641:方針決定
「……しかし、何でオーダ軍の我々が、トクガー家の救援などせねばならんのですか。
そんなもん、トクガー家が自分で救援を出すのが筋では無いですか?」
部下の一人が、憂鬱な表情で空を見上げる。
日も陰り始めた夕暮れの中、俺達は強行軍としてキャッスルナガシノに徒歩で向かっていた。
「まぁそう言うな。
同じ敵に対峙している同盟軍の危機なのだから、一番近くにいる戦力が向かうのは当然だろう。
そんな事を言っていたら、今度は俺達が危機の時に近くにトクガー家の兵力があっても、助けて貰えなくなるぞ?」
俺の言葉に、部下達は大きなため息をつくと言葉も無くなり、そのまま黙々と歩きだす。
まぁ、気持ちはわからなくもない。
今しがた戦いを終えたばかりで、ろくろく休む事もなく次の戦場へ転戦だ。
そりゃ不満は感じても仕方ないか。
「よし、本日はここで野営とする!
各班でかたまり、野営の準備をせよ。
また、十人将以上は明日の予定に関して打ち合わせる。
すぐに集結せよ。」
百人将の号令が響き、それぞれが“ようやく休める”というため息と共に野営の準備を始める。
俺も自分の荷物を部下に渡すと、最低限の武装だけを持って百人将の天幕へ向かう。
「……という事で、明日は班毎に移動しナガシノへの道を切り開く。
救援を依頼しに来た者の話では、かなり物資が枯渇しているらしい。
我々が包囲しているタケイダ軍を、背面から銃撃による一斉攻撃を行う事で包囲の穴を開ける。
その後にナガシノ内部へ物資を届けつつ、後続として来るトクガー軍本体と共同歩調を取り、内外からタケイダ軍を挟撃する。」
聞きながら、“言うは易し行うは難し”の例題みたいな状況だなと感じていた。
キャッスルナガシノ内部のトクガー軍と包囲しているタケイダ軍は、それなりの小競り合いはあっても大規模衝突はまだ発生していない。
軍備としては万全の状態にあるタケイダ軍を、背面からとはいえ直接攻撃するのだ。
突破する事など、本当にできるのか?
そういう疑問が、集まっていた十人将達の中に渦巻いている。
「あの、百人将殿……、口火となる銃撃戦はわかるのですが、その後の戦の流れはどのようにお考えで……?」
百人将から語られた今回の作戦はこうだ。
キャッスルナガシノの周囲は堀で囲われており、出入りは正面入り口と裏の跳ね橋のみとなる。
正面は陸路が続くが防備が固い。
タケイダ軍も部隊を通すには正面入り口を制圧するしかなく、どちらもキャッスル正面に主力部隊においてにらみ合っている。
裏の跳ね橋は現在キャッスル側に橋が上がっており、堀の延長のようになっている。
その為、タケイダ軍もそこまでの大部隊を配置していない。
俺達はその、“裏口に配備されたタケイダ軍”を強襲し、跳ね橋周辺を確保、その後跳ね橋を降ろさせて内部に物資を送り込む、というのが作戦の概要だ。
そこまで大部隊は配置されていないとはいえ、それなりの数の兵は配置されている。
「また、最初に突撃する一番槍の栄誉は、先の戦いであの“赤備えの将”であるヤマーガを見事討ち取った、フジーラの部隊に任せようと思う。
頼んだぞ、フジーラ。」
百人将が笑顔で、そして他の十人将達は死んだ魚のような目で、全員が一斉に俺に向く。
その視線はわかり易い。
自分達の部隊、いや自分で無くて良かったという安堵、気の毒にと思う同情、そして仄暗い悪意、そういった感情がごちゃ混ぜになり、俺に向けられているのが良く解る。
「……謹んで、お受けいたします。」
俺のその言葉で、この会議は終わったようなものだった。
こうなった以上、もう拒否は出来ない。
ここで断れば臆病者のレッテルが貼られ、先程のヤマーガ討伐の功績もうやむやになるだろう。
俺の立場も微妙だ。
周囲から、特に百人将や千人将から見ると俺の存在は羨ましくて仕方がないらしい。
まぁそれもそうか。
それまで戦場で何か成果を上げたわけでもなく、長年忠誠を誓って働いている訳でもない。
ある日フラッとやってきて、ミツヒデ氏にちょっと力を見せたからとオーダから直々に名前を授かり、しかもいきなり十人将へと任命されたのだ。
いくら実力主義がオーダ家の特徴であるとはいえ、長年仕えていたり戦場での叩き上げで十人将になっているなら、俺の存在は相当に面白くないだろう。
それこそ、こうして過酷な戦場を押し付けられて“ついでに死なねぇかな”と狙われるくらいには、嫌われていて当然だ。
俺はまぁ納得がいく。
転移する前に得た力や、これまでの異世界でマキーナが得てきた力もある。
転生者をまだ見つけてもいないから、探しやすさと生活の安定を考えるならここを離れる必要性が薄い。
それにキルッフの事もある。
一緒に戦場に配置されるかと思ったが、オーダはその辺の約束を守ったらしい。
まぁ、キルッフの義体が想像以上にボロボロで修理には時間がかかるらしく、今回の戦場に間に合わなかった、と言うのもあるだろうが。
「はぁ、一番槍ッスか。」
ただ、部下まではそんな事をさせられないしどうするか、と悩みながら自分の班に戻る。
班に戻り、ちょうど食事の準備をしている所に間に合ったので飯を食いながら、明日の予定を話したところ、部下からの第一声はそれだった。
あぁ、悲嘆の声に繋がるんだろうな、“任せろ、俺だけで突撃する”と言おうとした時に、それが間違いであったと気付く。
「良いッスね、最高にイカしてんじゃねぇスか。」
「ハハ、ウケる、マジ花形じゃん。」
「やっべ、誰か動画撮影しといてくんねぇかな。」
全員が同じ反応だった。
その、ひょうひょうと受け入れてくれる事に感謝し、頭を下げようと思ったが、続く言葉でそれも止まる。
「そんな大舞台で死ねるとか、マジで傾いてるじゃん俺等!」
「ちょっ、どうやって死ぬ?ふんどし一丁とかで“防具無しで一番槍やってみた”とかやる?」
「そこまで来たらむしろ武器もなしで“手ぶらで戦場うろついてみた”とかじゃねぇの?」
「馬っ鹿、流石に手ぶらだと“コイツ何しに来た”って叩かれて炎上するだろうがよ!」
言葉に詰まる。
最近は異世界で縁を感じないように、極力名前を覚えないようにしていた。
名を覚えなければ、今回のような非情な作戦でも、眉一つ動かさなくなるからだ。
それでも先程までは、“久々に名前を覚えても良い、気持ちのいい奴等かもしれん”と思っていた。
今は、あまりに目の前の若者達の異次元な回答に、ただただ困惑するのみだった。
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