647:乱世の時代
「……次はどこに転戦だと?」
「は、はい、フジーラ鉄砲隊は部隊再編後、ヤマトに向けて移動せよとの事です!!」
俺はため息とともにタバコを投げ捨てると、足で踏み消す。
今現在の俺は、オーダの同盟国であるノート国というところで、ロンガー家という貴族が治める城、キャッスルナナオ防衛線の一部に展開していた。
オーダ家とロンガー家の共通の敵対国であるハイシーダー家が勢力を拡大しており、ロンガー家のキャッスルナナオが一番近い主要拠点だったからだ。
ただ、ここでは何だか妙な事も起こっていた。
同じくオーダから派遣された、俺と同じ名前を持つ男、ヒデヨシ・ハシーバという百人将が同じく派遣されていたシバータ家と諍いを起こし、あろう事か軍の一部を徴収すると別戦域に転戦してしまったのだ。
抜けた穴を埋めるべく、俺の鉄砲隊も薄く広く展開せざるを得なくなり、正直足並みが全く揃えられなくなっていた。
オーダは、用兵に関しては確かに天才的かもしれない。
本来は、鉄砲隊は集中して配置し、圧倒的な火力によって突破力、或いは防衛力を創り出していた。
だからこそ鉄砲隊が存在する戦場は連戦連勝に近い状態になっていたが、それがかえって妙な神話を生み出す。
ただの兵士、もしくは運用にあかるく無い将校からすれば、“オーダの無敵の鉄砲隊”という、はた迷惑な通り名がつけられてしまっていた。
そのため、“鉄砲隊がいれば勝てる”という妙な信仰心がうまれ、本来必要な運用方法からかけ離れた用兵を強要される事態に陥っていた。
ここは、その典型例のような戦場だ。
ハシーバとかいう野郎、どこかの会議で出会ったら絶対に一発ぶん殴ってやる。
「……んで、このノートの戦線からヤマトまで、どれくらいの距離があるんだ?」
「は、はっ!!
恐れながら申し上げますと、伝令兵の足でおおよそ3日から4日、恐らく百人隊規模であれば7日から10日あれば移動できるかと!!」
結構あるな、とぼんやり思う。
多分距離にしたら2……いや300キロ位はありそうな道程だな。
とはいえ、この戦場よりはまだマシか。
多分ここは長くは保たねぇ。
「よし、全部隊に連絡、今日中にここに集結させろ。
ヤマトに向けて本日中に出発するぞ。
……脱走しそうな奴は出て来てるか?」
俺の言葉に、側控えの副官が何かの書類をペラペラとめくりながらそれに目を落とす。
「はっ、第6、第7の小隊に数名、不穏な動きをしている兵士がいるようです。
いかがなされますか?」
俺は心でため息をつきながら、精いっぱい凶悪な笑顔を作る。
「あぁ?いつも言ってるだろうが?
“敵に向かって立ち向かい、華々しく死ね、出来なければ今この場で死ね”だ。
そいつ等に好きな方を選ばせろ。」
俺の言葉を聞いて、副官も満足のいく答えだったのか同じようにニヤリと笑うと、俺のいるこの陣幕から出ていき、その指示を伝えに向かっていく。
あれから、キャッスルナガシノの防衛戦から、休む事なくずっと戦い続けていた。
オーダに敵が多いのか、或いは誰も彼もが命を種銭に一山当てようと博打を打つのが好きなのか、ともかく戦いの火種は消えない。
それは何も貴族階級の人間達や、兵士に志願するような人間だけに限らない。
例えばこの世界にもいくつかの宗教のようなモノが存在するが、そこの信徒までが争いを起こすのだ。
彼等曰く、“一心不乱に神に祈り、救世救民を唱えて貴族を打ち倒す”等という教えを説くイッコーという宗派は、特に過激だろう。
オーダの統治する地域にはその教えが割と根付いており、事あるごとに争いが起きている。
そういえば以前に俺が殺されかけた時に俺を庇おうとしてこっぴどくオーダに叱られていたノブモリという将軍、彼が戦い続けているテンプル・ホンガンこそがこのイッコーという宗派の拠点らしい。
もはや下手な城などよりよっぽど武装されているらしく、本人の待ちの戦術と相まって、攻略は難航しているそうだ。
その他にも、船に鉄砲隊を乗せて海上戦を挑んだら、船自体が木造のこともあり相手の火矢にボロ負けしたモーリ家との海上戦や、サイガーという国に侵攻して意外な猛攻にあい、同じく退却してきたキャッスルサイガー侵攻作戦など、とにかく戦い続けていた。
俺のいる戦域での負けはあまりないが、戦局全体で見れば負け戦も多く、何となく俺の中ではオーダという人物は誰彼構わず喧嘩を売り、割と負けが込んでいるイメージでもある。
ただ、その辺は彼の政治センスと相まっているのだろう。
戦線自体では負けても同じ事を繰り返したくない、もしくは手痛い被害を受けた相手国がオーダの傘下に入る事を受け入れるように仕向けるなどしているため、はたから見れば次々に他国を吸収合併して拡大しているように見えていた。
「やれやれ、あんまりこの世界に染まりたくはねぇなぁ。」
先程の、副官に言った言葉を思い出していた。
そういう立場になった以上、自分の本心とは違う言葉を吐かなければならない時もある。
脱走は兵全体の士気に関わる。
それを見逃すわけにはいかない。
遠くから、数発の銃声が聞こえた。
「……この世界の転生者、どこにいやがるんだ。」
転生者が俺って強いだろう?とその不正能力を振りかざし、好き放題している世界は単純でいい。
言ってみれば探すべき転生者が、自ら大声で宣伝して回ってくれているようなものなのだから。
それよりもこういう、“歴史の闇の中に紛れて暗躍する”系の転生者は本当に面倒だ。
俺もその世界の流れの中に身を任せ、ある程度目星を持って転生者を見つけ出さなければならない。
この手の奴は、こちらに確証がないとしらを切ることもありえる。
いくつかの異世界ではそれで追い詰めきれず、かえって遠回りをさせられた事もあった。
今回の世界、言ってみれば元の世界の戦国時代、多分織田信長とかその辺の人物が生きていた時代が下敷きになっているのだろう。
歴史の授業は苦手だった。
だから、これが実際の歴史と同じような流れを通っているのか、それすらわからない。
今はもう少し、この世界の流れに身を置かないと解らないだろうな。
そんな事を考えながら、俺はつかれた顔をしている部下たちの前に立つ。
まだまだ、争いは収まらない。




