646:死生観
「フジーラ!フジーラはおるかぁ!!」
俺とキルッフの楽しい動画鑑賞時間は、突然の怒号によって中断される。
なんだよ、せっかく“お前の動画出してみろよ”とか、これから煽り文句を入れてもっと燃料投下しようとしてたのに。
「はっ!ここに!」
とはいえ仕方ない、すぐに立ち上がり、直立不動の姿勢を取ると返事をする。
俺を呼びに来たのは、軍服……元の世界の礼装服に近いのだが、何故かそれに追加で肩衣を着けているという、何ともキテレツな格好ではあるおっさんだ。
いや、キテレツと感じるのは俺の感性なだけで、この世界では立派な上級将校の正式な衣服だ。
ただ、あの肩アーマーみたいな尖がった肩の布がすごい気になるのも確かだ。
……あれも、遺失技術とかで凄い鎧だったりするのだろうか?
「おぉ、ここにいたか、久しいなフジーラ。
すまんが、御屋形様がすぐにお前を呼べと言っていてな、一緒に来てくれるか?」
「はっ!かしこまりました!
すぐにでも伺います!!」
お願いの形式をとってはいるが、実質的な呼び出しだ。
俺に拒否権はない。
俺はキルッフに“煽るのはまた今度な”と言い残すと、すぐに衣服を正して上級将校の後に続く。
確かにオーダ氏の近くで控えていたおっさん連中の一人だと思うんだが、微妙に名前が出てこない。
“誰だったっけなぁ?”と、頭を捻っているうち、気付けば天守閣まで辿り着いていた。
「……御屋形様は少々気が立っておられるようだ。
滅多な事でもなければ、反論はせぬ方が良いぞ。」
御簾の正面中央に座るように指示されたのでそこに向かう瞬間、すれ違いざまにおっさんが小声で耳打ちする。
何となく周りを見渡すと、おっさん連中は皆神妙な顔でやや青い顔をしている。
どうやら、俺が来るまでの間にも何かあったようだ。
「殿、フジーラ・ヒデヨシ、お連れいたしました。」
「てんめぇ、ふざけんじゃねーよ!!」
突然の怒号。
御簾に酒瓶がぶつかり、派手な音を立てながらすだれが千切れて落ち、オーダ氏と俺の目が合う。
オーダ氏はずいぶんと赤ら顔だ。
だいぶ酒が回っているらしい。
「てめぇ!ンだよあの動画はよぉ!!
何であんな地味な絵面なんだテメェ!!
もっと派手さをアピールしろよ!!
雅さが足んねぇだろぅがよぉ!!
そんなんだったらお前、腹ぁ斬れぇ!腹ぁ!!」
赤ら顔のまま、オーダ氏は俺に次々と罵声を浴びせる。
その姿は最早、将軍と部下というよりはビール片手にテレビの野球中継で野次る、仕事帰りのおっさんの姿そのものだ。
「と、殿!そのぅ、フジーラも任務がございましたし、ある意味で大規模な合戦も、此度が初でございます!!
何卒、何卒寛大な御心でですね、今回は不問という事に!!」
俺が驚いて何も言えないでいると、側に控えるおっさんが助け舟を出してくれた。
ありがとう、微妙に名前が思い出せないおじさん!!
「んでぁ、ノブモリ!!
テメェまでウダウダウダウダ言いやがって!!
テメェはいいからサッサとテンプル・ホンガン落として来いっつってんだろうが!!」
もうなんだろう、この空気を言葉にするなら“あーあーあー”というような雰囲気が周囲に漂っている。
ぐだを巻く酔っ払いを、大勢のおっさんが宥めているような状況だ。
先ほど俺をかばおうとして罵声を代わりに浴びたノブモリ氏なんかは、額に青筋を立てて懸命に怒りを堪えてい……あ、いや、あれはどちらかというと諦観のような表情だな。
「……あの、失礼ながら。」
何かを言ってやろうと言う気はない。
ただ、どうしても埋められない認識のズレ、それを俺は聞きたくなっていた。
「おぉ、何やコラ?
言いたい事があるなら言ってみろやゴラァ!!」
もうなんだろ、元の世界の暴力的な人達……いや、それよりも不良グループの頭みたいな喋り方だな、と俺は思いながら口を開く。
やれやれ、これが会社ならなんちゃらハラスメントで即訴える事が出来そうなくらいだ。
「ずっと気になっていたんですが、作戦遂行よりもその、“雅”を優先した方が良かった感じですかね?
その、キャッスル・ナガシノの状況とか、スネーモンさんの犠牲とか、ナガシノでの情報伝達とか、そのぅ、色々考えた結果作戦成功を優先しちゃったんですが、……マズかったッスかね?」
沈黙が流れる。
目の前のオーダ氏から、急速に怒りの感情が萎んでいくのが何となく感じ取れる。
「お前、そういうのはよ……。」
ダンッ、と足音を立て、オーダ氏が片膝をついて立ち上がりかける。
左手には刀を握っている。
なんだ?踏み込んで首でも斬ろうってのか?
「そう言うのを説明文に書けよお前ぇぇぇ!!
あれじゃお前の漢気と雅が伝わんねぇだろうがよぉぉぉ!!」
刀を確かに抜刀したが、それは俺に振るうのではなく、その剣先を持って俺を指し示すために使う。
「だよな!スネーモンのヤツ、マジあっぱれじゃね?
あぁいうイカス死に方してぇよなぁ!!
んで、それをお前が胸に秘めて泥臭くても役目を全うしたとか、マジ雅!!
しかも、その後のナガシノの連中からの“我等戦意高揚”とか、あの返信見たらマジでビンビンになったからなぁ!!
お前そういうのを書けよなぁ!!」
突然、オーダ氏は上機嫌になるとよくわからない剣舞を舞い出す。
もうね、俺も頭の中が“?”マークでいっぱいだわ。
「よしっ!フジーラ無罪!!
お前今日から百人将な!!
立派に励めよ!!」
「は、はぁ、あの、それで、雅とは……?」
オーダ氏は舞を止め、刀を鞘に戻すとニヤリと笑う。
「良いか?フジーラ。
俺達はよ、いつ死ぬかわからねぇんだ。
次の瞬間には敵対勢力の暗殺部隊が突然攻めてきて、突然理不尽に俺もお前もぶっ殺されてもおかしくねぇ。
人の一生なんざ、夢幻の如くなり、だ。
だったら格好良く死んだ方が、なんぼか良い夢って奴になるだろうがよ。」
その言葉に、ようやく理解が及ぶ。
俺は思い違いをしていた。
この世界の人間は、“明日も生き残る”という思想がない。
“いかにして死ぬか”という、終末思想に近い概念で動いているのだ。
俺は改めて、とんでもない世界に来た事を思い知らされていた。




