639:一騎打ち
槍の穂先を相手に向けたまま、間合いを探る。
ヤマーガとやらの槍は特注なのか、柄の部分が俺の、先程奪い取ったタケイダ軍の標準装備らしい槍の柄とは3〜4倍は太さが違う。
穂の部分も合わせて肉厚になっており、どう見ても突く以外に“叩き殺す”という項目が増えている。
それをうまく扱えるようにするためか、右腕も義体化している。
だが、正直体格や左腕を見るに、義体化など不要そうなくらいには軽々と扱っている。
これで騎馬にでも乗られていたらアウトだった。
馬上からあんな槍を振り回されたら、ほぼ勝ち目はない。
ただ、先程までの銃撃で馬がやられたのか、目の前のヤマーガは自分の足で大地に立っている。
だから、逃げ遅れてここに居るのかもしれないが。
(しかし厄介だな。
たが、槍の間合いだからか少し遠い。
もう少し後ろに飛び退れば、変身の時間くらいはありそうだな。
変身して加速モードで一気にケリをつける、……あまり他人に変身後の姿は見られたくないが、ここは使うところかもしれん。
……行くぞ、マキーナ。)
<不可能です。
この粒子……ガッセン粒子でしたか、それらが邪魔をして通常モードに移行出来ません。
現状のアンダーウェアモードでも不安定です。
唯一は、勢大の体内であれば通常通り機能する事です。
肉体的な損傷の修復、一般的な毒物の無効化等は出来ますが、それ以外の行動……例えば武器の生成などには、大きく制限が入ると思ってください。>
後ろに飛ぼうとして一瞬腰を落としかけ、慌てて止める。
なんつう状況だ。
ガッセン粒子が薄いところならいざ知らず、濃いところは俺まで制限を食らっちまうって訳だ。
(何だよ、裏技無しかよ。)
それなら仕方ない。
諦めて、穂先に神経を集中する。
槍とは穂に刃が付いているが、その実刃物と言う訳ではない。
俺はどちらかと言えば、槍術は棒術の延長と考えている。
もちろん、元の世界には、十文字槍という、文字通り十字に刃が伸びた槍も存在する。
その槍の使い手は、槍として突き、薙刀の様に薙ぎ、更には鎌のように引き裂いたと言う。
つまり、一度振るえば相手に何かしらの切り傷を負わせる事が出来たらしい。
そう言う面もあるから普通の棒術と全く同じ、と、考えるのは危険だが、それでも今俺達が向け合っている槍はいわゆる一般的な真っ直ぐの穂がついた槍だ。
突きを外せば後柄の部分を上手く操作して、叩き殺さねば。
そう、考えていた。
「オイオイオイ、どうしたどうしたよ?
さっさとかかってこいや!!
睨み合いとか退屈な事してんじゃねぇぞ!!」
煽りに乗ったように見せて、俺は間合いを詰めるために前へと足を踏み出す。
瞬間、背筋をぞわりとした殺気が通り抜ける。
気迫だけを前に押し出し、体は即座に後ろへと引く。
次の瞬間には、目の前に先端が銀色の赤い半円が見える。
銀色の部分が下がるつま先にかすり、火花をあげる。
一応、俺も変身した後と同じような部位を守る鎧は借り受けていた。
その為、つま先まで防御出来る足甲をつけていたのだが。
「……かすっただけで、つま先の金属が吹き飛びやがったぜ、化け物め。」
靴の先から足の指が見えているから、幸いダメージは防具だけで済んだようだ。
どうする?どう覆す?
必死に頭を回転させ、それとなくポケットの中を漁る。
指先にクリップ留めの銃弾が触れ、先程のライフルを手放さなければよかったと後悔する。
俺なら、アイツを出し抜いてリロード出来たのではないか。
というかだ、こうしてクリップ留めされているという事は、オーダが海外から入手したという単発式のボルトアクションライフルは既に型遅れの可能性が高い。
海外では、既にクリップからの複数発装填が出来るライフルがあるのではないか?
何なら、自動化も成立しかけているのではないか?
そんな考えが浮かんでは消える。
しかし、現実逃避だと考え直してすぐに目の前に集中する。
(……とはいえ、一か八か、か)
俺はポケットの中でクリップから弾丸をバラし、数発を握る。
「ふぅぅぅぅ……。」
息を大きく吐き出し、足場を固める。
俺の動きを察し、ヤマーガも腰を落とす。
「しゅっ!」
最後に短く息を吐き出すと、一気に距離を詰める。
ヤマーガの朱塗りの槍がキラリと光り、また赤い線が見える。
(ここっ!!)
握った弾丸を、距離を詰めながら最小限の動作で放る。
それを見たヤマーガは投擲ナイフか何かの類と思ってくれたらしく、槍を僅かに上げるとそれ等を弾く。
その一瞬でいい。
それさえあれば届く。
槍とは棒術の延長だ。
ただし、それが“最初の一撃で突き殺されなければ”の話だ。
俺が学生時代に学んでいた武術の中にも棒術はあった。
だが、実際に槍を振るうと、それがスポーツの延長であったと気付かされる。
この一撃を外せば命はない。
学んだ棒術を振るう機会など、初めからない。
その覚悟で、槍とは振るわなければならなかったのだ。
ヤマーガの喉元へと光る槍の穂先は、しかし彼の左手甲で阻まれる。
「おぉ!お前ぇ中々イカしてるじゃねぇか!!
その命の捨て方はちっとイカしてたぜ!!
だが、残念賞だ!!」
ヤマーガはその巨体に見合わず、槍の石突を軸にクルリと体を回転すると、見事な回し蹴りを放つ。
俺はすぐに槍を引き戻し、柄、左腕、そして右拳を打ち込んで回し蹴りを受けるが、大木で薙ぎ払われたかのような衝撃と共に吹き飛ばされ、地面を転がり泥に塗れる。
飛びかける意識の中で、“こういう時、物語の主人公なら偶然さっき手放したライフルの近くに倒れていて、すぐにそれを拾って逆転の一撃を撃てるんだろうな”と、甘い幻想じみた妄想を考えていた。
もちろん、現実はそんなに甘くない。
俺が手放したライフルは、俺が吹き飛んだ方向とは真反対。
ヤマーガの後ろ側に落ちている。
アレを拾いに行くには、ヤマーガを通り抜けなければならない。
そんな事をすればその瞬間に、音もなく首をはねられるだろう。
「おぉ、……あぁ……グッ……。」
まともに言葉が出せないくらいの激痛の中、何とか膝立ちで起き上がり、ヤマーガに向き直る。
ヤマーガは朱塗りの槍を軽々と回転させる。
それがまるで、先端が銀色の、真っ赤な花のように見えた。
「お前、中々頑張ったじゃねぇか。
ちゃんと起き上がった褒美として、綺麗に首を刎ねてやろう。
えぇと、確かフジーラだったか?
しっかり名前を覚えてやったからな?
このヤマーガに名を覚えられたと、しっかり地獄の閻魔に報告するがよい。」
それを聞いた俺は痛みも忘れ、血と一緒に口元から笑いが溢れているのを感じていた。




