642:価値観
「先遣隊より伝令!!
キャッスルナガシノを包囲しているタケイダ軍はこちらに気づいた様子なし!!
こちらへの警戒度は小!今が好機!!」
夜明け間近の天幕に緊張が走る。
ここから前進すれば、3時間……いや2時間もあれば包囲しているタケイダ軍の背面に肉薄できる。
まだ気付かれていないのであれば、完全な奇襲となるだろう。
「よし、では当初予定通りの地点まで移動し、銃撃隊を展開。
一斉射撃により打撃を与えた後、フジーラ隊を中心に突撃をかけてキャッスルナガシノに補給物資を届ける。
異論ある者はいるか?」
誰もが口を閉じ、目のみで周囲を伺う。
その中でも、俺に向かう視線は多い。
俺が異論や不平を言わないか、ある意味でそれを期待しているのかも知れない。
「よし、では異議なければこの予定通りだ。
各員、30分後に前進を始める。
準備に取り掛かれ。」
皆、口を開くこともなく天幕から出ていく。
俺も同じように天幕を出ると、自分の部隊に戻る。
「なぁ、このカメラ位置ズレしてない?」
「お前、マジでフンドシ1丁で行くのかよ!」
「バッカ、ちゃんと兜被ってるじゃねぇか?」
「いやそれカメラ取り付けてぇだけじゃねぇか。」
「ハイ、こんにちはこんばんは!オレちゃんTVでーす!今回はここ、まだ場所は言えないんですが、オーダ軍の兵士として戦場に来てまーす!!」
いやもう、わからん。
お前等が俺はわからん。
昨日からこんな調子だ。
怯えた様子もなく、むしろ“ネタになる”と、皆していそいそと撮影準備を始める始末だ。
ついでに言うと、こいつ等それぞれ自分のチャンネル?番組?みたいなモノを持っているらしい。
聞けば、リアルタイムではなくても動画を投稿できるサイトがあるらしく、ガッセン粒子の影響を受けないためにこの世界の人間は大体利用している、遺失技術があるらしい。
それ様の小型端末はそれなりの値段がするらしいのだが、こういう動画が人気になったりすると“投げお布施”という金銭を視聴者から貰える事もあるらしく、馬鹿に出来ない収入源なのだという。
「一番槍とか、中々ない状況ッスからね!
フジーラ隊長も撮影しないんスか?
古いので良ければ俺の使わなくなった機材があるから、それあげますよ。」
部隊員から、“これと、これッス”と、事も無げに機材を渡される。
どちらもシンプルな機材で、1つはヘッドライトの様なバンド付きの四角いカメラのような物と、もう1つはその撮影した画像を編集したり、何なら他の人間の動画も見ることのできる端末だ。
そして、その端末にはオーダ家の紋章が入っている。
「いいのか?こういう機材って高いんじゃないのか?
……って、いやいや、その前にお前等、怖くないのか?
生きて帰れる奴がどれだけいるか解らない、危険な作戦なんだぞ?」
作戦前に指揮を下げるような事は言いたくないが、あまりにあまりなので、思わず聞いてしまう。
俺の言葉に一瞬部下達は行動が止まる。
しかしそれはどちらかといえば、動揺というよりは“何を言われたか理解が遅れている”というような雰囲気だ。
「え?でもぉ、どうせ死ぬんだったらパーっと派手に死んだ方が格好良く無いッスかぁ?」
「そうそう、バズったら名前メッチャ売れるし、その金で残った家族にも金入るし!」
「マジ名前も残せずに死ぬとかダッセーもんなぁ?」
「それに機材は城下町とかで売ってる安モンですし。
フジーラ隊長が受け取った奴なんて、規制確認長い奴ッスからね、今使ってるヤツはあんまりいないんじゃないですかね?」
こういう世界か、と、最初に思った。
死ぬ事が怖いのではなく、“何も残さずに死ぬのが怖い”のだ。
ここにいる若者達は、取り立てて戦闘狂と言う訳でもない。
先程の話でもチラチラ出ているが、普段は農村で畑を耕し、こういう大規模な戦があるときに駆り出されてくるような、一般的な若者達だ。
こういう時に名誉ある一攫千金を狙い、彼等の言う“バズり”を狙う。
これは後々に知った話だが、各貴族もこの動画を撮影して投稿すること自体は推奨しているらしい。
各貴族で専用端末が城下町で販売されており、自家の機密に関わる事は検閲するらしいが、それ以外は割と緩くなっているとの事だ。
“この貴族に仕えれば、自分も格好良いシーンが撮れて人気者になるかもしれない”という、期待を抱かせるためなのだそうだ。
“死んだら何にもならないだろう”という言葉は流石に飲み込む。
ある種、極限の末法思想とも言うべきか。
長く平凡な生に意味はなく、華々しく死んで名前を残す。
現世に何も期待していないからこその価値観、というべきか。
生にしがみつき、元の世界に何としてでも帰ろうとしている俺には理解出来ない……いや、理解はできるが共感は出来ないという方が正しいか、ともかく、相容れない価値観だった。
「……解った。
そうだな、確かにせっかくだから俺も付けておくか。
俺達の部隊が先頭を走るんだ。
その一番前の景色、撮影しておくのも悪くはないな。」
「え?そりゃ酷いッスよ!俺に前を走らせてくださいよ!!」
部下からの抗議の声を聞いて、俺はまた微妙に笑う。
やれやれ、本当にここはひでぇ世界だ。
だが、それならば利用させてもらおう。
こうして、オーダ軍は静かに進み、キャッスルナガシノの背面、そしてタケイダ軍の背面でもある地形に陣を組む。
にわかにタケイダ軍が慌ただしくなったところを見ると、どうやら気付き始めたらしい。
だが、もう手遅れだ。
「撃ぇ!!」
大号令と共に、俺達の銃身からのモーニングコールがタケイダ軍を襲った。
すいません!!
また書いて寝落ちしてました!!
今投稿します!!




