638:追撃戦
こちらが黄を基調とした衣服や旗に対して、あちらは青を基調とした装いで、それぞれの所属がわかる。
ただ、今この場においては最早どちらの軍の所属か、見分けがつかないほどに入り乱れていた。
「あっぶね!?この!!」
突き出された槍を銃剣で弾き、槍を突き出してきた相手にこちらの刃を突き立てる。
ボルトアクションライフルとはいえ、単発式である以上、一発撃ってしまえばリロードが必要になる。
そしてここまで混戦になっていると、その弾を込める暇すらない。
つまりは銃剣を使って近接戦闘を行うしかないが、ライフルにつけられた銃剣だと短槍くらいの長さしかない。
結局のところ、まともにやり合うならリーチの長さで圧倒的にタケイダ軍の歩兵の方が有利だ。
「それでも、ここまで混戦に持ち込めれば今度はその長さが邪魔になる、ってところかな。」
槍が本領発揮する前の間合いにたどり着く前にライフルの弾丸で撃ち抜かれ、前列の兵士が倒れて混乱している所を一気にこちらの兵士に肉薄されてしまったのだ。
またもや槍の穂先が目の前を通り抜ける。
事前の話では騎馬部隊がすごい、的な話を聞いていたが、実際には長槍持ちの兵士が多い。
まぁ、地形的にも起伏が若干強く、近くに深めの川が流れているこの地形だからなのか、或いは完全な平地ではないからなのか、俺達の前に騎馬部隊の数は少ないのかも知れない。
目の前を通る槍を左手で掴み、その持ち主に右手に持った銃剣を突き立てる。
目から入ったそれは、頭蓋骨を貫通して後頭部に刃を生やす。
「やれやれっと。」
足で蹴り飛ばして銃剣をそこから抜き取ると、剣先をチラと見る。
まだ持ちそうだな、と思いながら、戦場を見渡す。
銃“剣”とは言っているが、実際には先の尖った金属の棒だ。
相手方が身に着けている鎧……、もちろん全身鎧などではなく胸当てだけや手甲だけという雑多な装備の兵が多いが、それでも一応は防具を身に着けている。
うっかりそれらに当ててしまえば、こんな金属の棒などすぐにでも折れてしまうだろう。
現にこちら側の鉄砲を使っていた兵士達も、大抵は銃剣による刺突が出来なくなると銃口側を持って重みのあるストック側を振り回し始める。
そうしてボルトアクションライフルを棍棒代わりに使い、相手の頭に振り下ろしてなぎ倒している。
あーあ、いくら構造がシンプルな単発式ボルトアクションライフルとはいえ、棍棒のように扱えばまともには撃てなくなるだろうに。
この、元の世界のような火薬式の飛び道具が使えない世界で、相手を殺傷せしめる飛び道具の存在がどれほど希少なのか、殆どの兵士は理解できていないのだろうな。
「うはははは!!
どうしたどうした雑兵どもが!!
この俺を止められもせんか!!」
威勢のいい声が聞こえ、そちらを見る。
全体的にはこちらの、黄色い装束であるオーダ軍の方が優勢だが、そこだけは青いタケイダ軍の装束が固まっている。
その中にも、青い装束に赤い甲冑を身に着けている、異彩を放つ大男がいる。
その大男が手に持っている槍も、今俺が掴んでいる槍の二回り以上太い、特注品のようだ。
「カッカッカ!ダセェなお前等!!
義体着けてるヤツもいるんだろう?
戦でビビってんじゃねぇよ!!
ドンドンかかってきて、華々しく死ねよ!!」
随分と威勢がいい。
あの包囲のされ方では、アイツはもう退却出来ないだろう。
だが、まるでそれがどうしたと言わんばかりの戦闘だ。
「ちとマズイな。」
俺は右手のボルトアクションライフルに弾丸を込めると、左手に先程の敵から奪い取った槍を掴む。
赤い鎧の大男に駆け出すと、右腕一本で持っているライフルの銃口を上げる。
「ゴタゴタ言ってねぇで俺の手柄になれやぁ!!」
引き金を引くと同時に、ライフルから手を離して槍を両手に持つ。
放たれた銃弾は大男の兜に当たる。
ただ、兜は割ったが銃弾はそのまま上に逸れてしまい、頭までは到達しなかった。
「痛ってぇなぁ!!
誰だてめぇ!!」
「オーダ軍十人将のフジーラという!!
その命、貰い受ける!!」
叫びながらも槍の一撃を放つが、手慣れた動作でそれは巻き取られて逸らされてしまう。
しかもあのデカい槍を軽々と使って俺の槍を逸らすと、フワリと回転して回し蹴りを放ってくる。
全力で突撃していた俺はかわしきれず、右肩にその蹴りがかすめる。
ビキリと二の腕に嫌な音が走り、鈍痛が襲う。
(かすっただけでコレかよ!?)
マキーナの診断結果が右目に表示される。
折れてはいない。
しかし、蹴りがかすめた位置の上腕骨にヒビ、そしてその周辺の筋肉に断裂が発生していた。
「カッカッカ!!
良き威勢やないか、フジーラとか言うヤツ!!
俺の名前はヤマーガや!!
マサカゲ・ヤマーガ!これからお前をあの世に送るヤツの名前だ、覚えとけ!!」
赤鎧の大男、ヤマーガが名乗ると周辺のオーダ軍の兵士達に動揺が走る。
至る所で“タケイダの四天王!?”だの“タケイダの赤備えがこんな所に……”と、ジワジワと戦意が下がっている空気が伝わってくる。
あぁ、これはマズイな。
先程までの押せ押せムードが萎んでいく。
下手をすれば、ここから盛り返される事すらあり得る。
それほど、戦場での空気感と言うものは大事だ。
(マキーナ、全力で治療してくれ!!
最悪、痛みをカットするだけでいい!!)
マキーナは即座に行動を始めてくれたようで、すぐに痛みは無くなる。
それが治療なのかそうでないのかは、今は考えないでおく。
そうして痛みのなくなった右腕で槍を掴んで大きく回すと、柄頭で地面を打つ。
「おぉ、見事見事!!
ヤマーガとやら、俺はお前が誰だか知らねぇが、死地にあってそこまでイキれるってんなら上等じゃねぇか!!
テメェの首掲げて、見事凱旋してやらァ!!」
「言うじゃねぇかテメェ!!
どっちが粋に死ねるか、勝負と行こうじゃねぇか!!」
先程までの威勢の張り合いとは打って変わって、互いに静かに槍を構える。
互いに穂先を相手にむけたまま、ジリジリと周囲を回り距離を詰める。
それにしても、と思う。
“どう生き残るか”ではなく、“どう粋に死ぬか”を口にしていた。
ならばコイツは死兵。
自分がどうなろうと構わない、“生を捨てた相手”は何をしてくるかわからない。
攻撃が届く制空権が近付き、そのビリビリとする殺気を感じながら。
俺は必死に、最善手を模索していた。




