62:対峙
勢大が酒場を出たその頃、サラ・ロズノワル達は危機を迎えていた。
(勢大さんに、こちらに残ってもらっていれば……いえ、違うわね。)
サラは何も出来ない中でも必死に考える。
目の前にいる敵は、たった一人であった。
覆面にフード付きのマントで姿を隠しているが、ジョン殿下達との戦いで垣間見えるそのシルエットは、どこか“不思議の国に迷い込んだ少女が出会うタマゴ男”の様な、不摂生な体型をしている。
しかし、それでいながらも素早い。
王子達4人を相手に、引けを取らないどころか圧倒しているのが、サラから見てもわかる。
どこか勢大を思わせる武術だが、短剣と、“今まで見たことも無い魔法”を使うことを前提としているその技術は、彼とは根底が違うモノだと理解できる。
(それに、勢大さんは魔法が使えないと仰っていましたものね。)
厄介な事に、黒づくめの男が使う魔法がサラが使う聖魔法の盾では防げない事が、この劣勢の状況を作り出していた。
「お坊ちゃん達、中々頑張るがまだ足りないねぇ。」
黒づくめの男が楽しそうにそう告げる。
この男は初めから本気を出してはいない。
まるで蛇が獲物を絡め取り、弱っていくをのを待つように、ずっとなぶり続けている。
「この……、外道が!」
ジョン殿下が疲労からか、怒りに任せそう叫ぶ。
ここに来るまでもずっと、“元住民”と戦っていた。
迷宮で魔物を倒したときも緊張したが、それとは別種の緊張がある。
攻撃するときに、一瞬考えてしまうのだ。
“この人は魔物か、助けを求めてすがりついてきた人間か”と。
リリィの回復魔法でも癒やせないその精神的な疲労の蓄積が、今殿下達の動きを鈍らせている原因でもあった。
「外道……外道ねぇ。」
黒づくめの男が、ヒラヒラと攻撃を躱しながらも何かを考え込む。
「外道ってのはね、坊や。
こう言う事を言うんだよ?」
黒づくめの男が指を鳴らすと、あちこちから魔物化した住民達が集まる。
黒づくめの男の前で壁になるように集まったかと思うと、次々に体を密着させあい、苦悶の声を上げながら、ペキペキと音を立てて“1つの存在”へと融合していく。
「これね、屍鬼の軍隊って言ってね、最近帝国で開発された技術なんだけど、中々面白い特性持っているんだよ。」
まるで子供に動物の解説をする飼育員のように、黒づくめの男は楽しそうに話しかけてくる。
“特性”の意味はすぐにわかった。
「痛イ……、痛イ……」
「カミサマ……助ケテ……助ケテ……」
「オ母サン……ドコ……」
高さ3メートルはあるであろう肉の塊。
至る所から手や足や顔がつき出ているが、その至る所から出ている顔から、一斉にうめき声が上がり出す。
「どうだいお坊ちゃんお嬢ちゃん達?
こうやって人を改造するなんて方法、王国では思いも付かなかっただろう?
