615:守護
先の尖った氷柱が次々と大地をえぐる。
えぐった穴を炎が埋め尽くし、突き刺さった氷柱を伝うように雷が縦横無尽に駆け巡る。
スカアハが苦し紛れに槍を放つが、その槍も途中で雷を無数に受けて速度を落とし、ティアマトに届くことなく地に落ちる。
槍を放った事が隙となり、炎の塊がスカアハを包む。
「クソォ!!シルキー!!」
クロガネの叫びも間に合わず、シルキーが回復魔法を使おうとするもスカアハは燃え尽きて崩れ落ちる。
『止まるな!動け!』
思わず声をかける。
すんでのところでクロガネとシルキーは氷柱をかわせたようだ。
「このままじゃジリ貧だぜ!?
オッサン何か良い手は無いのかよ!!
その形態の時は物理攻撃以外効かねぇんじゃねぇのかよ!!」
<推奨いたしません。
あの悪魔の魔法は既に物理の領域に到達しております。
炎の魔法ですら、“質量を持った炎”と同様です。
古代の神の名は、流石に伊達ではないようですね。>
何とも嬉しい観測結果だ、泣けてくるぜ。
ただひたすらに魔法を垂れ流してきて近付く事すらできないティアマト相手に、こちらは既に脱落者、いや脱落した悪魔が2体。
しかもどちらも前衛で、本来ならティアマトにダメージを与える役割だったはず。
それが戦闘開始の数分で起きた結果だ。
長引けば、いや、このままなら長引く事すらないだろう。
『クロガネッ!俺に強化魔法をかけろ!!』
「何か策があるんだな!?シルキー!!」
クロガネの叫びと共に、シルキーの魔法が俺に届く。
全身が軽く感じ、時間の流れが遅く感じ始める。
『そんなもんねぇ!!
しばらく俺が攻撃を受け持つから、その間に何とかしろ!!』
そう怒鳴りつけると、ティアマトまで一気に走る。
加速しながら接近してくる俺目がけ、次々と氷と雷と炎の塊が押し寄せる。
加速した感覚、マキーナの予測線、それらが合わさってかろうじて見える、回避できる道をたどる。
避け続ける俺の動きがティアマトの癇に障ったのか、魔法陣の大半が俺を向く。
いいぞ、俺に意識を向けだしたな。
さて、ここからだ。
「クロガネ!イツァム・ナーを寄越せ!
……それと、非常事態だ、アレを使っても構わん。」
アレ?なんだ、まだ隠し持っている何かがあるのか?
そう聞きたいところではあるが、今はそんなことに意識を割ける余裕はない。
クロガネも竜胆も、既にお互い何かの儀式に入っている。
よっぽどの大技でもやろうとしているのか、もはやこちらの事など意識にも無いように何かの作業に集中しているようだ。
その、ほんの数分。
それが俺には無限に広がる地獄の様にも感じられる。
すばしこく逃げ回る俺に完全に興味を持ったのか、ティアマトの意識は完全にこちらを向いて、全ての魔法を雨霰のように俺に叩き込んでくる。
攻撃予測線はもはや面になり、陣取りゲームをしているような気分だ。
『何でもいいから早くしてくれ!!』
全身が悲鳴を上げている。
目からは恐らく血であろう、涙とは違うドロリとした液体が流れて出してきているのが解る。
鼻からも、食いしばる口からも流れ出ているのがわかる。
ここらで何かの逆転劇でも無ければ、そろそろ流石に……。
『……しまっ……!?』
全身の疲労が限界に達していたからだろう。
完全に影響範囲から外れきれず、近くに落ちた雷撃の爆風で俺の体が一瞬浮く。
マキーナの予測が最大限の警告を発する。
攻撃予測線、いや面は、視界中に広がっている。
浮いた体が着地する、そこから回避で動く、でも着弾範囲からはギリギリ逃れきれない。
『くぉぉぉ……。』
それでも必死に走るが、予測通りあと一歩のところで炎の塊が俺を焼き、雷が両足を炭に変える。
最悪だ、よりによって足という機動力を削がれるとは。
回る疲労と激痛が、俺の思考を奪う。
空から降り注ぐ無数の氷柱が、ゆっくりに見える。
あぁ、アレだ、雪の降り始めに空を見上げた時、こんな光景を見たな。
はは、懐かしいな、あれはいくつの時の冬だったか。
「……えぇい!後々どうなっても知らねぇからな!!
“坂東の虎、護国守護の神”!!
当代黒鉄がここに乞い願う!!
今ここに顕現せよ!!」
クロガネの叫び声が聞こえると同時に、周囲から音が消える。
“何がおきた?”と不思議に思い周囲を見渡すと、まるで俺の心の中の風景、真っ黒な大地と、夕闇の空。
そこに、ぽつんと座り込む俺と、目の前には不思議な威圧感を持つ武者鎧の大男が立っていた。
-フム、お主、面白いのぅ-
-ここに在りながら、ここの縁に縛られてはおらぬ-
「……アンタ、誰だい?」
マキーナで変身していたはずが、アーマーがない。
いや、それどころか衣服すら身に着けていない。
丸裸の俺と、完全装備の武者では、勝負にすらならんだろう。
俺は座ったまま、半ば観念したように問いかける。
-ふ、ふ、ふ、名乗る程の者ではない-
-ただ、そうであるな、我を呼び出した召喚師、腕は良いようだがまだ少し若いな-
-このままでは、完全に顕現できぬ-
「何だ?それとこの状況が、何か関係あるのか?」
武者鎧の男は、面頬の奥に見える目が静かに光る。
俺は、その目から視線を外せなくなっていた。
-少し、厄介なモノがお主に取り憑いておるが、まぁ構わぬか-
-この世界が朽ちる事は、我としても業腹だ-
-少々、助けてやろう-
武者鎧の男の手が、俺の頭に伸びる。
もう、どうする事もできない。
蛇に睨まれた蛙とは、きっとこういう事を言うのだろう、そんな事を思いながら、俺はその手を見ていた。
「クロガネッ!!
術は成功したのか!?」
「わ、解んねぇよ!この爆風じゃ!!
オッサンは殺られちまっただろうから、次は俺達にく……!?」
俺は、ゆっくりと立ち上がる。
周囲に立ち込める煙が、恐らくティアマトの魔法が当たったのだろう事を理解させる。
<フム、肉体とは、これ程重いものであったか。>
<マキーナ、プログラム、原因不明の、ハッキングを……>
先程の風景で見た武者鎧の男の声が、マキーナの声と共に聞こえる。
(何だ?どうなっている?マキーナ、返事をしろ!)
<お主の戦道具には少々静かにしてもらっておる。
何、これが終われば元通りになるだろうて。
そのような事よりも、また来るぞ。>
俺を倒せなかった事がティアマトの感に触ったのか、先程よりも大きな歌声で、顔前に巨大な魔法陣が現れる。
今までの魔法を一点に集中して、俺に向けてぶっ放そうって事か。
<案ずるでない。>
俺は静かに腰を落とす。
ふと、声の主に促されて左腰に触れると、刀の鞘に触れる。
慌てて自分の体を見下ろせば、通常モードの上に武者鎧を取り付けたような、いつもとは違う格好になっていた。
<さて、今度はこちらの番と行こうかのぅ。>
俺は覚悟を決めると、右手を伸ばして刀の柄を握りしめた。




