614:幽世の世界にて
「田園殿、その……今更言えたことではないのだが、良かったのか?」
『何がだよ?』
あの子等と別れ、俺は竜胆達と行動を共にしていた。
暗い洞窟のような所をただ進み続けている。
無数の横穴があり、俺一人なら迷ってしまっていただろうが、その辺りはクロガネがガンタイプPCの画面を見ながら適宜方向修正してくる。
クロガネがマップを確認している間、竜胆がこうして竜胆がポツリポツリと話しかけてきてくれた。
多分、竜胆なりの気遣いなのだろうとは思うが。
「いや、田園殿としては、もしかしたらあの子達について行きたかったのではないか、と、どうしても考えてしまってな。
余計な気を回しているだけだとしたら、謝罪する。」
『……俺は。
……俺は、これまでずっと言っている通りだ。
この世界は俺の世界じゃない、そして俺には帰りたい場所がある。
そのために転生者の力を少し分けてもらう交渉をし続けているだけだ。
そこに、それ以上の感情はない。
……だから、別に謝罪されても困るだけだ。』
竜胆は何かを言いたげだったが飲み込んだように頷くと、PCの画面を見てウンウンと唸っているクロガネに向かっていった。
本当は、あいつ等について行ってやりたいに決まっている。
まだ会ったこともない転生者でもなければ、どこかに所属してただ命令を実行しているクロガネや竜胆とは違う。
この世界で、教師と学生という関係であれ、俺が縁を持った奴等は彼等だ。
俺は何でもかんでも人を救いたいと思う程ハッピーな頭はしてやしない。
歳をとれば出来る事、いわば自分の手の長さは、嫌というほど理解できてしまう。
超常の力を持っていたとしても、多分それは変わらない。
いや、実はこういう超常の力を持っている分だけ、自分の手の長さ以上を周囲から期待されたり、自分自身でも“もっとやれたのではないか”と期待したりする分だけ、実際は不便かもしれない。
神を自称する彼から与えられる、不正能力でもあればまた話は違うのだろうか。
思うがままに振る舞い、助けたいと思ったら鼻歌交じりについうっかり人類まで救済してしまう。
まさしく荒唐無稽な物語の主人公のような自分を想像し、思わず苦笑する。
そんな事、俺に出来るものか。
歳をとれば、命の選別を考えてしまう。
助けた誰かが、実は後々誰かを殺す奴だとしたら?
助けた誰かが、実はその後の事故であっけなく死んでしまったとしたら?
助けた誰かが、“どうしてもっと助けてくれなかったんだ”と、俺を恨んだとしたら。
その時、きっと俺は耐えられない。
無尽蔵に人は助けられない。
では、助けなくていい命を、一体俺は何の基準で選ぶのか。
<勢大、進むべき道が見つかったようです。>
マキーナの声に、思考の底に沈みかけていた俺はハッとなる。
見れば、クロガネが照れ隠しなのか馬鹿笑いしている。
竜胆が呆れたような冷めた目でクロガネを見ている。
いかんな、今はこんな事を考えている場合じゃない。
それでも、自分の手が届く範囲にいる奴等を助ければ、それで良いじゃないか。
こうして転生者を止める事は、間接的にあいつ等を救う事にも繋がるはずだ。
俺は、俺にできる事をやるだけだ。
それ以上は考えない。
そう決意を新たにし、竜胆達の後を追う。
マキーナが、静かに俺を見ている気がした。
『これはまた、何ともデカいな。』
俺達の目の前には、半透明の水晶のような肌を持つ巨人が立ちふさがる。
そいつはピクリとも動かないが、視線は確実に俺達を見ている。
やや丸みを帯びた肩や膨らんだ胸部から、それが巨大な女性の石像と理解できる。
ただ、腕が無数に生えているところが、その異形さをより印象的なものにしている。
「……先ほど、田園殿が倒したのが全ての淡水の神、男神アプスーだった。
で、あれば当然、全ての海水であり母なる海の神、女神ティアマトがいても、おかしくはないだろうさ。」
竜胆が、その巨体を見上げながら独り言のように呟く。
「さっきのアプスーは、物理的な攻撃を殆ど無効化しやがった。
順ちゃんの魔法攻撃か、あいつ等の中にいた神道使いの法術でかろうじて持ちこたえていたんだからな。
まぁだから、物理無効のアプスーをブチのめしたオッサンには期待してるぜ?
多分ティアマトは、逆に魔法関連が無効なんじゃねぇかと予想してるからな。
来い、グレンデル、スカアハ、シルキー。」
苔むした肌を持つ隻腕の巨人も、ティアマトの前ではプロレスラーと子供くらいの体格差だ。
こんなデカいのに俺の護身術が通用するのかと冷や汗が出てきたが、それでも期待されている以上はやるしかない。
『……ってかアイツ、物理無効だったのか。
よく俺の攻撃が通ったな。』
先程の、アプスーとやらとの戦いを思い出す。
特別変わったことはしていない。
質量エネルギーでぶっ叩いたのと、鎧通しの奥義を使っただけだ。
<それはまぁ。
どんなに物理的に無効化能力を持っていようと、隕石の落下の前では無意味ですから。>
あ、そこまでは耐えられない的なね。
……ってかちょっと待て、あの加速、隕石の落下クラスの加速してたのかよ。
<ティアマトが動き出します。
警戒を。>
うまく話を反らしやがったな。
もしアプスーに当たってなくて地面に激突してたら、あの子等諸共吹き飛んでいたじゃねぇか。
「・・・・・・!!!!」
ティアマトが巨体を揺らし、その頭があるらしい部分、口にあたる位置が開き、おおよそ人間のものとは違う音が響く。
少し言い方はアレだが、さながら知らない言語で歌を歌っているようだ。
その歌?音?に合わせてか、空中に無数の光る魔法陣が浮かぶ。
「来るぞ!!」
竜胆の絶叫と共に、それは放たれる。
俺の体ほどもある氷の柱、炎の柱、そして雷と、不可視の空気の刃。
それ等が次から次へと俺達めがけて降り注ぐ。
そのどれもが、一撃で確実に絶命出来るレベルの攻撃だ。
マキーナの着弾予測がなければ、俺でも全て交わすのは不可能、そう感じさせる嵐のような攻撃。
嵐が一薙ぎした後を振り返れば、グレンデルが結晶化している。
どうやら避けきれずに何かをもろに喰らったらしい。
あの巨人ですら秒殺されるレベル。
冷や汗が、背筋を伝う。




