63:決着
左手に持ったトンファーで、短剣を持った手を狙い鋭く振り抜く。
読まれていたらしく、アッサリと短剣で打ち払われる。
お返しとばかりに、俺の二の腕を裂こうと鞭のように短剣が迫るが、これも解っていたからトンファーをクルリと回し、火花を散らしながら受け流す。
お互い様子見の打ち合いが続き、気付けばトンファーは巻かれていた革が無くなっており、中の鉄芯がむき出しになっている。
そしてその鉄芯すらも、凹みや削れでガタガタになっていた。
少しは体力を削れたかとキンデリックを見ても、息すら上がっている様子を見せない。
この野郎、お前みたいな体型で素早く長く動くんじゃねぇ。
……俺の方が先にへばるだろうが。
「お前のその体術、昔からよく見てたが、本質はカウンターだよなぁ?」
キンデリックがジリジリと間合いを詰めながら、短剣の先をユラユラと揺らす。
攻撃のタイミングを測らせない動きだ。
「古い付き合いだしなぁ、まぁそりゃアンタは知ってるよな。」
左前中段に構えたまま、俺は気付かれない程度に重心を後ろに置く。
「打ち合って、改めて解ったぜ。
お前は先手を取らせても、その動きは精彩に欠ける。
ならば、俺が攻撃しない限りお前は先に手を出さざるを得ないし、その動きは単調で読める、って事だ。」
なるほど、そう来たか。
こちらの先出しをカウンターしようという考えか。
上等だ。
俺は中段構えのまま、トンファーを捨てて拳を握る。
「オイオイ、獲物を捨てて降参か?」
足を滑らすようにしてジワジワと間合いを詰めるキンデリックが、咎める様にそう呟く。
「んな訳ねぇだろ。
オヤジのその考えがドコまで通じるか、テストしてやろうと思ってな。」
短剣の先が、ピタリと俺の喉元の位置で止まる。
予告してくれるとは、割と怒ってくれたようだな。
キンデリックの剣の制空圏に入ったことを感じる。
殺意が濃縮された空間であることを、肌で感じている。
だがもうちょっとだけ遠い。
後半歩、いや後数センチ。
気付けば、お互い歯をむき出して嗤っていた。
事ここにおいては王子だ公爵令嬢だは関係ない。
ただ血に飢えた狼が対峙しているだけだ。
ほんの少しだけ、バーンなナックルのイメージがよぎる。
その瞬間、キンデリックの頭が俺の制空圏に入る!
(今!)
重心を前に移しながら踏み込み、左手を開き水滴を払うようにふるい、目を狙う。
俺の知る最速最短。
(……打つ!……下がる!……)
指先が辛うじてキンデリックの目に当たる。
即座に拳を引き、ステップで半歩下がると、目の前をキンデリックの短剣が空を切る。
(……ここ!……獲る!……)
キンデリックが剣を振り切る前に、もう一度ステップで前に進む。
後ろに下がる力を無理矢理前に押し出す、大地を蹴る力。
その力を腰に、骨と筋肉を伝って右拳へ。
がら空きになったキンデリックの右脇腹に、全力の右中段突きが刺さり、その巨体を思い切り吹き飛ばす。
吹き飛んだキンデリックが民家の壁を突き破り、土煙が舞う。
高速回転していた思考も落ち着く。
良い手応えはあった。
だが、アレで倒せたとは到底思えない。
気を抜かず残心していると、案の定、土煙の中から細長い鉄の棒が投げつけられた。
掴んで見てみれば、まるで忍者が使うような棒手裏剣の様な形状をしていた。
「なっ……、サラの聖魔法でも防げなかったのに……。」
後ろで王子が絶句している。
あ、これ何か凄い武器なのか?しかし、改めて見ても“ただ先端を尖らせた棒”にしか見えないんだけどなぁ?
