640:敵将との死闘
ヤマーガが槍の穂先をこちらに向け、ゆっくりと近付いてくる。
穂先は鈍い光を放ってはいるが、アレを振り下ろされれば俺の頭などスイカのように簡単に叩き割れるだろう。
「……テメェ、何で笑う?
気に食わねぇなぁ、その笑い顔はよ。」
「……ゴフッ、へ、へへへ、死にそうな奴に向かって、ツラが気に入らねぇたぁ、……ゴフッ、な、中々酷な事を言うな。」
歩みを止める気はないようだが、それでも不機嫌な顔なのは見える。
我ながらしまったとは思った。
もう少し殊勝な顔というか、命乞いの表情でもすればよかったか。
「バカ言え、テメェの目、“まだ死んじゃいねぇ”だろうが。
何狙ってやがる?
槍はひしゃげ、折れた肋骨は肺に突き刺さった筈だ。
もうお前に逆転の出目は……いや、或いはこの時間そのものがテメェの狙いか?
テメェまさか、再生持ちか!?」
見られてしまった。
吹き出す血が治まり、先程の蹴りを防ごうとしてひしゃげた左腕が無理やり形を変えていく。
それを見たヤマーガは、すぐさまそれが何なのかを思いついたようだ。
俺のこれは治癒や再生ではない。
全部マキーナがやっている事だ。
しかし、言葉から察するに義体化した奴の中には、こういう再生能力持ちもいる、という事だろう。
だが、良いように勘違いしてくれたものだ。
ヤマーガは先程までの慎重さとは違い、一気に間合いを詰めてくる。
そして槍の穂先が十分に俺の頭に届く距離になったその時、大きく振りかぶると、右足を一步踏み込み、大地を揺らす。
「……スマンなぁ、実はそれを待っていたんだ。」
俺は隠すように持っていた右手の中のライフル弾を、親指で弾き飛ばす。
先端は人体に突き刺す事を目的にしているからか、よく尖っている。
まるで撃針のように、よく尖った先端だ。
それは真っ直ぐ飛んでいき、ヤマーガの脛、先程俺が右拳の間に隠したライフル弾に突き刺さる。
オーダ軍が今回の件戦いで使っているライフルも、基本的には元の世界のライフルと構造は一緒だ。
銃というのは、トリガーを引く事で撃針が弾の底にある雷管を叩き発火、弾丸内部の火薬を引火させて弾頭を飛ばす。
こちらの世界では、その雷管に当たる部分が魔法陣であり、弾丸内部の火薬は魔力が練り込まれた火薬という違いがあるだけだ。
要は、魔法による着火、魔法による爆発、魔法による物質の放出、とする事で、ガッセン粒子を誤魔化しているのだろう。
撃針は太い針みたいなモノだ。
このライフル弾の先端でも、然るべき速度が出せるなら余裕でそ同じ事は発生する。
俺が弾いたライフル弾は、ヤマーガの脛当てに刺さったままの弾丸を叩いて着火。
ただ、薬室の中にあるわけでもない弾丸は、自身の内部で発生した爆発に耐える構造はしていない。
小さな爆発が起こり、脛当てとその周りの筋肉や骨を破片でズタズタにしていく。
更には弾頭の方も少しは推進力が生まれたらしい。
その爆発に合わせて、ふくらはぎの側から飛び出していた。
槍を振り下ろすために体重を乗せていた右足が脛の中心から爆発した事で、ヤマーガは自身の体勢を保てなくなり揺らぐ。
「オッ!何がっ!?」
一瞬の出来事に焦りながらも、俺の首を叩き割らんとその朱色の大槍を振り下ろす。
「最後まで良い判断だ。
だが、ちっと遅かったな。」
例え曲がった槍であろうとも、その穂先には殺傷能力が残っている。
俺は膝立ちから滑るように前に踏み込むと、ヤマーガの大槍の下をくぐり、鋭く突き出す。
声を発しはしなかった。
ただ、自身の喉元奥深くに突き刺さった槍と、俺の顔を見て、ニヤリと笑う。
悲鳴もうめき声も発する事なく、マサカゲ・ヤマーガという男はドウという音と共に、地に倒れ伏していた。
フラフラになりながらも立ち上がると、周囲を見渡す。
戦場にはあるまじき光景なのかもしれないが、誰一人動かず、そして物音一つせずにシンと静まり返っていた。
皆、この戦いに目を奪われていたのだ。
だから、これを終わらせなければならない。
俺は曲がり、穂先が血塗れになった槍を掲げながら、息を吸い込む。
「敵将!マサカゲ・ヤマーガ!!
討ち取ったりぃ!!」
俺の雄叫びを聞いて、全ての人間が我に返る。
今、自分がどちらの陣営で、ここで何をしていたのか、を。
周囲でも慌ただしく空気が動き、悲鳴と怒号が飛び交い始める。
「隊長!お見事でした!!
すぐにこの者の首を刎ねて、この場から一旦離れて体制を整えましょう!!」
部下が数人、ガシャガシャと鎧の音を響かせながら俺のもとに駆け寄る。
ありがたい事に、俺のライフルまで拾ってきてくれた。
「さぁせるかぁ!!
者共、行くぞぉ!!」
ホッとしたのもつかの間、青い服の上から赤い鎧を着た集団が、俺達に向けて駆け寄ってくる。
「くっ!応戦!応戦!!」
部下達は即座に近接戦闘に移っていたが、流石に人数差がある。
俺も先程の戦闘のダメージから回復しきれていない。
そうこうしている内に赤鎧の集団はヤマーガの首を落とすと、それを回収して撤退を始める。
「クソッ!卑怯だぞ!!」
「うるさい!ヤマーガ様の首は渡さん!!」
赤鎧の集団は俺達との戦いで数人の脱落者をだしながらも、ヤマーガの首を見事に持ち去っていった。
しかも、彼等が逃走する先にあるのは深い森。
正直な所、あまり深追いして入っては行きたくない所だと感じていた。
「フジーラ、フジーラ隊はおるか!?」
俺が追撃を考えあぐねていると、どこからか声がかかる。
俺達の上、言わば中隊の長に当たる人物が馬で駆け寄ってくる。
「おぉ、フジーラ、先ほどチラと聞こえたが、敵将ヤマーガを討ち取ったのか?」
俺は首は奪われた事を話すと、“まぁ、今はそれはいい”と、妙にアッサリとした返事が返ってきた。
「そんな事よりも、急ぎの命令だ。
ここから少し先にある“キャッスル・ナガシノ”が敵軍に包囲されており、救援を待っているのだと言う話だ。
現在一番近くにいる戦力が我々のため、我々は追撃戦を中断、これよりキャッスルナガシノ救援作戦を実行する!!」
聞けば、一人の兵士が包囲の目をかい潜りこちらの陣地まで助けを求めて来たのだという。
こちらが救援の約束をすると、その兵士は休みも取らずにまた走って戻っていったという。
「それは、……切羽詰まってる、って所ですかね。」
「そうだ、籠城とは士気が崩れればイッキに崩壊する。
なれば、これは時間との戦いだ。」
表情が引き締まる。
俺達は周囲に声を掛け合い、再集結を始めるのだった。




