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異世界殺し  作者: Tetsuさん
光から呼ぶ声
624/832

623:崩壊

「ここは?」


元の青年の姿に戻り、周囲を見渡す彼。

俺の姿を見てぎょっとしていたが、特に何もしてこないと見るとすぐに落ち着きを取り戻す。


『随分冷静だな?

俺がアンタに何か酷い事をするかも知れねぇのに。』


「いや、それならボクをこうして元に戻したりしなかったはずだ。

先程までの、自我の無い方のボクの方が君達“組織”には都合がいいはずだからね。」


そう言いながら彼は、心底疲れ切ったように力なく笑う。

安楽椅子に大きく寄りかかりながら、“それで、次はどんな事をさせられるんだい?”と、もはや他人事のように自分の運命を受け入れている。


『……別に、何かをしてもらおうと……。

いや、そうだな。

……とりあえずアンタ転生者だろ?

その力が流出しているこの状況をどうにかしたいんだが、どうすれば止まる?』


「……今度の悪魔はおかしな事を言うね?

君は何ていう悪魔なんだ?

そんな外見をしているのに秩序側なのか?それとも混沌側の気まぐれか?」


ここまで言われて、俺自身がやっと思い出した。

俺は今変身している。

変身している俺の姿は、髑髏の仮面をつけて軽鎧を身に着けているような姿だ。

それを見て悪魔と勘違いしてもおかしくはない。

マキーナに確認しても、この場所なら別に変身解除しても問題はなさそうだ。

俺はヘルメット部分を解除すると、彼の前に顔をさらす。


「おう、変身後の姿を忘れていたぜ。

これなら少しは話しやすいか?

色々と勘違いしているみてぇだが、まず俺はアンタの想像する“組織”とやらは無関係だ。

俺は“異邦人”。

アンタに似ているが、俺は転生ではなく、この世界に流れてきた世界の異物、だよ。」


そうして、俺はここにいる理由を話す。

不慮の事故で死ぬ寸前であること。

元の世界に帰るためには、世界のエネルギーを集めなければならないこと。

あの神を自称する存在の危険性、転生者のからくり。

大体どの異世界でも話していた事だ、だいぶ慣れた。


彼は、最初に俺を見た時はひどく驚いていたが、俺の話を聞いているうちにうつむき、肩を小刻みに震わせ始める。


「……という所だ。

まぁ、なんだ、そんなに気を落とすなよ、お前だって……。」


「……フフフ、ククク、ハァッハッハッハ!!

何て事だ、ボクは何のために転生したんだ!!

確かに僕はあのまばゆい光の玉に願った!!

“神も悪魔も従えて、永遠に幸せな人生を生きたい”と!!

だが結果はどうだ!?

神にも悪魔にも使われる道具として、何もない魂の牢獄に、永遠に囚われているだけじゃないか!!」


その両目からは、ただただ涙が流れ続けている。

精神世界だからか、感情を隠しておくことが出来ないからかもしれない。

この空間、彼の精神の底の底、深層心理が具現化した世界なのだとしたら、恐らくここでの彼は嘘をつけない。

悲しみを全身で表し、怒り、そして嘆く。


一通り暴れて落ち着いたのか、ようやく平静を取り戻して俺に向き直る。


「なぁ田園さん、お願いがあるんだが、ボクを殺してくれないだろうか?」


爽やかな表情で、まるで“ちょっとそこのコップを取ってくれないか”というような気軽さで。

彼は自らの消滅を俺に頼んできた。


「……まぁ落ち着けよ、俺の目的である“あの存在との接続”を切れば、多少は俺も手伝える。

そうなれば、現状をどうにか……。」


「ボクは!そんな事を頼んでいない!!」


剥き出しの感情で、彼は俺の言葉を遮る。

その時俺は、クロガネの言葉を思い出していた。

“表層の心は死んでいる”

彼も、それを感じ取っているのだろう。


少しの間、にらみ合う俺と彼。


必死に頭を巡らせるが、対応策は考え付かない。


(マキーナ、何とかならないのか?)


<現状では、私は彼と同じ結論にたどり着きます。

今世の生還は“確実に不可能”と判断いたします。>


頼みの綱のマキーナも匙を投げるレベルという事か。

肉体は水晶体に閉じ込められており、細胞レベルでは既に損傷している。

賢者の石化するにあたり、“組織”とやらは彼の心を徹底的に折っている。

かろうじて残った、いや、“組織”があえて残した魂の残滓、“深層心理”はここに閉じ込められている。


ダメだ、どうにもならねぇ。

既に彼は、“生きながらにして死んでいる”というような生易しい状態じゃない。

“とうに死んでいるのに死ねない”という、どうしようもない袋小路に入っている。


「……わかった、俺からアンタに提示できる道は3つ。

1つは元の世界に帰る、1つは記憶はそのままに転生する、そして最後の1つは……。」


「最後の奴で頼む。

あぁ、君に権限を渡すよ、いくらでも渡す。」


またも俺を遮るように言葉を発する彼。

彼の言葉に反応し、俺の目の前にはこの異世界のステータス画面が表示される。

もはや、1分1秒でも惜しいといった様子だ。


「……わかった。

アンタはここで死ぬ。

今世の記憶も、あの存在からもらった不正能力(チート)も引き継がれない。

いつか生まれる、どこかの誰かとして人生を歩む事になるだろう。」


俺の言葉に、彼はようやく安心したような笑顔をむける。


「それは素晴らしい!!

転生してわかったよ。

人は、いやボクには“己の(うつわ)を超えた欲望”なんて不要だった!!

自分の器よりも大きすぎる欲望や力は、結局こうして誰かに利用されて終わるだけだ。

ボクは、ボクはボクはボボボボクククははわはわは……。」


ヤマナミは唐突に声を張り上げると叫びだし、そして最後は壊れたレコードのように意味不明な言葉を叫ぶ。


<勢大、急いでください。

安心してしまったのか、ヤマナミの自我が限界を向かえつつあります。

このままでは、崩壊した彼の精神に取り残される事もあり得ます。>


馬鹿野郎、そういう事はもっと早くに言えよ!

俺は急いで髑髏の仮面を装備しなおすと、あの存在との接続を切る。


<緊急転送しますか?>


『いや、最後に一言くらいは挨拶しておきたい。

脱出するぞマキーナ!!』


足元の浅い泉の水が波立ち、先ほどまでの透明な水がじわじわと黒く濁っていく。

俺は檻を抜け、中央のらせん階段へと走る。

らせん階段を駆け上りながら檻にチラと目をやると、真っ黒に染まった彼が狂ったように踊っていた。

楽しそうに踊りながら、徐々に体が崩れていく。


確かに、この記憶を引き継がなくてよかったのかも知れない。

そんな事を思いながら、俺は彼の世界から抜け出すべく駆け抜けていった。

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