637:合戦
「構え……撃て!!」
カチカチと、次々に撃鉄が空の薬室を叩く音がする。
あれから一通りの説明を終えた俺は、10人の部下に銃を撃たせる前の訓練を行っていた。
明日には出発してしまうとはいえ、付け焼き刃だろうと何だろうと練習しないよりはよっぽど良い。
ただ今は模造弾があったのでそれを使い練習させているが、如何せん全ての動作が遅いのだ。
、実包は使えないから、こうして空打ちするしかないのは悩みどころではあるが。
そして、悩みといえばもう1つ。
(……遅いんだよなぁ。)
カートリッジ式の魔法弾とはいえ、銃そのものは単発式だ。
つまりは、撃ち終わったら空薬莢を排莢し、新しい弾を込めなければいけない。
ポケットからクリップ止めされた弾を抜き取り、薬室に込めて再度ボルトを戻し、銃を構えて狙う。
引き金を引き、撃ち終わったらボルトを引いて排莢し、また新しい弾をポケットから取り出して込め……と繰り返す。
不慣れな動作はもたつきを呼び、どうしても回転効率が上げられない。
(もっとシンプルに出来ないと、簡単に食い破られそうなんだよなぁ。)
この時代、やはり肉弾突撃が主流であり、騎馬を使った突撃はやはり強い攻め方だ。
しかも相手方には常勝無敗とまで恐れられた騎馬隊が存在するらしい。
(どうすんべか……。
いや、待てよ?)
長篠の三段撃ち。
兵隊を3列に配置し、1列目は弾を撃ったらすぐに後ろに回る。
後ろに回って弾を込め直しているうちに、2列目の奴がすぐに前に出て撃つ、そしてまた次は……と繰り返す戦法だ。
これは人間の移動や弾の装填にロスが大きく、多くはフィクションではないかと言われている。
昔、それを真面目に検証した番組を見た事があるが、結論としては人を動かさず、3列目が弾を込め、2列目が火縄に火を灯し、1列目が撃つ、といった、“銃だけを回したのではないか?”というような結論だったはずだ。
同じような事を考えるなら、カートリッジ式な分だけこちらの世界の方がそれをやりやすいのでは無いか、そういう閃きがあった。
1列目の奴が弾を撃ち、すぐに後ろに渡す。
後ろの奴は銃を交換し、弾を込めて……いや、やっぱり2人じゃ駄目だな。
銃を撃ってる奴、射手が視線を外して体勢を変えてしまったら同じ事だ。
……なら、射手にサポートをつけて、後ろの弾を込める奴に手渡しすればどうか?
射手は体勢を変えないで、銃を受け取って撃つだけ。
3人で3列になってしまうが、連射力でカバー出来れば……。
余った1人は弾薬の補充人員として走り回らせたらどうか。
俺は、もたついている部下を呼び集める。
明日の戦場では、俺達は戦場の真正面に配置される部隊の一部らしい。
死亡率なんて考えるのも馬鹿らしい程の確率だろう。
なら、やれる事をやらないとだ。
「総員!配置につけぇ!!」
本陣からの狼煙が上がる。
敵接近、作戦開始せよ。
そういう内容の狼煙だ。
それを見たどこかの将軍が声を張り上げていた。
俺と俺の部下達は、既に昨日の打ち合わせ通りの陣形を組んでいた。
「フジーラ、貴様の所の部隊は、何故横一列に並ばん!?
兵力を無駄にする気か!?」
コイツ誰だったか。
確か隣の部隊の十人将とかそういう奴だった気がする。
「ウチの部隊の配置はこれで良い。
それよりも、そんなに薄く展開していて、突破されないように気をつけろよ?」
俺の返答に“負けたら責任を取らせてやる”と息巻いていたが、それを聞きながらも“お互い生きていられたらな”と内心で返す。
事ここに至っても、まだ生きて帰れると思っているのか。
いや、そう思っていなければ、やっていけないのか。
そんな事をぼんやり思っていると、微かな地響きの音が聞こえる。
最初は地震か何かかと思ったが、その内に雄叫びのような、数多くの人間の叫びも聞こえ始める。
「いや、これは……、怖ぇもんだな、マジで聞くと。」
どこかの世界では、近代戦の歩兵として戦場に立ったこともある。
別の世界では、機動兵器に乗り込んで同じように戦場に立った。
だが、これはそれとは違う恐怖があった。
重量がある馬の駆ける蹄の音、人々の走る足音、鎧の金属音。
それら全ての音と共に地響きを立てて襲いかかってくるのだ。
どちらかといえば人間の根源にある恐怖、それを掻き立てられていた。
「総員!構え!!」
伝令の声で我に返る。
俺も負けじと、自分の部下に号令をかける。
「全員いいな!!
構え……撃ぇ!!」
一斉に、銃撃が始まる。
相手も、ガッセン粒子の濃厚なこの環境下において、弓矢の警戒はしていたらしい。
それは、あちらの装備がどことなく元いた世界の武者鎧に近しい事からも想像がつく。
だが、まさかこの環境において銃弾が飛んでくるとは思わなかったらしい。
鎧は意味をなさず、馬に乗った騎士がバタバタと地面に落ちていく。
「次弾!装填急げ!!」
どこかの将が怒鳴る中、俺達の部隊は絶え間なく魔法弾を撃ち続ける。
なにせ、射手は視線を外さずに済むのだ。
次々に目標に命中させていく。
「弾薬!!」
「こっちもだ!!」
弾の補給係に任命した男は、元々この世界で飛脚のような仕事についていたらしい。
その足を活かして、次々と補充の弾を仲間に届けていく。
「敵の隊列が崩れた!!
騎馬隊、突撃ぃ!!」
俺達が撃ち続け、敵の戦列が乱れる。
危なげなく戦っていたように感じていたが、それは俺達の周りだけだったようだ。
いくつかの陣地は、敵の肉薄を許していた。
ただ、結果的に俺達を中心とした正面の戦いは何とか競り勝ったらしい。
中央が崩れた事で敵軍は後退、態勢を立て直して再度突撃しようとしていた様だが、その前にこちらの騎馬隊が突撃をかけていた。
「フジーラ隊長!我々は!?」
「全員銃に着剣、俺達も前進するぞ!!」
こちら側に優勢に傾きつつある戦場で、俺は走り出していた。




