619:戦いの中で
「稲田の姫よ、櫛もて踊れ、蛇祓う勇に力を。
“奇稲田の舞”!」
竜胆が言葉を紡ぐ。
竜胆とクロガネの体がボンヤリと淡く光る。
「へっ、悪魔が増えるまではこれでやってきたんだ。
どうだい?あてが外れたか……よっ!!」
言い終わるが早いか、クロガネが踏み込む。
体感的に、シルキーの身体強化魔法と同等か、もしくはやや上位、そんなところだろうか。
踏み込みも太刀筋も、既にハッキリとは見えない程には加速している。
『おぉ、早い早い。
なるほどなぁ、……よっと、そりゃあそうか、悪魔を手に入れるまで何とか出来なけりゃ、未だに生き残っちゃいねぇか。』
「……くっ……そっ!!
なら一発ぐらい当たれよ!!
お前が全力を出してるのと同じ速さのはずだろうがよ!
お前のっ!そのスーツの!能力かっ!!」
矢継ぎ早に繰り出されるクロガネの太刀筋を肌で感じ、かわす。
残念、確かにマキーナの起動予測もあるが、今は邪魔なんで使ってないんだ。
マキーナの力を借りるまでもない。
太刀筋は見えなくとも、音は感じる。
空気の流れを感じる。
人間は視覚だけでモノを感じる訳じゃない。
刃が斬り裂く空気の音、息遣い、足音、衣ズレの音、物体が動く空気を肌で感じ、金属の匂い、体臭の匂い。
全てが攻撃をする際に発する情報だ。
視覚以外にも存在するそれらの情報をつなぎ合わせ、足りない情報を補う。
そうすると、どうしても通らなければならない足の運び、腕の動き、そして刀の軌跡が見えてくる。
見えるなら、後は反射神経の問題だ。
そして俺はそれなりに反射神経は良い方だ。
全てを紙一重で避けてカウンターを狙うが、それはそれでクロガネも野生の勘だろうか、危険を察知するとすぐに攻撃線を外すように避ける。
「クソがっ!本来なら掠るだけ、いや掠らなくても電撃の余波に感電して、次の行動が取れなくなるはずなのによ!!
マジでそのスーツは厄介だなぁ!!」
『いいだろ?この旅が始まったばかりの時、俺の親友から貰ったんだ。』
“あぁそうかよ!”とクロガネは忌々しそうに吐き捨てるが、それ以上の悪態は出てこない。
根は良い奴なんだろうな、と回避しながらボンヤリ思う。
竜胆もそうだ。
この鎧を、そして彼を侮辱されたなら、俺はその瞬間に頭の中の何かが切れるだろう。
“道具や想いには真摯な奴等”
俺の中では彼等はそんな評価だ。
そんな彼等だから、殺すのは忍びない。
『それでも、やらなきゃなぁ。』
微かに肌に感じる空気の乱れ。
荒い呼吸音。
そろそろ……、ここだ。
踏み込みすぎた大振り、引き戻せずに振り抜いたその隙。
俺はつま先に力を入れると、前へと踏み込む。
「させるか!
“我求む、幾千の兵を屠る打撃、千手鏖殺”!!」
クロガネの顔面に放つはずの一撃は、しかし突如空間から現れた手によって止められる。
即座にバックステップで距離を取るが、俺のいた場所に次々と無数の巨大な拳が振り下ろされる。
『中々いい手を持ってるじゃねぇか。
猫の手も借りたい現場なら、大助かりだろうな。』
軽口を叩きながらも、次々と降ってくる拳をかわす。
まるで誘導装置でもついているかのように、降り注ぐ拳は正確に俺のいた位置へと落ちる。
(ただ、正確すぎるな。)
これは竜胆なのか、それとも術に力を貸している存在の影響なのか。
全ての攻撃がキッチリと、外す事なく俺へと降り注いで来てしまっている。
当然、向こうも予測をしているのか俺が向かいそうな先、取りそうな位置に対して攻撃を落としている。
ただ、そこまで機械のように正確だと、かえって予測はたてやすい。
「うぉら!順ちゃんの術に必死になってると、俺の攻撃を見逃すぜ!!」
無数の拳の合間をぬって、クロガネも刀を振る。
ダメだな、俺がなんの策もなくただ躱して逃げ回っていると思い込んじゃ。
「……!?
クロガネ!一旦距離を取れ!!」
竜胆は気付いたか。
俺は攻撃をかわしながら、遂にたどり着く。
地面に突き刺さっている俺の刀。
その柄を握る。
「殺ったぁ!!
……あ、しまっ……!?」
俺に刀を振り下ろす瞬間のクロガネが、勝利を確信した顔から焦りへと変わる。
俺の刀は青白く発光し、その刀身が細かく振動を始める。
『悪いな、普通のヤツなら疲労困憊になってるんだろうが、俺は特別でね。
例え全力で戦い続けていたとしても、連続で3日間くらいまでならぶっ続けで戦えるんだ。』
青白く光る刀の軌跡。
たまにしか見ないが、これはこれで実に綺麗だなと思う。
まるで、一瞬空中に咲く青い花弁の様だ。
雷光を纏ったクロガネの刀を叩き斬り、降り注ぐ拳もその場で刀を振り回し、次々に斬り払っていく。
「クッ、流石にここまでか……!!」
魔力の放出を止め、膝をつく竜胆。
なるほど、魔力を放出する限り継続する系の魔法だったのか。
継続する系は確か、普通に魔法を放つよりも膨大な魔力を使うんだったか。
昔、どこかの世界で俺に魔法講義をしてくれた奴も言ってたなぁ。
“1分放出し続けられたら、ソイツはもう大魔導師か賢者レベルだ”とか言ってた気がするから、そう考えるならコイツはやっばり凄い魔法使いなんだろう。
『さて、今度はこちらの番……。』
「お、おい、アレ……。」
静かに刀を持ち上げて正眼に構えた時、クロガネが俺の後ろを指差す。
『オイオイ、今更俺がそんな見え透いたフェイントに引っかかるとでも思っ……。』
「違う!マジで後ろ!後ろ!!」
焦った様な素振りで後ろを指差すクロガネ。
その表情に嘘は無い。
念の為にと数歩横に動き、視界の端でクロガネ達を収められるようにしながら後ろに意識を向ける。
『……何だぁ?ありゃあ?』
転生者が固められた水晶、彼等風に言うなら“賢者の石”から、数本の光る……どう見ても触手が伸びていて、風もないのにユラユラと揺れている。
「……な、なぁオッサン、俺、すげぇ嫌な予感がしてるんだけど。」
『……奇遇だな、俺もだ。
一応聞いておくんだが、この後どういう展開になるか想像はつくか?竜胆。』
俺とクロガネは、2人共同時に竜胆を見る。
竜胆は少し考える仕草をした後、いつも通りに真顔で答える。
「男3人の触手モノとか、どこに需要があると思う?」
その言葉をきっかけに、いくつもの光る触手が俺達に襲いかかってくるのだった。
失礼しました!
書きながら寝て、投稿までたどり着いていませんでした!!