「グフッ、……フッフッフ、おいセーダイ、お前先手は苦手なんじゃねぇのかよ?ずっと俺を騙してたのか?」
覆面が外れ、額と口元から血を流したキンデリックが民家の残骸から出てくる。
「いや、アンタの想像通りだよ、キンデリック。
俺の武術は“護身”が主体でね。
実際、先打ちはあんまり考えられてねぇんだわ。」
棒手裏剣をそこらに投げ捨てながら、また左前中段に構える。
「さっきは見事な先打ちじゃねぇか。
早すぎて反応が遅れたぜ。」
キンデリックが短剣を腰にしまう。
この遠間で、その剣以外で何か仕掛けてくる気か?
「先打ちじゃねぇよ。
アンタ、攻撃してきたじゃないか。」
注意深く観察しながらそう答える。
「ほう?俺がどんな攻撃をした?
自分が何か攻撃をしたと、俺は感じてなかったがな?」
「……アンタ、“俺の間合いに踏み込む”っていう、攻撃をしてきたじゃないか。」
戦いの場においての護身とは、まさしく“身を護る”事に他ならない。
例えばプロレスラーの様な大男に、首を掴み上げられるまで何もしないと言うのは、本当の護身ではない。
相手の手が届く間合いを侵害して近付く、それも立派な攻撃行動だ。
結局の所、キンデリックは自分から先に仕掛けていたに過ぎない。
「フッ、ハッハッハ、アァッハッハッハ!
なるほど、それもそうか。
やはりお前相手に接近戦は分が悪いな!」
“キンデリックも同じ事を考えていたのか”と思うと、何となく面白く感じる。
俺も同じ事を考えていたのに。
だが、すぐに考えを引き締める。
キンデリックの目はまだ負けを認めてない。
アレは勝算のある目だ。
「じゃあようセーダイ、サシの勝負じゃ無かったら、お前どうする?」
キンデリックが両手を広げる。
何かをしかけてくるつもりだろうが、この距離は遠すぎる。
「気を付けて!“アレ”が来ます!」
サラ嬢が叫ぶ。
“何をする気だ?”と思いキンデリックを注視していて、気付くのが遅れた。
キンデリックの周囲に、無数の黒い点があるのに気付く。
数十、いや百はありそうな黒い点だ。
そしてソレが、先程投擲された棒手裏剣であると気付く。
オイオイオイ、ゲート・オブ・なんちゃらか?或いは吸血鬼の“貴様が何秒動こうが関係ない処刑方法を思いついたぞ!”的なヤツか!?
「このスピアナイフには無属性魔法を付与してある。
お前のように物理的に止めるならまだしも、魔法の盾では防げん。
さぁどうする?
お前が防ごうと避けようと、後ろのガキ共諸共串刺しだ。」
大地にドカリと足を踏みしめ、腰を落として構え、全身に気を巡らせる。
マキーナの通常モードがなくても、その場から動かなければ出来る。
その俺の姿を見て、キンデリックは哀れみの表情を一瞬浮かべ、そして右手を向ける。
「これぞ“無のキンデリック”の最終奥義。行け、スピアナイフ。」
一斉に発射されるナイフ。
その瞬間、理解する。
“無のキルッフ”を造りきれなかった世界が、その役割を他の色んな奴に持たせたのだと。
1年生の時の13号氏しかり、このキンデリックしかり。
だからどうした。
「オォォォォ!!!」
雄叫びと共に超高速回転を始める思考と肉体。
世界は赤くなり、スピアナイフの進みがゆっくりになる。
相変わらず透明な粘土の中にいるような動きの中で、百歩神拳で手当たり次第にスピアナイフを打ち落とす。
押せる空気がなくなり、ベルトの投げナイフを抜き取り、まだ打ち落とせていないスピアナイフに投げる。
(足りない!)
その焦りで思考がブレて、超高速での移動が終わる。
“そうか、普段はマキーナがサポートしていたのか”
俺は焦りと驚愕の表情を浮かべながらも、頭の中は冷静だった。
スピアナイフが着弾し、周囲に土煙が立ち上る。
「……決着だよ。」
一人佇むキンデリックは、寂しそうにそう呟いた。




