630:瓦礫の町
「……毎回思うんだが、この光ってる間って俺はどうなっているんだろうな?」
まばゆい光で何も見えなかった俺の視界が、徐々に風景を映し出していく。
前の世界から転送を終えた俺は、注意深く辺りを警戒しながらも、ふと思う疑問を口にする。
<異世界から異世界への転送中は、私もまだ観測する事が出来ておりません。
……もしかして勢大、転送時に一生懸命目を開けていたとか、そういう原始的な事はしておりませんよね?>
マキーナの問いに“お、おう、当たり前だろ”と言いながら周囲の風景へと目をそらす。
その通りだったとは口が裂けても言えない。
これ以上考えて思考を読まれても癪だ、と少し思いながら辺りを見渡せば、まばらに木々や草が生えているが岩肌も見えているといった、まるで標高の高い土地のような風景だ。
「……マキーナ、ここは高山の上とかそんな感じか?」
<いえ、計測できる気圧からは、そこまでの高地というわけでは無さそうですが。>
不思議に思いながら、マキーナをアンダーウェアモードで起動しておき、岩肌に近づく。
ただの岩肌と思っていたが、近付いてみるとそれは表面が溶けてガラスのようになった鉱石の様だ。
<少量ですが、放射性物質を計測しました。>
それを聞き、移動する前にマキーナを起動しておいてよかったと思うと共に、これが出来た理由を想像する。
「……この辺で核戦争か何かでも起きたのかねぇ?」
<その可能性が高いですね。
勢大が転送後に出現する場所が大抵の場合と同じであるならば、ここはもう少し生い茂っていなければなりません。
また、地面のガラス結晶が放射状で一定方向に広がっている所からも、勢大の推測が最も可能性が高いと想定されます。>
放射の中心をマキーナに聞けば、大抵の場合に俺が降り立っている場所と比較し、“始まりの村”あたりがそこになりそうだ、と解る。
「なるほどねぇ、なら、あんまり“始まりの村”には期待できねぇなぁ。
良くて文明衰退、悪けりゃ村そのものが無くなっているだろうさ。」
今日は適当に“始まりの村”跡地に行って、何か廃墟的なものが残っていればそこで一泊して、明日には“中央”と大抵呼ばれる街に向かうか、とぼんやり考えながら歩く。
マキーナのナビを頼りに森を抜け、始まりの村が見える場所まで辿り着いたときに、違和感を覚える。
「……何か、想像と違くないか?」
<……そう、ですね。
ビル?とまではいきませんが、建物が乱立しておりますね。
大破壊があったようには見えませんが。>
遠景だからかと思い、また歩き出す。
確かに歩いて近付くと、建物が乱雑に建築されているのはわかる。
木だけでなくトタンやら廃材やらを使い、しかも増設に増設を繰り返した違法建築だ。
それでも、“そういうことが出来る技術が残っている”と理解できる。
「へへ、おい兄ちゃん、旅人かい?
良かったら俺が町案内してやろうか?」
無秩序に建てられた建物を見上げて圧倒されていると、町の入り口辺りの地べたに座っていた、フードを目深に被った男が声をかけてくる。
「いや、旅行はツアーガイドを使わないで楽しむ派なんだ。
悪いが同行人もガイドも遠慮する。」
フードを目深に被った男はゆっくり立ち上がると、懐から短刀を抜き放つ。
「へへへ、そりゃいけねぇや、ガイドがいねぇとこうして襲われる場所に入り込んじまうかもしれねぇぜ?」
ノーモーションからのステップで一気に距離を詰め、右拳でボディに一発。
左手で男が持ち上げかけた短刀を、持ち手ごと上から抑え込む。
そのまま右手で相手の喉を掴み、締め付ける。
「確かにな。
町の入り口で暴漢に襲われるような危ない町なら、ガイドは必要かも、だな。
どうだ?ガイドにならないか?
代金は“お前の命を助ける”でどうだ?」
無感情に無表情に、俺は男のフードの奥を覗き込みながら呟く。
男も空いている左手で俺の右腕を引き剥がそうと掴むが、どうやっても傷一つつかない事を悟り、諦めたように短刀から手を放す。
「じょ、冗談だよお兄さん!!
へへ、この町は危ないからな、俺が実演しただけで、ちょっと脅かしただけじゃねぇか。
ほ、本気じゃねぇって。」
「そうか?
とてもそうには見えなかったな。
俺は臆病者でね、このままアンタを逃がしたら、いつ後ろから刺されるかもわからねぇ。
ならよ、どうするのが手っ取り早いか、解るよな?」
ワザと意味深にニヤリと笑い、男の喉を締め上げながら持ち上げる。
見た目は華奢だが、随分と重量がある。
隠し武器を携帯している可能性もあるな、と考えた矢先、男は俺の腕を掴んでいた手を離すと、暴れるようにもがく。
そうして暴れていると男のフードが後ろへとずり落ち、その顔があらわになる。
「ま、待ってくれ!ホントに俺が悪かった!!
頼むよ!見逃してくれ!!
い、いや、俺にこの町を案内させてください!!
た、助けて……!!」
俺は掴んでいた手を離す。
正直離す気は無かったが、驚いて離してしまった。
男は、左目の部分がレンズになっていた。
頭も髪が無い、というよりは、頭頂部から後頭部にかけてが、金属で覆われていた。
「人造人間……か?」
「お、おい、流石にそれは俺も傷つくぜ!
俺は義体化人間だ!
鉄クズ野郎共と一緒にしないでくれ!!」
俺は黙って男を観察する。
今の発言から、どうやら機械に部品を置き換える技術がある事、そして完全に機械の人造人間もいる事、更に、人造人間は差別の対象である事は理解できた。
「……まぁ、どっちでも良いけどよ、ちゃんとこの町を案内してくれるんだろうな?」
「へ、へへ、もちろんだぜ!!
あ、アンタそんなに強えって事は、ここの仕官になりに来たんだろう?
あぁ、みなまで言わなくても解ってるよ!!
ここのオーダ様は強え奴が好きだからな!!
アンタもその口って訳だ!!」
何を言っているかはほとんど理解できなかったが、一応それっぽく頷いてみる。
すると男は合点がいった様に“やっぱりな!だったらそれを先に教えてくださいよ旦那”と、もみ手をする勢いで俺の前に立って先導し始める。
「へへ、アタシゃこの町をねぐらにしてるキルッフってもんでして!!
ダンナ、良かったら側仕えとか、必要じゃないですかね?」
男は“へへへ”と笑うと、上機嫌で歩き始める。
俺は心の中で、“やっぱりお前か”と、小さくため息をつきながら、キルッフの後に続いた。