でも不思議だよねぇ、さっきまではまともな思考なんかなかったのに、こうして進化すると生前の事を思い出すんだ。
何でこうなるのか、ってのは、まだ研究中らしいよ?」
「お前……狂ってるぜ。」
黒づくめの男が楽しそうに解説するその言葉に、アルフレッド卿が盾を構えなおしながら吐き捨てる。
「聞きしに勝る邪悪さだな、帝国と言うモノは。」
ジョン殿下も剣を構え直し、静かな怒りを纏っている。
皆、怒りをあらわにしている。
私だって同じだ、この目の前の男には怒りと軽蔑の感情しかわかない。
ただ、私が転生者だからだろうか。
“何故ここまで怒らせようとするのか”が引っかかっていた。
しかも先程から、やたらと帝国を喧伝している。
まるで戦争の火種になるように、禍根を残すように振る舞っている様にしか見えない。
「フフフ、坊っちゃん嬢ちゃん寄っといで、お貴族様と王国民の、楽しい楽しい共食いショーの始まりだぁ!」
黒づくめの男がそう楽しげに言うと、苦悶の、救済の言葉を呪詛のように吐きながら、腐肉の塊が近付く。
“やるしかないのか”と皆が思ったときに、ソレは起きた。
一条の光が屍鬼の軍隊を貫き、そのままの勢いで轟音と共に地面に突き刺さる。
土煙の後には、投擲用のナイフが刺さっており、ナイフの周りには黒い宝石のようなモノが割れ砕けていた。
「キィィンデリィィィック!!!」
空気をビリビリと震わせるような雄叫びが聞こえる。
“あぁ、あの人は今、誰よりも怒っているんだ。”
何故か今、それがわかる自分が嬉しかった。
魔物化した住民と無駄に遭遇しないように、建物の屋根伝いに移動し、サラ嬢達が向かったと思われる中心地へ向かう。
目的の場所まで何事もなくたどり着き、少し高い建物から見下ろすと、サラ嬢達のパーティが魔物に襲われている最中だった。
「なんだありゃ、コープスレギオンじゃねぇか。」
アタル君の世界で戦った事がある。
あの世界のモヒカンキルッフと、初パーティを組んで戦った相手だ。
向こうの世界では、廃村の墓地などで死体がくっつき合って生まれる、割とよく出る魔物だった。
鉄等級なら1~2人で、銅等級なら3~5人で戦う相手で、よくモヒカンキルッフが引率して後進の教育に使ってた魔物だ。
コイツの厄介なところは“まるで生前の記憶があるかのように喋る”事で、それがまやかしと知っているなら動きが遅く弱点の魔原石も露出しているなど、腕さえ在れば割と狩りやすい獲物だった。
俺は投げナイフを抜き取ると、胴体中央やや上にある魔原石に向けて、思い切り投げつける。
ちょっと力を込めすぎて大気を燃やしながら進んでしまったが、綺麗に魔原石には当たったようだ。
動力を失い、悶え苦しみながら地面に溶けていく魔物から、ソレを使役していた存在へと目を移す。
俺と目が合ったその男は、覆面はしていたが確かに嗤っていた。
酒場で無惨に死んでいた皆の姿が脳裏に浮かぶ。
胸の内の煮えたぎるマグマのような感情が、出口を求めて全身を駆け巡る。
「キィィンデリィィィック!!!」
叫ばずにはいられなかった。
当たると思ってはいない。
それでも、キンデリックがいる位置めがけ、跳躍からの跳び蹴りを放つ。
キンデリックは、その体型には似合わぬ身軽さで大きく飛び退ける。
加速された俺の蹴りは、轟音と共に着弾点にクレーターを作るのみだったが、サラ嬢達とキンデリックの距離を離すことは出来た。
「よう、遅かったなキルッフ、……いや、今は確かセーダイだったか?」
今更ソレを思い出したか。
こちらを煽るように、ニヤついた声が続く。
「良いあんばいにいたぶるのも難しくてな、そろそろ本当に殺っちまいそうでヒヤヒヤしたぜ。」
「そりゃどうも、お待たせし過ぎたようで。
パーティー会場変わったんなら教えといてくれよ。
これでも急いで走ってきたんだぜ?」
挑発には乗らない。
軽口を叩きながら、お互い間合いを計る。
キンデリックは確か短剣術と何かの仕込み武器だったはず。
あまり接近戦はしたくない、が。
百歩神拳で顔面を狙う。
キンデリックもそれは承知で、拳の軌道上から体を躱して避ける。
「お前さんのソレ、音が出なけりゃ良い技術なんだけどなぁ。
暗殺につかうにゃあ、向いてねぇわな。」
「俺は正々堂々、正面から不意打ちするのが得意なんでね。」
この技術、音の壁を越える以上、どうしても空気を叩く轟音が出る。
その他は手足を使う武術である以上、俺に出来る遠間の手札は少ない。
俺は、覚悟を決めて構える。
やるしかない。




