635:嵐
「……あの、アケチさん?
私等、どこまで行けばいいわけで?」
鎧を脱いだアケチに誘導され、俺達は彼の後をついて城の中を歩いていた。
外は石造りなのに中は木製と、何ともアンバランスな感じだが環境は悪くない。
少し前にいた異世界など、マジで全てが石造りだったために夏は暑くて湿度が高く、冬は寒くて乾燥するという、住むことが罰ゲームみたいな城だったからか、ますますそう感じていた。
「何、これよりお前達には我が主に会うだけだ。
目通り叶えば無事に終了というところだな。
どんなに我等が推薦したとして、主の御眼鏡に適わなければその場で首を刎ねられるだけよ。」
いやカラッとした空気でそれ言っても駄目だからね!?
何言ってるんこの人!?
抗議しようとするも“2人分の戦働き、期待しておるぞ”と悪意のある笑いを返される。
しまった。
この野郎、初めから俺達を雇い入れる気など無く、ハナからこうするつもりだったのか、と焦る。
「殿、件の2人を連れてまいりました。」
アケチは立ち止まると、障子に向かい声をかける。
っていうかどうでもいいが、そこは和風なんかい。
「あぁ?誰じゃ?金柑か?
なん……あぁ、何かお前言っとったのぅ!!
よし、暇潰しじゃ、入る事を許す!!」
発する言葉は重いが、口調は随分と若々しい。
少しだけアケチは嫌な顔を見せたが、すぐに真顔に戻ると障子を開け、俺達に入るように促す。
中に入ると一面の畳張り、一段高くなっている御簾の後ろに人影1つ。
畳張りの方にも数人の将軍クラスだろうか?
洋服に正座と、よくわからない雰囲気で控えているのが見える。
「あ、あの、本日は、お日柄もよく、オーダ様におかれましてはご機嫌うる……。」
「あー、よいよい、そんなクソみたいな社交辞令いらねぇからよ、お前等のどっちだ?
命かけるっつった馬鹿は?」
こう言うところの礼儀は解らないが、とりあえず社交辞令でも言っておくかと言葉を発した矢先に御簾の裏にいる人物から遮られる。
「あ、それは私の方です。
田園 勢大と申します。
あ、こちらの国の言い方をするならセーダイ・タゾノです。」
「タゾノ家……?
そんな家、聞いた事ねぇなぁ。
大方、南の方の出身か何かか?
おい金柑、お前何か知ってるか?」
アケチのこめかみに若干の青筋が立っているが、“存じ上げませぬ”と短い回答。
後々に知ったが、この“金柑”とは“きんか頭”からもじられたあだ名であり、“きんか頭”とは、つまりはハゲの事だ。
まぁ、アケチ氏の名誉のために言うなら、少しM字が進行しているが、そこまでツルツルという訳では無い。
どちらかといえばまだ“ここまで額だから”と言えば押し通せそうな感じもあるが、どうやら本人がこのM字の進行を気にしているらしい、という噂がオーダ氏の耳に入ってしまったらしく、以降ずっとこのあだ名で呼ばれているのだそうだ。
「知らねぇってんなら、ここでは無いのと一緒だ、しかも俺の家臣になろうってんなら、そんな名前は関係ねぇ。
……そうだ、おい、鳥もってこい。」
俺達と同じ高さの畳に座っていた将軍らしき一人が立ち上がると、奥のふすまから何処かへ向かい、そして両手に何かを持って戻って来る。
畳みに置かれ、布を取り払われると一羽のきれいな鳥が納まっている鳥かごだった。
「えぇと、何とかいうヤツ。
この鳥がよ、少し前までは鳴いていたのに、最近は鳴かなくてつまらねぇんだ。
お前、ちょっとこれ鳴かせてみせろよ。
あ、出来なきゃ切腹な。」
なになになに!?
え?何で?唐突過ぎない!?
しかも命がけなん!?
いきなり言われて、チラとアケチ氏を見るが、アケチ氏は正面を見ながら澄まし顔だ。
……この野郎、解っててやりやがったな。
「どうした?何か言えよ?
お前が黙ってたらこの鳥は鳴くのか?」
圧迫面接なんてもんじゃない。
超絶ドブラック企業のガチパワハラレベルじゃねぇか。
いや、ブラック企業だって“達成か死か”なんて選択迫ってくる所は少ねぇよ!!
俺は必死に頭を働かせる。
何とかこの場を切り抜けなければ……。
「何だよ、退屈な野郎だなぁ。
やっぱりお前、使え……。」
「……例えば!!
この鳥が過去に本当に鳴いていた、という証拠はございますか!?
そして、その際の周辺状況と詳細の気候の情報、また、この鳥の傷病記録等はございますでしょうか!?
出来ましたら、治療の記録があるならそちらも頂きたく!!」
オーダ氏の言葉を遮るように、とりあえず言葉を発する。
マキーナからは“交渉決裂、撃破準備”と警告が出ていたが、一旦それは無視する。
まだ、決裂するには早い。
「……てめぇ、俺を疑うのか?
それに、そんな情報で何をする?
それ、本当に必要か?」
「何卒ご容赦を!!
しかし全て必要な情報でございます!!
その情報を頂ければ、私が見事鳴かせてみせましょう!!
この鳥が過去に本当に鳴いていて、しかも声を出す器官に異常がないなら、後は環境を整えて安心させてやれば、必ずこの鳥は鳴き出します。」
最早ハッタリも入れつつ、時間を稼ぐしかない。
究極、この鳥が鳴きさえすればそれをマキーナの力で再現し、その場で鳴いたように見せかければいい。
とにかくこの瞬間じゃだめだ。
これはもう少し時間を確保するための方便だ。
そして、交渉事には不安な言葉は使わないのも鉄則。
“多分”や“だと思います”なんていう“個人の感想”じゃ駄目だ。
“出来ます”とか、“やり遂げます”みたいな、確信や自信を持った言い方の方が良い。
“必要な物が揃えばコイツには出来るんだな”と思わせなければ。
……まぁ正直、今言った情報があれば多分行けるだろう、という気持ちはあった。
鳴くのは仲間を呼ぶ時か求愛行動の時が多い。
鳥かごの中にいるという高ストレスな環境。
最初に鳴いていたのは仲間に救援を呼ぶためか、危険を知らせるため。
そして、それ等がもう必要ないと判断したから、きっと鳴かなくなったのではないか。
そういう推測もあったからだ。
「参ったな、鳥一羽にそこまで手間暇かけてねぇんだわ。
んじゃ、まぁこの試験は無しにしてやるよ。
それに、中々いい頭の回りっぷりだ。
気に入った、お前今日から“ヒデヨシ”名乗れ。」
その言葉に驚き、言葉に詰まっていると、座っていた将軍の一人が口を開く。
「殿、“今いるヒデヨシ”殿と名前が、その。」
「あぁ?アイツも影武者欲しがってたろ?
……まぁでも、紛らわしいっちゃあ紛らわしいか。
確かアイツ今ヒデヨシ・キノーシタだったよな?
よし、じゃあお前、お前はヒデヨシ・フジーラだ。
役職は十人将辺りでいいだろ、最初は。
まぁ、俺のために励めよ。」
嵐のような謁見は終わり、俺達はすぐにその部屋を追い出された。
ただの一兵卒扱いで入る予定だったが、いきなり十人将という位付きで、だ。
俺とキルッフは、嵐のようなこの流れに、ただ押し流されていた。




