624:変わらぬ世界、変わる未来
走る俺の視界に、いくつのも風景、いや、ヤマナミの記憶が写っては消える。
あれは飼っていた犬だろうか?子犬を撫でている手が見える。
あちらには食卓で笑う男女……、恐らくヤマナミがこちらに来る前の、両親との食事の風景だろうか?
そのどれもが幸せそうで、他人のモノとはいえ、見ていて郷愁を感じる風景だ。
『……俺は、何をしているんだろうな。』
結局、ヤマナミを救う事は出来なかった。
結果だけを見るなら、ただ無駄に時間だけを浪費し、救うとタンカを切ったヤマナミを殺めただけだ。
<何か問題がありますでしょうか?
結果的には同じ事かも知れませんが、しかし深層心理を抑え込まれたまま破壊されたわけでは無く、解放され自身が望んだ上で破壊されております。
この場合ヤマナミの心は救われた、と言える事象なのではないでしょうか?>
俺の感傷に、俺の心を読んだマキーナが異を唱える。
マキーナはあくまで起きた事象からの推測だ。
それでも、感情があるかのような回答だな、とぼんやり思う。
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないと聞く。
ならば、高度に人の反応を学習し続けているマキーナは、もう人間と変わらない、という事だろうか?
『……色々と、余計な事を考え過ぎだな。』
ヤマナミの幸せな記憶という風景を越え、俺は例の透明なチューブが無数に走る工場のような場所まで戻る。
<この場所もじきに崩壊すると予想されます。
急ぎ脱出を。>
百歩神拳で空間にヒビを入れつつ、そのヒビに向けて跳躍する。
俺は両手を顔前でクロスすると、空間を割って元の世界へと飛び出す。
気分は昔見たアニメのオープニングにあったワンシーンだ。
飛び出した先は元の薄暗い地下空間。
竜胆にクロガネ、二人とも驚いたようにこちらを見ている。
『そういや、こっちとあっちだと時間の流れが違うんだったか。』
<こちらの世界の時間で言えば2.87秒という所でしょうか。
ギリギリ3秒以内で収まりましたね。>
それは驚きもするか。
理屈はわかっていたとしても、彼等から見れば俺が突入したと思ったらすぐに脱出してきたようなものだ。
「お、オッサン!いきなり出てきたって事は、やっぱ駄目だったのかよ!?」
『バカ言え、終わったから出てきたんだよ。』
俺の言葉に言葉を失うクロガネ。
俺達を襲おうとしていた光る触手もその攻撃が止まり、何かを求めるように天に伸びたかと思うとほどけるように光へと変わっていく。
「……田園殿、本当に終わったのか。
その、ヤマナミは……。」
相も変わらぬクソ真面目な表情のまま、竜胆が周囲を警戒しながら俺に疑問を投げかける。
俺はあの水晶、“賢者の石”と呼ばれたそれを振り返る。
『……残念ながら、か。
或いは“救ってやった”と言える結果だった、らしい。
まぁ、ホレ見ろ、何にせよ終わったは終わったぜ。』
俺が指を指すと、ちょうど賢者の石が崩壊を始めていた。
割れ、砕け、破片が少しずつ地に落ちる。
そうして砕けた破片から淡い光の玉が浮かび上がり、この地底から上へと上がっていく。
『……あれは、何だろうな?』
「恐らくは、“魂”だろうと思う。
この咲玉で、急激に昏睡状態になる症例が観測されている。
肉体は機能を保ったまま、意識だけが無くなる、という病だ。
多分それが、今解消されて元に戻ろうとしているのだろう。」
地底から上を目指す光の玉を見上げながら、“あの内のいくつが元に戻れるのだろう”と、ぼんやりと考えていた。
恐らくは間に合わなかった奴もいるはずだ。
それを思うと、少し胸が痛む。
「お、坊や達、やったようだな?」
光を見上げ、少しの間感傷に浸っていると、更に地下から獣の咆哮のような、大地を揺らす叫びが聞こえた。
コノハナサクヤの断末魔、と言うヤツなのだろう。
後どれくらいこの場に留まれるかわからなかった俺としては、これで憂いが無くなったと言える。
まぁ、あいつ等が全員無事という可能性がどれくらいあるのか解らない。
ただ、きっと全員無事だろう、という不思議な確証があった。
この世界は、どうやら転生者ではなく、この世界の住人を主人公に選んだようだ。
ならば、あいつ等はきっと無事だ。
ここまで来て、バッドエンドは締まらないからな。
「お、おっさん、アンタも何か光ってるぞ!?」
『あ?あぁ、役目を終えたからな。
本来なら転生者とやり取りした時に消えようかとも思ったんだがな、それじゃお前等が心配するかと思ってな、もう少しだけ留まってたんだ。
まぁロスタイムみてぇなもんだよ。』
“何だよそれ、意味わかんねぇよ”とクロガネは笑う。
竜胆は変わらぬ真面目な表情のままだ。
「行ってしまわれるのだな。
……その、残念だ。
もう少し、こことは異なる世界の事を聞きたかったのだが。」
「あ、そうだよ、刀くれよ刀!
オッサン消えても残るようなやつ、造れねぇのかよ?」
全く、コイツは。
俺は少し笑うとマキーナに指示し、左手の手甲の隙間から刀を取り出す。
俺の二の腕よりも長い、どこにしまわれているのか俺にも解らない、刀身が真っ黒なその剣を地面に突き立てる。
『相棒に言って、俺が消えてから5年は残る刀を用意してやった。
しばらくはこれを使え。
そこから先は知らん。』
“何だよそれ!”とクロガネは抗議したが、それ以上の事をしてやるつもりも無い。
こいつ等の腕なら、すぐにこれ以上の刀を見つけるだろう。
『それじゃあな、あばよ。
仏頂面の魔法使いに、お調子者の召喚師。
達者でな。』
「オッサン、歳なんだから無理すんなよ。」
「大変参考になった。
いつか、タゾノ殿の願いが叶う日が来る事を祈っている。」
別れはあっさりとした物だ。
だが、それでいい。
俺は、また俺の旅を始めるだけだ。
「……5年か。」
「何だよクロガネ、そんなに時間あったら次の得物を見つけるくらい、どうって事無いだろう?」
クロガネは刀身を検める手を止めて、彼の相棒にニヤリと笑いかける。
「いや、ウチの実家にコイツを送ってよ、材質を解析させるには足りるかなってよ。
ウチの実家は町工場だがよ、金属に関しちゃその辺の学者先生より詳しいのがいるからな。
こいつ、軽いのに異常に剛性が高いからよ。
こいつが複製出来れば、面白い事が出来そうだなって。
……何ならモーター駆動用の外骨格フレームとか、面白そうじゃねぇ?」
「……やれやれ、お前は本当に。」
竜胆は呆れながらも、自身もまた、まだ見ぬ技術や知識に興味をひかれていた。
ただ、それを表に出すのは何か悔しかったので、いつも通り平静を保ったフリをしながら、だったが。
「竜胆さぁーん!クロガネさぁーん!」
遠くから、自分達を呼ぶ声がする。
振り返るとそこにはボロボロの学生服を着た、頼もしい戦士達。
ヘロヘロになりながらも互いに支え合い、こちらに向かってきていた。
竜胆とクロガネは互いに顔を見合わせ、苦笑しながらも歩き出す。
人知れずこの世界を救った、若い英雄達を凱旋させるために。




