613:別れの時
『ホラ、惚けてないで次の行動を教えろ。これからどうするんだ?』
いつまでも固まられていても困る。
学生達もジロジロとこちらを見るばかりで、何なら警戒体勢まで取っている。
あれ?これ俺が誰だかわかってないのか?
念のために、マキーナにメット部分の解除を指示し、展開させる。
ガチャガチャと機械的な動作音と共に、バイザーが開き、メット全体が折りたたまれながら後ろへと格納されていく。
「これでどうだ?ホラ、俺だ。」
「……ホントに先生だ。」
「ホラ、私の言った通りじゃない。」
「センセー、マジで強かったんだなぁ。」
「新しい敵かと……。」
「まぁ、竜胆さんが話してたから敵ではないと思ったけど……。」
生徒達は何故だか安心したように、次々と感想を口にする。
何を言っているかわからず首をかしげる。
<勢大、そういえばなのですが、彼等学生達の前でその姿を見せていないのでは?>
マキーナに言われて、はて?と思う。
そういえば、変身してコイツ等の前に立った事はあるはず……いや、実は無いのか?
よくよく思い返してみると、そういえば無かった気もする。
そりゃあ、警戒しても仕方ないか。
「田園殿、助かった。」
そんな事を今度は俺が考えて止まっていると、竜胆から声をかけられて我に返る。
そうだ、こんな事をしている場合じゃない。
「オッサンすげぇな、召喚された悪魔とはいえ、神を一撃でぶちかましやがるとは…。」
「そういうの今は…、あ、そうだよ、お前刀返せや、それ無くて前の戦い困ったんだからよ。」
クロガネが露骨に嫌な顔をすると、手に持っていた黒い刀身の日本刀を後ろ手に隠す。
子供かお前は、と思ったが、俺は悪い顔をすると“それは俺と共に消えちまうから、どうせ使えるのはこの戦いまでだぞ”と笑う。
クロガネはちょっと驚いた顔をしながらも、残念そうに刀身を撫でつつ“じゃあこの戦いが終わるまでは借りとくな”と笑顔で返してきた。
コイツは本当にブレんな。
「先生、消えちゃうってどういう事!?」
俺の言葉を聞いたタマキが不安そうな顔をして駆け寄る。
「ん?あぁ、前に言ったとおりだ。
俺はここでの用事を果たしたら次に移動するからな。
俺がいなくなった後の世界の事はどうなるか、俺にもわからん。
俺の事を覚えているのか、それとも無かった事として修正されるのか。
それは俺には解らんが、まぁ元よりこの世界にいない不純物だ。
俺は俺の用事をさっさと済ませて、それでおさらばだ。」
俺の口から改めて言われた事実に、タマキだけでなく学生達は少なからずショックを受けているようだった。
まぁ、それもそうか。
多感な時期の少年少女からしてみれば、親しい人がいなくなるのはショックを受ける話だろう。
出来るなら卒業まで面倒を見てやりたいとも思うが、俺には俺の戦いがある。
それに、と、子供達を見つめる。
ここは、俺のいるべき場所じゃない。
この子達も、こうして戦える以上、もう立派な大人なのだろう。
なら、俺程度がいなくても立派に立って歩けるはずだ。
「田園殿、そろそろいいか?
今は時間が惜しい。」
竜胆に言われ、皆今の状況を思い出す。
話を聞けば、状況はあまり良くないらしい。
神社前でギルガメッシュが組織の人間相手に奮戦していたらしいが、コノハナサクヤの力の一部が揮われた事でその均衡が崩れ、侵入を許したらしい。
今はコノハナサクヤ本体とエネルギーの塊、要は転生者か、そちらをそれぞれ龍脈上に設置し、融合を果たそうとしているらしい。
「つまり目的地は2か所、って事か?」
「話が早くて助かる。
ただ、コノハナサクヤには彼等の持っている宝刀、スサノオノミコトと同一視される夜を統べる神の力を持つ、この“吉次”でなければとどめは刺せん。」
竜胆の視線の先、ヤシオ君が持つ日本刀が目に入る。
古い造りだが、刃の部分ががっちりとした太さを持っている、明らかに実践向きの刀身をしている。
「……ヤシオ、ちょっとその刀先生に見せてくれ。」
「え?あ、あぁはい、良いですよ。」
剣道場の市販の息子、だったか。
ヤシオ君は慣れた手つきで刀を回すと、持ち手をこちらに向けてくれる。
礼を言って受け取り、刀身に手を当てる。
(マキーナ、解析しろ)
<そういうと思いまして、既に実行済みです。
完全再現は不可能ですが、一部の能力は解析しました。
“白銅鏡”という能力であり、対象の精神世界への介入を行えるようです。
これは例え相手が神であろうとも有効となります。
流石神話の世界の武器ですね。>
なるほど、物理的な太刀であり、宿った力で精神体も斬る事が出来る訳だ。
しかも、神クラスの精神体にも有効となるなら、確かにこの武器でしかコノハナサクヤは斬れないか。
いや、俺がこの能力を纏ってぶん殴れば、それでコノハナサクヤを倒せるんじゃねぇか?
<残念ながらそれはノーです。
この武器の鑑定結果から、完全に同じ瞬間に物理的な影響と精神的な影響を発生させないと神に対しては有効では無いと思われます。
私の解析した複製能力では片方を使うのが限界であり、両方を同時に実施させることは不可能です。>
なるほどね、結局この子達に行ってもらうしかない訳か。
俺は諦めてヤシオ君に刀を返す。
素早く鞘に納めるその姿は、実に堂に入っている。
「なら、まぁしょうがねぇか。
よし、お前等ちょっと行って、嫉妬深いここの女神様をぶった斬ってこい。」
何気なく、いつもの課題をやってこいというノリで言ってみたが、流石に驚かれてしまった。
まいったな、こういう時、本職じゃないから格好いいセリフもウンチクある言葉も出てこないんだよ。
「……まぁ、あんまり教師っぽい事はしてこなかったがな。
それでも、今この瞬間にも状況は悪化している。
優秀な俺の相棒が調べた所によると、この異変は今は咲玉だけに起きているが、これを放っておけばここを起点として日本を、そして世界を巻き込む滅亡の始まりになる。
そして情けねぇ話だが、その武器に選ばれたお前等に、世界の命運って奴を託すしかないようだ。
いいな、必ず解決して、生きて戻ってこい。
来週には模擬試験があるからな、早く帰って勉強するんだ。」
クスクスと笑う子供達を見て、俺は少し安心する。
これなら、きっと大丈夫だろう。
俺は俺で、転生者の元に向かうだけだ。




