61:混乱の街
「成仏してくんなまし……よっと。」
音を消して後ろから近付き、投げナイフを魔物化住民の頭部に突き刺す。
サラ嬢率いる一行は、結果として派手に暴れているらしい。
まぁ、それなりの人数が戦闘しながら目的地に向かえば、どうしても戦闘音が目立つ。
そうなると、徘徊している魔物化住民はそちらに向かってしまうのだろう。
お陰で、殆ど戦闘らしい戦闘をすることなくキンデリック組のたまり場である、しけた酒場まで来ることが出来た。
入口が内側からぶち破られたように砕け散り、人間だった残骸がそこらに散らばっている。
(……いるな。)
隠しきれない殺意を感じる。
トンファーを左手に持ち替え、即座に投げナイフを取ると、店の奥に見えた何かに投げつける。
「ぐっ!」
そのくぐもった声をきっかけに、店から4人の覆面をした黒ずくめ達が飛び出してくる。
音もなく俺の周囲を取り囲み、それぞれが短剣を逆手に構える。
完全にそれ専門の奴等なのだろう。
短剣を抜く鞘走りの音すら聞こえなかった。
「……サプライズパーティーを開くにしても、今日は何の記念日でもないぜ?」
俺の軽口にも反応せず、正面に一人、左右に一人ずつ、背面に一人と、静かに配置につく。
「……無敗の噂、試させてもら……!?」
目の前の覆面が言い終わる前に走り出す。
走り出しながら、振り返らずに下手投げでナイフを後ろに投擲。
正面の男が突き出したナイフを左手のトンファーで受けつつ、その脇をくぐるように抜け、振り返りながら右腕で首を絞める。
絞めつつ背中の中心をトンファーで押し、腹を突き出させる。
左右の男達が突き出すナイフを、俺の代わりに受け止めて貰う。
刺さったナイフを抜こうとした右の男の顔面を、トンファーで思い切りぶっ叩く。
両眼の辺りでグシャリと音がし、手応えを感じる。
トンファーをクルリと回し、左の男に向き直る。
投げナイフが刺さった、後ろから迫っていた男と、俺の代わりに二人のナイフを受けた正面の男、それにトンファーをモロに顔面に受けた男が、同時に崩れ落ちた。
「さて、あっという間にお前さん一人になったな。」
覆面で表情はうかがい知れないが、見えるその目には驚愕の感情が浮かんでいるのがわかる。
「一人残ったお前さんにゃ、色々と聞きたいことがあるんだが、どうだい?何か話してくれたりするかい?」
ダメ元で聞いてみる。
大抵の場合、この手の奴等は何も話さないだろう。
「我々の……は、…………だ。」
「あぁ?よく聞こえねぇよ。」
それが狙いと解っていても、あえて数歩近付く。
心理的優位に立たせれば、何かを話してくれそうだ。
「我々の目的は、お前の足止めだっ!」
覆面の男が懐から何かを取り出し、俺に投げつける。
当然予期していた事だから、トンファーで打ち払う。
しかし投げつけられたソレは、トンファーに打ち返されることなくその場で割れ、中に入っていた緑のガスが俺に纏わり付く。
「これは、……例の魔物化の薬か!?」
全身に痺れがはしり、視界が歪む。
高熱を出したときのように全身から力が抜け、頭の中がかき混ぜられたかの様に痛む。
「ククク、無敗のキルッフも所詮は噂か。
あのお方が編み出したこの毒は、平時でも麻痺毒として使われるが、結界の張られたこの状態では更に魔物化のオマケ付きだ。
存分に堪能してくれ。」
俺は膝から崩れ落ちながらも、震える右手で覆面男を掴もうと手を伸ばす。
「ま、待て……、あのお方……だと……。」
覆面男はこれ見よがしにゆっくりと短剣を構え、俺に近付く。
「お前もよく知ってる男だよ。
