627:任務遂行
<それで、取る手法としては狙撃、という事ですか?>
何も無いアパートの一室。
木目の床の上にそのまま置いているトランクを開ける。
金属の筒を取り出し、中を覗く。
きれいな螺旋を描く溝、ライフリングには問題ない。
「この世界は魔力がある世界だからな。
魔法は便利だ。
便利すぎて、そっちにばかり目が行くだろう?
こういう物理的な遠距離攻撃は、意外と盲点……いや、そも認識の外にある技術だろうからな。」
これも1つの知識不正能力なのだろうか。
魔力がある世界は、便利な魔法に頼る傾向がある。
それは普段の生活だけではなく、こういった攻撃的な行動もそうだ。
もちろん誰も彼もが高い魔力を持っているわけではないから、物理的な攻撃手段は存在する。
ただそういった場合、間違いなく最も警戒するのは毒、次に刃物による近距離からの攻撃だ。
遠距離からの暗殺ならば魔法を使うのが一般的すぎて、こういった銃による物理的な狙撃などは、基本警戒するレベルが下がる。
“可能性はあっても、それまで警戒していたら日常生活が成り立たない”からだ。
現に、ターゲットの夫婦の行動を数日観察していたが、常に側にいるのは細身の女1人。
恐らくは凄腕の魔法使いか何かなのだろう。
凄腕の魔法使いなら、魔力障壁を使い近接攻撃にも対抗できる。
また、魔法防御のお守りアイテムのような物を、あの夫婦にそれぞれ持たせているはずだ。
魔力ではなく、遠距離からの物理。
そしてこれが重要だが、まだ銃の存在がそこまで認知されていない。
魔法銃のような物はあるが、火薬の力で弾丸を飛ばす銃の存在は確認できていない。
俺が用意したこれも、狩猟用の魔法銃をマキーナの力を使い加工したモノだ。
火薬や弾丸などの重要な小物も、魔法の触媒という事で簡単に手に入った。
既に山の中で何度か試射は済ませている。
俺の中で、既に準備は終わっていた。
<しかし、ここで仕留めてしまうと、例の“技術”とやらの回収は難しくなってしまうのでは?>
分解していた銃を組み立てながら、俺は技術とやらに思いを馳せる。
調べてわかったのは、その技術とやらは“タイヤ”だった。
いや、馬車はあるので車輪はある。
そして、木製だったり金属製だったりする車輪の摩耗を抑えるため、ゴムは巻かれていた。
ただ、その巻かれているゴムの中に空気を入れた、空気入りタイヤをあの商会の子息とやらか発明した、というのだ。
確か元の世界では、18世紀の後半だかにイギリスの獣医さんが息子のために発明したのが最初だったか?
その人の名前を取った大手のタイヤメーカーがあったはずだ。
そう考えれば、この世界の文明レベルではまだ空気入りタイヤなんて出てくるのは特異点に近い。
それを知っている人間でなければ、こういった特異点は生まれない。
あの屋敷の人間、御子息とやらは転生者の線が濃厚だ。
なら、あの屋敷に取り入らなければならない。
あの夫婦に俺は恨みなど1ミリも無いが、運が悪かったと諦めてもらうしかないな。
<勢大、対象を確認しました。>
銃を組み立て終わり、弾丸を弾倉に込めているときにマキーナが警告を発する。
弾倉を銃に叩き込むように装填し、コッキングボルトを引き起こし、後ろへスライドさせる。
チャンバーが開き、弾倉の中の銃弾が鈍色の光を放つ。
コッキングボルトを前へと押し込み、初弾を装填。
ストックを肩にピッタリと付け、銃と一体になるように顔を寄せる。
ゼロイン、予想距離と弾道の大まかな補正は既に済んでいる。
スコープを覗き、マキーナからの距離情報と風速を元に微修正を加えていく。
スコープ越しに見えるのは、2つの起き上がりこぼしの様な体形の男女。
男の方はシルクハットを被り、窮屈そうな燕尾服に身を包んでいる。
女の方は何かの動物の毛皮をふんだんに使ったコートを身に着けている。
ただ、その体系から俺は狸の置物を連想していた。
これからあの二人は、新進気鋭の貴族の夜会に呼ばれて向かう所という事も把握している。
力をつけだした新しい商人は、しかしその歴史の浅さから既に存在している有力貴族に入り込むのは難しい。
ならばと、これから力をつけそうな新進の貴族に取り入ろうというのだろう。
新進の貴族も後ろ盾がないため、その権力を広げる事が出来ずにいるはずだ。
そういう意味では、ベストマッチ、という奴なのだろう。
(だが、これなら遅かれ早かれ、コイツ等は何処かで狙われているだろうなぁ……。)
そんな考えがよぎる。
どちらも新進気鋭で、これから勢力を伸ばそうと言うなら、それこそ既得権益を得ている連中が黙っちゃいない。
案外俺のこれは、そういう勢力の意思表示、という奴なのかも知れないな。
新進とはいえ貴族を狙うのは流石にマズい。
だが商人であれば。
所詮は身分の問題か、と、どこか心が冷えるのを感じていた。
<念の為、弾道予測線を表示します。>
マキーナの言葉が聞こえると、スコープを覗く俺の右目には銃身から伸びる半透明の線が表示される。
風の影響か、半透明の線は僅かに揺れる。
ここまでお膳立てされたら、もう外しようが無いレベルだ。
俺は静かに息を吸い、そして吐くと、トリガーにかかった指に力を少しずつ込める。
<初弾命中、対象1、沈黙。>
燕尾服の起き上がりこぼしの頭が弾ける。
右手をグリップから外し、すぐさまコッキングボルトを操作する。
空の薬莢が硝煙をたてながら排莢され、新しい銃弾がチェンバー内に装填される。
<対象2、馬車の影に隠れます。>
少し銃身をずらし、移動先へ。
<次弾命中、対象2、沈黙しました。>
狸の置物の胸から液体が飛び散る。
だが、そこで魔法使いの女が俺を見たのを感じる。
スコープ越し、遥か遠方にいるとはいえ、確かに見られた。
「ヤバい!反撃が来る!!」
<空間に異常値を感知!……これは!?>
マキーナが言い終わるが早いか、地面がグニャリと歪む。
それまで、ワンルームのアパートだった。
今、俺の目の前には木製の床と、そして木製の階段が無数に広がる異常な光景で埋め尽くされていた。
「どうなってる!?幻覚か!?」
<……信じられません。
勢大を中心として、このアパートが“迷宮化”しました!!>
無限に広がる光景を前に、俺はマキーナを使ってすぐに変身していた。
まさか迷宮化出来る人間がいるとは思わなかった。
これではまるで、あの魔法使いの方が……。




