌!サラ様!目を開けて!!」
「リリィ!回復魔法を使え!!」
パニックになっているリリィに怒鳴りつけ、落ち着かせる。
まだ出来ることがあるのだ、何故ソレを使わない。
「リリィの父上、回復魔法では蘇生までは出来ないのです。」
ジョン王子が何か言っているが、それはこの世界での常識だ。
世界を渡ってきたからこそ、解ることもある。
先程のコープスレギオンで、確信していた。
アタル君の世界で、あの何とか言う村娘さんが言っていた。
“死であっても、直後であれば”と。
ならば、この“根幹が複製されている世界”であるならば、この世界の道理を覆す事が出来るはずだ。
痛みを隠し、リリィに近付く。
できるだけ穏やかな表情を作り、その頭に手を置き、ポンポンと軽く叩いてやる。
「俺はリリィを信じてる。
だからお前も、自分を信じなさい。」
俺を見るリリィの目の中に、不思議な光が宿る。
まるで、消えていた光が“消えていたことを思い出した”かのように灯る。
表情が少しだけ変わった。
「そう、そうよ。
今度こそ死なせない。
絶対に、絶対に助けるんだ!
……西!いつまで寝てるの!早く起きて!!」
回復魔法の光がサラ嬢の全身を包み、淡く輝く。
胸のスピアナイフが自然と抜け、逆再生のように傷口が埋まっていく。
驚きと共に、何故だか納得する気持ちもあった。
リリィは“もう一人の転生者”だったのだ。
世界に、転生者は一人と思い込んでいた。
これは想定していなかった。
もしかしたら、ここはリリィの世界だったのか。
……だが、ならば恐らく大丈夫だろう。
俺はキンデリックに振り返る。
フラフラになりながらも、懐から名刺入れサイズの金属板を取り出す。
「フフ、なんだ、そのまま感動的なシーンを演じて、俺のことも見逃してくれても良かったんだぜ?」
キンデリックは左足のスピアナイフを抜き取り、応急手当をしていた。
もう少し時間があれば、逃げ出していただろう。
だからこそ、今この瞬間にお前に振り返ったんだよコンチクショウ。
「俺の本心としては見逃してもいいんだがな。
……オヤジ、若い衆を皆殺しにした落とし前、それだけは付けさせて貰うぜ。」
キンデリックは両手を広げ、肩をすくめる。
「街のゴロつきを一網打尽にしただけじゃねぇか?
褒められこそすれ、ケチ付けられるようないわれは無いぜ?」
金属板を握りしめる。
キンデリックが俺をセーダイと認識した。
つまり、世界の理に無い力を使ったことで、少しだけ世界の異物に戻っているはずだ。
「オヤジ、いつから庶民の味方になったんだ?
だがな、そんな理屈は関係ねぇだろう?
俺達は無敗のキンデリック組、落とし前はキッチリ付けねぇとな。」
金属板を腰に合わせ、大きく息を吸い込む。
「いつまで寝てやがる!!さっさと起きろ!!マキィーナァ!!」
<SYSTEM REBOOT MACHINE AWAKENING>
全身を赤い光が駆け巡り、光と光の間をつなぐように銀の光が覆う。
光がおさまると、全身を黒のボディスーツと黒の手甲足甲、そして髑髏の意匠のフルフェイスヘルメットに包まれている。
『やれやれ、やっと起きたか、寝ぼすけさんめ。』
全身に刺さっていたスピアナイフが抜け落ち、回復が始まる。
視界の左下には、赤い数字で002.85と表示されている。
いきなりエネルギーが足りないとはね、泣けてくるぜ。
<この世界の魔法を解析しておきました。そちらから補充は可能です。>
そりゃあ結構だ。
俺はキンデリックから視線を逸らさず、ジョン王子達に話しかける。
『合図したら、俺に向けて一番威力のある魔法を撃ってほしい。』
「事ここに至り、何故とは問いません。御武運を。」
「まっかせてよお父さん!最大級でぶち込むぜ?」
「ハミルトン、またお前はそうやって。……まぁいい、全力で行くぞ。」
「リリィの御父上に、我等の力をお目にかけましょうぞ。」
四人が攻撃魔法の準備に入る。
理解が早く、気持ちの良い若者達だ。
彼等に小さく頷き、キンデリックに向き直る。
足は左を前に、右を後ろにし、やや腰を落とす。
左手を開き、手の平を下に向けて腰の位置に。
右手も開き、手の平をやや外側かつ下に向けて左の二の腕、その中心辺りに。
“はて、この構えは何構えだったか、もう忘れちまったな。”
その思考を最後に、心を空にする。
「……コイツは驚いたな。
お前のその気配、死んだ俺の師匠にソックリだ。」
キンデリックが腰の短剣に右手をかけながら、一瞬だけ懐かしいモノを見た目をした。
だが、すぐさまその感情も目から消える。
氷のような沈黙が、辺りを覆う。
『シッ』
息を短く吐き、ステップで間合いを詰める。
マキーナが補助として地面を強化してくれていたからか、1ステップでキンデリックの懐まで飛び込む。
「ヌンッ!」
キンデリックが飛び込む瞬間、ステップの着地に合わせて短剣を投げつける。
投げられた短剣を、右手で半円を描くように受け流す。
受け流した俺の右手の死角から、キンデリックが左手で隠し持ったスピアナイフを刺突してくる。
心を無に、流れに逆らわず。
刺突してきた左手に向かい、右足を踏み込む。
左手の甲と甲を合わせ、軌道を逸らす。
こちらに流れる勢いに任せ、左手を反転させる。
勢いを殺さず下へ、自身の体と共にキンデリックの背中へと回す。
そのまま左手で上に締め上げつつ、右手でキンデリックの首を掴む。
人差し指と親指で、首の動脈を特殊な押さえ方をする。
取り押さえるための縛法が完成する。
『今!』
四人から一斉に攻撃魔法が放たれる。
「なぁめるなぁ!!」
左肩からゴキゴキと折れる音を響かせながら、キンデリックが勢いよく下にしゃがみ、俺の手から逃れて斜め前に転がる。
四人から放たれた魔法は俺に当たり、そしてキンデリックの想像通りとは行かず、音もなく吸収される。
<OVERDOSE>
視界の左下を見れば、888.88とバグって表示されている。
ある意味この世界の最高の高威力魔法4連発だ。
エネルギーとしては申し分ないだろう。
余ったエネルギーが駆け巡るように、全身からバチバチと放電しているのを感じる。
ふと見れば、キンデリックが呆然とこちらを見上げていた。
『オヤジ、そろそろこの宴、終いにしようや。』
呟くように、俺はそう告げた。




