631:雑多な町の中
「さぁさぁ!他に我こそはというものはいないか!?
今ならチャンピオンも疲労困憊だ!!
勝てるかもしれないよ!!」
町の中を歩いていると、そこかしこで威勢のいい声が上がっている。
殆どが賭け試合を呼び込む声だ。
白昼堂々と賭博やアルコール、そして少し路地裏を見れば性風俗に薬物に喧嘩と、治安の悪さが見え隠れしている。
しかし不思議なもので、その混沌とした雰囲気が逆にある種の安定した治安を醸し出している。
「……なぁ、キルッフ。
この町にいる奴等は、大抵の奴が機械化手術を受けているのか?」
ある者はキルッフと同じく目を、またある者は片腕が、そしてまたある者は足を、と、機械の体を持つ者がそこら中にゴロゴロしている。
「へ?え、えぇ。
……あぁ、アニキのいた所は平和だったんスねぇ。
戦やってりゃアチコチ失うもんですからねぇ。
ここみたいによく戦やってる所じゃ、俺みたいな奴等ばっかりですよ。」
少し自嘲するようにキルッフは笑うと、機械化されている目の周り、左頬をコツコツと指で叩いて見せる。
俺は“そうか”と言うくらいしかできず、その部分から目をそらす。
あまり触れても良いものかわからないが、ただこの世界は医療技術が高いのだという事は理解できる。
(……それにしては妙なんだよなぁ。)
これほどの高度な医療技術があるという事は、つまりこう言う事が出来る兵器も、本来なら高度であるべきだろう。
ただ、周りを見ても“銃”に該当する武器を持っている奴が見当たらない。
武装が体内に内蔵されている、というわけでは無い事は、腰や背中に装備されている刀が物語っている。
そう、道行く者、特に荒くれていそうな奴は大抵が刀を装備しているのだ。
「ささっ!そこ行くアンタ!ちょっと挑戦していかないかい!!」
突然視界を遮るように呼び止められ、何だと足を止める。
他の呼び込みと同じように、ここも力自慢達の腕比べをしているらしい。
ここはどうやらアームレスリング、腕相撲らしい。
ちらと見れば、片側の席に葉巻を咥えて余裕の表情をしている、筋肉ダルマみたいなマッチョマンがいる。
彼が連戦連勝で勝ち抜いているチャンピオンらしい
ただ、アームレスリングする方の腕は機械化されている。
「フフッ、いやいや、それは無いだろ。
そんな機械の腕でアームレスリングとか、そういうマシンとやってるのと変わらんやん。
機械に勝ったところで、別に何の力自慢にもならんと思うが……?」
俺の発言が面白かったのか、周囲からドッと笑いが起きる。
ただ、その笑いは俺の言葉に対してではなく、どちらかと言えば俺の無知を笑うような空気が強い。
「アニキ、今のサイバネ技術は施術後に鍛える事も出来るんスよ!」
キルッフが慌てて俺の発言を訂正してくれた事で、周囲にいた人間の大半は“なんだ、田舎者か”という小馬鹿にしたような表情に変わる。
ただ、その表情へと変わらない者もいる。
特に今勝ち抜けていて、先ほどまで余裕の表情で葉巻を吸っていた現在のチャンピオンなど、特に険しい、何ならこめかみに青筋を立てている程の険しい表情をしている。
「サイバネ化もしてない貧弱な生身の坊や、そこまで言うなら俺と遊んでいかねぇか?
まぁ、お前からすればアームレスリングマシンなんざ一ひねりで面白くないだろうがな。」
「あー、まぁ、そりゃそうなんだが、いいのか?
ひねり潰しちまったら、修理するのにも費用が発生するんじゃないのか?」
俺の言葉で、完全に暖まり切ってくれたらしい。
咥えていた葉巻を吐き捨てると“上がってこい!”と怒鳴り、右腕を高く掲げながら袖をまくる。
その腕を見ると、生身と機械の接合部にはくっきりと境界が出来ている。
しかし、腕の太さはどちらも同じ。
もしもシルエットだけを見ていたとしたら、機械化されている事すら気付けなかっただろう。
実は生身の腕に機械のボディペイントをしている、と言われた方が納得できるレベルで違和感がない。
(……どういう技術だが解らんが、元の人体に馴染むだけでなく、進化と増殖まで果たせる、って事か。)
もしかしたら多少は自己再生まで出来るのかもしれない。
まるでデビル何たらってロボットみてぇだな、と心の中で感心する。
「どうした!早く上がって来いよ!!
それとも僕ちゃん、今更ビビっちゃいましたかぁ~~!?」
あぁイカン、義体の技術に興味が移っていた。
ただ、これは丁度いいテストにもなりそうだ、と、顔を真っ赤にして怒りをあらわにしているマッチョマンの元へ向かう。
小さな金属のテーブルには溶接された握り棒と、肘用のクッションがくっ付いている。
「ヒヒヒ、どうした?随分おとなしいじゃねぇか。
今更怖くて喋れなくなっちまったか!?」
マッチョマンを見上げて、俺はため息をつく。
「……いや、まぁなんだ。
もう少しこまめに風呂に入る事と、歯を磨く事をオススメするぞ。」
まぁ俺もね、体臭とか口臭に関してはあまり強くは言えないし、元の世界じゃそういうの言うのが憚られる風潮あるし?
言いたくないよ?
でもね、流石にこれはひどいと思うのよ。
お家が無い感じの人達がさせてる臭いと同じっていうの?
もうね、ちょっとこれは勘弁してほしいかなって感じ?
ここまで来ると、ある意味目に来るっていうの?しみるよね、色んな意味で。
どうやら完全にブチ切れてしまったようで顔中に血管を浮き上がらせ、もはや人の言葉ではない言語で暴れようとしたところを、ここの店のオーナーだろうか、レフェリーっぽい服を着た男が必死に止めている。
流石にこのままはかわいそうだと思い、先にアームレスリング台に腕をセットして手を開き、マッチョマンを待つ。
「やるならさっさとやろうぜ、あ、これ勝ったら何かもらえるの?」
「……い、いい度胸じゃねぇか。
テメェ、その腕、ねじ切らせてもらうぜ……。」
血管を浮き上がらせたマッチョマンが、勢いよく俺の手を掴む。
握力で俺の手を潰そうとしたようだが、うまくいかないようで一瞬顔が曇る。
「そ、それでは!勝者には店からの金一封とオーダ様への推薦状だ!それでは構えて!!
さぁ、ギャラリーは賭けるなら今の内だよ!張った張った!!」
賭けの倍率的には予想通りマッチョマン優勢。
先程からさりげなく俺の手を握りつぶそうと頑張っているマッチョマンを無視し、キルッフを呼び寄せると俺に全財産を賭けるように伝える。
キルッフは最初抵抗したが、しぶしぶ賭け金を置いていた。
「そろそろ良いな!?それでは、レディ……ファイ!!」
毎回金回りは苦労させられるが、今回は楽でいい。
今後も、こういう手段で金を稼ぐのも悪くないな、と俺は笑いをこらえていた。