我等帝国暗殺教団の元締めだ。
しかし、今はそんな事は重要じゃない。
一緒に来た仲間は全滅したが、あの“無敗のキルッフ”の首を取れるとはな。
帝国に良い土産話が出来る。
……では死ね!!」
振り下ろされる覆面男の腕を、右腕の内側で受ける。
短剣が頬を掠めるが、心は揺れない。
そのまま右手を巻き付けるように絡め、勢いを利用して下へ落とす。
落とす最中に左のトンファーで脇腹に一撃当て、前屈みになったところを更に左膝を中心に半回転させ、地面へ落とす。
右手で覆面男の腕をねじり、左のトンファーで肩の付け根を抑え込む。
“よいしょっと”と言いながら左膝を持ち上げて相手の背中にのし掛かれば、“腕固め”の完成だ。
捻る腕から短剣が落ちるのと同時に、胸の黒薔薇がポトリと覆面男の髪に落ちる。
「おや、中々小洒落た髪留めだな、似合ってるぜ。
さて、他に話したいことは何かあるかい?」
「グ、ギ、ギ、貴様ぁ!!ワザと受けたフリを……!」
覆面男が苦しそうに藻掻きながら、そう呟く。
「まぁね、ヤバいかなと思ってたけど、お前さんから素敵なお話を聞くには、これくらいしか手が思いつかなかったからな。」
「グッ……、無念!」
“しまった”と思ったがもう遅い。
もう少し話が聞ければと、口を自由にしていたのが失敗だった。
覆面男が強く歯を噛むと、押さえていた全身から力が抜けていく。
“コイツらは奥歯に何か仕込んでいる”と迷宮の時に認識していたが、今その事を失念していた。
「やれやれ、そんな呆気なく自害しなくても良いだろうに……。」
立ち上がり、酒場の中に入る。
想像通り、中も死体で溢れている。
あの5人が潜んでいたから、もう生き残りはいないだろうと思っていた。
「あに……兄貴ぃ……。」
死体をかき分けて抱き起こすと、モヒカン男の息がまだあった。
ただ、“まだ息がある”だけだ。
腹に致命傷の穴があき、臓物が零れている。
左目も潰され、全身に浮き出た血管のようなモノが弱々しく脈打っていた。
並の人間ならとっくに絶命している。
魔物化の影響が、この男をまだ生かしているのだろう。
「へへ……、ドジ……踏んじまいました……。」
「オヤジは?」
近くに転がる水の瓶を拾いながら、そう言葉をかける。
もう喋るなと声をかけてやりたい。
ゆっくり休めと言ってやりたい。
だが、今はソレが出来ない。
瓶のコルクを口で抜き、水を飲ませてやる。
「あぁ……、すいやせん。
オヤジに、の、飲めと言われて……。」
焦点が定まっていない。
話も飛び飛びだ。
「く、組の、最後の仕事だって。
戦争だって……。
お、俺達は、住民を守れと……。」
もう一度水を欲しがったので、飲み口をモヒカンの唇に付けた。
そのときにはもう死んでいた。
瓶に残った水を一口飲み、放り投げて捨てる。
死臭の中を立ち上がり、カウンターにある無事なグラスに、蒸留酒を注ぐ。
死んでいる奴等の顔を見る。
最近は組に長くいなかったが、それでも少なくない時間、ここで過ごした。
当然、見知った顔が幾人もいる。
カタギになって結婚すると、俺に相談してきた奴もいる。
自分がヤクザなのかドカタなのかわからないと笑ってた奴もいる。
俺をキルッフと認識してようとそうで無かろうと、俺にも思い出は、少しは出来ていたようだ。
「すまねぇ。仇は取る。」
火を付けて弔ってやりたいが、人が迂闊に入り込めないこの状況では、下手したら周辺に燃え広がっちまう。
すまんな、皆。
弔いは後だ。
俺は酒瓶をグラスの隣に置くと、酒場を後にした。
この煮えたぎる感情をぶつける為に。




