610:ウカノミタマ
「何ともまぁ、トオノ家のあの襲撃でもやべぇなと思ったが、ここはそれ以上だな。」
神社というのはその存在上、過去に山だったところに建てられていることが多い。
そこから埋め立てられたり開拓されて崩されていったりで住宅街の中に出来ていたり、或いは霊脈的な理由から平地に建てられる事もあり、結果的に平らな場所に立っている神社も多くあると聞く。
しかし今回の遠坂神社は、その“遠い坂”という名前が示す通り、山の上に建造されている神社だ。
トオノ家が小高い丘なら、こちらは低めだがちゃんと“山”と言っていいだろう。
余談だが、この山の名前も“遠坂山”というらしい。
あと少しでその遠坂山にたどり着くという所で、山を見上げてため息をつく。
“山が蠢いている”
いや、正確には山が動いているわけではない。
山にまとわりつく存在。
それらがひしめき合い、まるで一つの生き物のように脈動しているのだ。
木々はなぎ倒され、丸裸になっている。
いや、山肌が見えるならまだマシだったかもしれない。
<埋めつくす、という表現がよく合いそうですね。>
マキーナの感想の通りだ。
それこそスクラムを組んでいるかのような密集具合で、悪魔達がこちらに背を向け蠢いている。
悪魔の肌は紫だったり赤だったりと、暗い色ではあるが様々だ。
その様々な色味が、まるで地獄のパッチワークのように山一面を埋めつくしている。
「……これ、なぎ倒して山頂に行かないといけないのかよ。」
<……?
何か妙だと思いませんか勢大。
先程から、こちらを向いている悪魔が一体もいません。
何故彼らは、我々が観測しているにもかかわらず地面に顔を向ける様に組み合っているのでしょう?
よく見れば上を目指して先へ進むわけでもなければ空を飛ぶわけでもない。
何をしているのでしょうか……?>
言われて“確かに”と思い、歩いて近付きつつ山肌をよく見る。
「うげ、コイツ等、融合してやがるのかよ。」
どの悪魔も隣の悪魔とくっ付き合い、一体化している。
つまり、この山を覆う程の悪魔達が一つとなり、まるで脈打つようにたまに動いているのだ。
“まるで一つの生き物のように”ではなく、本当に一つの生き物になっているのだ。
<勢大、その他にも奇妙な事が。
先程からずっと観測し続けているのですが、“空間が異界化”していません。>
言われて、周囲を見回す。
偶然なのか生物の本能なのか、人っ子1人、虫の音1つ聞こえない。
だが、確かに周囲の風景は色を失っていない。
「異界化する必要すらなくなった、ってところか。
状況は思ったよりずっと悪い、って事なのかね、マキーナさんや。」
<回答するまでも無いかと。>
俺はやれやれとため息をつきながら、ジャケットの内ポケットから金属板を取り出す。
名刺よりも少し大きめのそれは、表面に盾のエンブレムが描かれている。
改めてよく見てみると、盾のエンブレムの中に歯車がビッシリと描かれている。
(……はて?こんなデザインだったっけか?)
久々にマジマジと見たからか少しデザインが変わっている気がするが、今それを追求していても仕方ない。
「よし、マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。>
へそ下に当てた金属板が輝き、俺の周囲を光の線が走る。
光と光がフレームのようにつながり合い、その間を淡い光が輝くといつもの姿へと変わる。
最後に髑髏の意匠が施されたメットが装着されると、俺の視界にマキーナの情報が次々と表示されていく。
『……なるほどねぇ、この悪魔の融合体は、言ってみりゃ卵みたいなもんなわけか。』
表示された情報、“山全体を一個の悪魔”と認識している。
そこに表示された名称は“ゆりかご”。
なるほど、コノハナサクヤが生まれ変わるための卵であり、揺り籠であるわけか。
なら、育つ前に叩き割ってやるか、と、俺は百歩神拳で手前の悪魔を打ち抜く。
真っ黒な血液が噴き出たかと思うと、まるで動画の逆再生のように噴き出た血液が戻り、一瞬で修復される。
<今の一撃で判明した情報を表示します。>
『おいおい……、マジかよ、この中でどんな事が行われてるってんだよ。』
マキーナの観測結果が視界に表示される。
この“ゆりかご”、膨大なエネルギーの塊らしい。
数値を見ていてもさっぱりわからないとマキーナに問うたところ、“単純に考えれば、太陽とほぼ同等のエネルギーです”という、また果てしなく想像できない回答が返ってきた。
『……よくわからんが、つまりはこれをどんなにぶっ壊そうとしても、瞬時に再生しちまうって事か?』
<そう思っていただければ結構です。>
なんともまぁ。
恐らく中にはあの子達がいるはずだ。
少しでもその援護になればと、この表面を荒らしまくって力を削ごうとしたが、全く意味をなさないようだ。
『それなら、結局は正攻法で行かないとダメって事か。』
山頂にある神社、そこから侵入するしか方法は無さそうだ。
マキーナに確認したら、一応俺が触れても問題ないらしい。
良かった、この悪魔達と同じように俺までくっ付いて動けなくなったとしたら、それこそシャレにならん。
『うぇ、気持ち悪い感触だなぁ。』
ブニブニと、悪魔達を踏みしめて山を登り始める。
踏む度にくぐもった声が聞こえたり、もぞもぞと回避するように動くのが気持ち悪いが、今は我慢して歩くしかない。
<気持ち悪い感触程度なら、まだマシではないですか?
これらが全て襲ってきたらと考えると、私はそちらの方が手間だと思いますね。>
マキーナのすました言い方に、つい笑いそうになってしまう。
これだけの数の悪魔に襲われたら手間なんてレベルでは無いだろうが、それでもその一言で片付けられるくらいには信頼されている、と言うことだろうか。
『何にせよ、体力やらエネルギーやらを温存できたのはありがたい……って、あれは何だ?』
山頂にたどり着くと、禍々しいオーラを放つ神社が目に入る。
ただ、それだけでなく境内には争った跡と、そして何かの赤黒い塊が石畳の上に落ちていた。
近寄ってみると、それは四肢を引き千切られたかのような無惨な体。
ギルガメッシュの、それはもはや残骸だった。
失礼しました!
シンプル上げ忘れです!!




