628:罪の意識
<探索範囲が広すぎます。
現状、どこに出口があるかは確認出来ません。>
時間も空間も歪ませる、迷宮化。
通常は世界がその力を回収する時や何かしらの促進を促す場合に自然発生するモノだが、一部にこの迷宮化の秘術を使える者が存在する。
その世界で魔王と呼ばれる存在や神もしくは天使として奉られる存在、そして一部の転生者だ。
“自分の世界がほしい”等とあの“神を自称する存在”にそう願った奴の中で、これと同じ事をしてみせた奴を知っている。
そいつは“自分が存在してもいい、自分が認められる世界がほしい”と言うのが本質的な願いだった。
それをワザとかは知らないが歪められ、“迷宮化”というスキルとして与えられた、という奴だった。
色々と説得したが結局、人類の敵となることを選び“僕はこれから迷宮の経営で生きていくんだ!”と言いながら楽しそうにしていた奴だったと覚えている。
人類から疎まれ、嫌われ、そして討伐対象になってでも、“自分は今、人から相手にされている!構われている!”と、嬉しそうにしていた、妙な奴だった。
好きの反対は無関心だと、嫌う事も心の振れ幅は使われているとも聞く。
だが、あれを見てしまうとやはり好きの反対は嫌いであり、無関心の反対は興味なのではないかと考えてしまったほどだ。
あれならいっそ……。
<勢大、考え事は後の方が良いかと。
今はここからの脱出を優先するべきです。>
おっと、イカンイカン。
余計な事を考えていた。
だが改めて周りを見ても、壁なのか床なのか、木の板張りが見えるだけだし、各部屋をつなぐ階段は縦横無尽、いやデタラメに伸びており、とてもじゃないが手がかりらしきものはない。
『いっそ、この位置から動かない、ってもありなんじゃねぇか?
ホラ、よくあるホラーモノとかさ、結局巡り巡って最初の部屋が脱出口の隣だったとかさ。』
<確かにそういう展開もあるでしょうが、登場人物がそういう事を言い出すホラーは、大抵の場合その場でじっとしていると良くないトラップが発生したりしませんか?>
おいおい、これは映画かよ、とツッコミを入れそうになったが、言い出したのは俺か、と苦笑いする。
そうして思い直し、改めて周りを見ようと顔を上げたときに、違和感を感じる。
『……マキーナ、このシュウシュウ聞こえる音は何だ?
後、何か割れるような音が微かに……。』
耳を澄まし、腰を落とす。
注意深く周囲を警戒すると、足元からその音が聞こえてきているのがわかった。
<勢大、どうやら私の方の展開だった様ですね。
……回避を推奨。>
慌てて前に飛ぶ。
後ろに飛ぼうかと迷ったが、俺は前に飛んでいた。
そこに何か理由はない。
ただの勘だ。
ただ、結果的にそれは正解だったらしい。
俺が前に飛んだ次の瞬間、俺が立っていた位置から斜め後ろに向かって先の尖った鉄骨のような物が一気にせり上がって来た。
もし仮に後ろに飛んでいたら、その鉄骨をかわしきれずに体の何処かに突き刺さっていただろう。
『あっぶねぇぇ!!
何だアレ?こんなトラップあるなんて感知できたか!?』
俺は空中に飛びながら後ろを振り返り、その妙な鉄骨に冷や汗をかく。
<……トラップでは無いようです。
この真下に生体反応を感知しました。
着地点もお気をつけを。>
マキーナが言い終わるか早いか、俺は床に着地する。
すると、バキリと音を立てて床板が割れ、足がその下へと落ちる。
木製の床板の下は、何故か砂だった。
くるぶしまで砂に埋まると、バランスが崩れそうになるのを必死で耐える。
あの鉄骨側?の方へ砂が流されつつある。
改めてそれを見た。
鉄骨と思ったのは大アゴで、砂の中には巨大な虫の姿があった。
『……マジかよ。』
思わず言葉に詰まる。
その巨大な昆虫、巨大アリジゴクはピタリと動きを止めると、また静かに砂の中に潜っていく。
潜るときの砂の動きで中心へと引っ張られるが、ギリギリで床の端に手が届き、何とか這い上がって脱出する。
<勢大、床が徐々に崩れていっています。
この部屋から脱出した方が身のためかと。>
言われなくてもそうするわい!
必死に走り出すと、まるでそれを待っていたかのように床がメリメリと音を立てて崩れだす。
目の前に見える階段を駆け上がると、その階段も下から徐々に崩れ落ちていく。
まるで、この世界の全てが俺を追い立てているようだ。
『……おかしい、何故こんなにピンポイントに俺のいる場所だけを崩せる!?』
<身も蓋もない事を想定するなら、“ここが作られた者にとっての世界だから”と言う事でしょう。
その世界に自分が認めた者以外がいるとしたら、特定は簡単です。
そうでない可能性を考えるなら。
……音、でしょうか?>
階段を駆け上がりきり、また先程と同じようなレイアウトの部屋にたどり着く。
先程まで俺がいた部屋が右手側の遙か遠方、壁の様に垂直になっているのが見える。
垂直な壁の中心に穴が空き、そこに砂が詰まっているようだ。
『……俺はただ階段を登っていただけだよな?
なのに何で下じゃなくて横に見えるんだ?』
確かに夢中で駆け上がっていたが、重力は変わらず下に感じていた。
それなのに、俺がいた部屋は垂直に立っている様に見える。
『勘弁してくれ、これじゃまるで悪い夢だぜ。』
<夢……夢ですか。>
マキーナが何かを計測し始める。
こうなってしまうと、結論が出るまでマキーナとの会話も出来なくなる。
『クソッ!四の五の言っても始まらねぇ。
あの虫をぶっ倒しちまうか。』
「……もし、変わった鎧を着たお方や。
ここで何をしていらっしゃるのかの。」
腰を落とし、身構えた瞬間、後ろから声をかけられて慌てて振り返る。
どこかの民族衣装を着た老婆が、穏やかに笑いながら俺を見ている。
気付けば、周囲は石畳とレンガの町並み。
日が落ちかけて影が長く伸びる、夕暮れの見知らぬ町並みの中にいた。
『は?え?
……ここは?アンタは?』
思わず先程までの事も忘れ、老婆に近付く。
老婆は穏やかな笑顔のまま、懐に手をいれる。
「まぁまぁ、アンタにはこれが必要じゃろうて。
お渡ししておきますわい。」
老婆が懐に入れた手を抜く。
その手は血まみれで、赤黒く濡れた硬貨を差し出してくる。
<勢大、これは……です。
意識を……して……ください!!>
視界が揺れる。
暗転する視界の中で、俺は童謡を思い出していた。
“かごの中の鳥は、いついつ出やる”
そんな歌詞だった気がする。




