616:原初の海vs護国の神
ティアマトは歌う。
収束する魔法陣は光に溢れ、さながら小さな太陽の様に輝いている。
<フム、西の神とやらは芸が無いのぅ。
……それはもう、見飽きた。>
俺の体が突然動く。
自分でも認識できない速さで、右腕が動く。
……多分、刀を抜いたと思う。
斬った?のか?
魔法陣は横一文字に斬り裂かれて崩れ、ついでにその奥のティアマトの頭からも液体が噴き出す。
<おぉ、これで死なぬとは、やはり神とはそうでなくてはな。
殺し甲斐が無い。>
その後にくる激痛。
体がまるで無理やり引き裂かれてバラバラにされたような痛みが走り、意識が飛びそうになる。
『な、何を……しやが……!!』
<カカカ、お主も武士ならば、この程度耐え抜いてみせよ。
我が生きていた頃は、この程度で泣き言を言う者なぞ、元服前の童子ですらおらなんだぞ?>
武士じゃねぇ!と叫びたかったが、それどころでは無い。
また俺の意思とは関係なく、太刀を抜くとティアマトの頭まで飛び上がり、一息に振り下ろす。
ティアマトも腕に魔力を集めて防ごうとするが、一刀両断で縦に真っ二つにされる。
『……腕が……!!』
強引に筋力を引き出され、全身の筋肉をフルに使っての斬撃。
腕の筋肉が引き千切れ、骨が折れるかと思う程の斬撃を放ち、着地する。
それでも、ティアマトはやはり水の悪魔だからだろう。
すぐに元通りになると、また歌い始める。
<やれやれ、本当に芸の無い神だのぅ。
アメノウズメノミコトでも見習って、裸踊りでもせぬか。>
意識が飛びそうな程の激痛。
だが次の瞬間には、空中に浮いた無数の魔法陣が全て斬り裂かれる。
(このままじゃ、俺が死ぬ!!)
流石は護国の神様だ。
もうそれは認めよう。
そして、これが神の力を使った全力の戦いであるという事も理解できる。
ただ、それを活かす俺の体が、器が圧倒的に足りない。
これなら、正直先程までの方が、まだマシまである。
「おっさん!!
アナライズ出来た!!
そいつの胸の中心!そこに核がある!!
何とかそいつを露出させてくれ!!
後は順ちゃんが引き受ける!!」
<フム、楽しい時間ももう終わらせねばならないようだな。
お主ももう限界そうであるからな。
……あと一撃、壊れてくれるなよ?>
俺の体が自然と腰を落とし、太刀を両手で持つと肩に担ぐ。
『……何でもいい、気合見せてやる!
だから、確実に頼むぜ神様よ!!』
喜悦の感情が俺の頭に広がる。
多分これは俺の感情じゃない。
俺に入り込んでいる、この護国の神とやらの感情だろう。
<良かろう、興が乗った。
瞬きの間だけでも、力を見せてやろう。>
“今までのが全力じゃなかったのかよ!”そう叫ぼうとした俺の意識が細切れになる。
激痛のショックによる失神と覚醒。
それを延々と繰り返していた。
その速さはまさしく神速。
肩に担いだ太刀を飛び上がりながら振り下ろし、胸を縦に斬る。
振り下ろした刀の刃を返すと、同じ勢いで斬り上げ、今度は僅かに斜め下から右上に刃を通す。
また刃を返すと少しずらした位置から斬り抜く。
無限とも思える意識の断続の上、ティアマトの胸の中心部には、さながら真っ黒な円の様に見える斬撃跡が現れる。
<星の瞬き、北斗の星よ、添星よ、不動なる昴よ。
いざ我の前に立つ不届き者に、天の一撃を。>
その斬撃で出来た円の周りに、8つの黒い丸が現れる。
<いざいざ受けよ、九曜の光。
これぞ、新たなる皇となる筈だった者の、無念の一撃なり。>
擦り切れる寸前の精神、ほぼ真っ白になった視界の中で、俺は場違いな事を考えていた。
“そういえば彼もまた、夢破れた者だったか”と。
胸に伝わる悲しみ、怒り、嘆き、恨み、……そして無念。
それでも、後悔の感情だけはなかった。
その時を、精一杯生きた自信がある、と言う事なのかもしれない。
もしくは、死した事でその念は薄れたのかもしれない。
それは本人ではない俺には解らない。
ただ、結果として目の前のティアマトは上半身が吹き飛び、残された胴体には露出した核が残るばかりだった。
<フム、何とも小賢しい。
ついでにあの玉、たたっ斬ってやろうと思ったが、対神防御とはな。
まぁこれくらいでよかろう。
我の役割は終いじゃ。
達者で生きよ、異なる星の元に生まれた、ただの人間よ。>
次の瞬間、俺の装備が元に戻る。
俺は全身を何万回も引き裂かれるような激痛に、声にならない声を上げながらその場に崩れ落ちる。
<勢大!?無事ですか!?
すぐに応急手当モードを起動します!!>
「田園殿!よくぞやってくれた!!
「我、当代竜胆順太郎が命ず。
神凪ぐ黒の焔、魔凪ぐ赤の焔、今ここに顕現せよ。
守護の迦楼羅、倶利伽羅の火。
我が全ての魔を喰らい、全てを燃やし尽くす神罰の炎となれ!!
真・不動明王黒龍炎!」
それはもう、炎というよりは可視化出来るレーザーとか、ビームの方が表現は近いかもしれない。
竜胆が以前に見せた同じ技とは思えない、炎の龍。
それが真っ直ぐにティアマトの核に進み、その牙で喰らう。
ティアマトも修復しようとして肉体を再生しかけていたが、そんなものなどお構いなしに引き千切り、天に向けて上昇する。
バキリ、という巨大な破砕音が響いたかと思うと、その直後に周囲がまるで昼間になったかのような大爆発を起こしていた。
身動き一つ取れない俺は地に伏したが、それでもティアマトを見ていた。
まばゆい光の中でティアマトは、ゆっくりとその体が崩れていき、その伝承の通り海水となって溶け出す。
ただ、その水は俺に届くことなく、全て地下に吸われていった。
<ティアマト、消失を確認しました。>
マキーナの声が遠く感じる。
“やれやれ、また気を失っちまうのかよ”
そんな事を稽えながら、俺は目を閉じる。
クロガネだろうか、竜胆だろうか?
遠くで、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。




