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異世界殺し  作者: Tetsuさん
薔薇の光
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60:黒の薔薇

旧スラムで暴動騒ぎが起きた。

サラ嬢がそう告げた。


午前中にキンデリックから聞いた話と繫がる。

どうやら帝国は、“別の方法で王国を弱体化”させるつもりらしい。


何も言わず立ち上がる。


「行くのですか?でしたら私も。」


サラ嬢も立ち上がる。


「オイオイ、馬鹿言っちゃいけないよ。

連中の狙いに、まだアンタも含まれてるかも知れないんだ。

こういう時、お姫様は王子様の助けを待つもんだぜ?」


気楽さを出しながら押し止めようとしたが、サラ嬢の目には決意が宿っているのがわかる。


「悪い魔法使いに囚われたお姫様を救う勇者の物語、よくあるお伽話ですわね。

でもたまには、お姫様が武器を取って悪い魔法使いを倒してしまう御話があっても、面白いと思わなくて?」


痺れるね、どうにも。


「ではサラ様、お父様、急ぎ支度を整えますか。」


リリィも当然のように立ち上がる。

やれやれと思いながら、一足先に現地へ向かうことを伝える。

仕込の装備はいつも付けている。

この子達が着く前に、粗方片付けておく必要があるだろう。


「お待ちになって。

念のための保護をおかけします。」


サラ嬢がこちらに手を向けると、俺の体を淡い光が薄い膜のように広がり、そして左胸に集まる。


“ロズノワルの名において命ず、薔薇よ、彼を護れ”


光がおさまると、左胸には銀の薔薇がブローチの様に付いていた。


「この薔薇が周囲の悪いモノを吸収します。

ただ、限界まで吸い込むと黒い薔薇となって落ちるので、あまり過信はしないで下さい。」


これが家名の、黒薔薇(ロズノワル)の由来だと教えてくれた。

元々は魔導師の家系で、帝国と王国が踏み込めなかった“呪われた地”を、この秘術で開拓し続けた一族だったらしい。

それ故帝国と王国は、その努力に敬意を示し、ロズノワルという家名を贈り公爵領として認めていた、と。

“設定資料集に書いてあっただけですけどね”とはにかんだ笑顔でサラ嬢はそう告げたが、マキーナが使えない今の俺には、心強い支援だった。


<シ……ア……デー……、解析……完……し……。>


僅かなノイズが聞こえたが、よく聞き取れはしなかった。

マキーナかと思い久々にポケットから取り出したが、特に目立った変化を見つけられない。


ともあれ、今はそれどころではないとポケットにマキーナを戻し、二人に“先に行っている”と告げ、俺は走り出した。



旧スラムに着いたとき、最初に感じたのは明るさだった。

太陽はとっくに落ちたのに、街灯の光以上に赤く明るい。

そのはずだ。

至る所で家が燃えている。


だが、ポツポツといる人間は、誰も悲鳴を上げず、ただフラフラと目的もなく周囲を歩いている。

隠しからトンファーを取り出し、右手に握る。


「オイ、何があった?」


その言葉に反応し、こちらを見た男性とおぼしき人物は、顔の右半分を無くし、白く濁った左目でこちらを見る。


「オ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」


人間とは思えない呻き声を上げ、両手を広げながら人間とは思えない速度で迫り来る。


「すまん、おっさんに抱きつかれる趣味はないんだ。」


かわしながらトンファーで頭を薙ぎ払う。

顎から上が飛び散り、そのままの勢いで地面に突っ伏すと、痙攣しながら動かなくなる。

“頭を潰せば動かなくなる”と言うところか。

だが、あまり深く観察していられない。

今の戦闘音で、追加で3体の魔物化した元住民が寄ってくる。

このままではらちがあかない。

キンデリック組に行けば、多少は腕利きがいたはずだ。

ここを突破して、まずはキンデリック組に行かなければ。

魔物化住民3体に向けてトンファーを振るう。

魔物化していることで、動きが早く筋力も異常なほど増大しているため、1対1でないと簡単には倒せない。

しかも鋭く伸びた爪と牙が厄介だ。

そこらのナマクラ剣よりも切れ味がある。

何とか2体を倒し、やっと1対1だと思った瞬間、上に影が出来たことに気付く。


「しまった!!」


4体目が、屋根の上から襲いかかってきていた。



咄嗟にガードするが、前と上からの捨て身の同時攻撃はかわせない。

どちらかを受けたにせよ、どちらかの攻撃は当たり致命傷になる。

俺は観念し、死なないように衝撃に備える。


だが、その瞬間は訪れなかった。


「リリィのお父上、ご無事ですか!」


「ハハ、まさしく白馬に乗った王子様だな。」


白馬に豪華な馬具をつけ、自身も銀の鎧に身を包んだジョン王子が上からの敵を薙ぎ払っていた。

正面の敵を見ると、頭から胸にかけてが吹き飛び、ドサリと仰向けに倒れる所だった。


「さぁ皆さんお待ちかね!

この俺、天才魔導師ハミルトン・M・マーディアス様のご登場だ!

……なんてね。

ジョンばかりには良い格好させられませんからね。」


振り返ると、魔導宰相の息子、ハミルトンが杖を構えて立っていた。


その声を聞いた魔物化住民が襲いかかろうと走り寄るが、たどり着く前に頭に複数の氷の矢が刺さり倒れ伏す。


「ハミルトン、調子に乗るな。

こうなってしまった彼等に、せめて速やかに引導を渡してやるべきだ。」


眼鏡を押さえながら経済宰相の息子、アークがそう告げる。


「サラ様が聖域を展開して事態を収束させるまで、完全に魔物化した元住民を討伐し続けるのだ。

長丁場になるかもしれんから、いつもみたいに大技ばかり使うなよ!」


おお、見たことなかった騎士団長の息子のアルフレッドまでいる。

やはりこの4人、能力は高そうだ。

ならばここは任せても問題は無さそうだな。


「お父様!やっと追いつきました!」


リリィ達も合流する。

丁度良いかと先程のアルフレッドの発言の意味を聞くと、この元スラム街を中心とした巨大な魔方陣の中心で、サラ嬢の聖魔法を使い“魔方陣破り”を実施するらしい。

更に聞けば住民も魔物化する前に昏睡状態になるフェーズがあるらしく、そこまでの状態なら魔方陣を破りさえすれば、魔物化する事無く沈静化出来るらしい。

ただ、昏睡から目覚めてしまった者達は完全に魔物化してしまっており、“倒す”以外に方法は無いそうだ。


“治せたかも知れない住民を殺したわけではなかった”と言う事実はこの場において何の慰めにもならないが、それでも少しだけ、俺の心の痛みは軽減された。


「すまん、そちらは任せても良いか?

俺は確認したいことがある。」


ジョン王子は俺を見ると何かを察したように、力強く頷く。


「リリィのお父上、私が申し上げるべき事では無いかもしれませんが。」


ジョン王子が馬から下り、剣を納め兜を外して俺の前に立つ。

男でも見惚れるような美貌、とはこういう奴の事を言うのだろうな、と思う。


「どうか生きてお戻りを。

我々が向かう中心地とおぼしき場所は、現在地からですと最近舗装工事を実施した南西の大通りの筈です。

多分貴方が向かわれる場所からですと、ほぼ南の方になると思います。

そこでお待ちしております。」


こいつめ。

俺の目的地まで当てやがるか。

優秀な王子様だな。


「わかった。

だがそこは、“来る頃には終わってますが”位は付けてくれると、尚嬉しいけどね。」


笑って握手を交わす。

ジョン王子は“努力しましょう”と笑っていた。


彼等に見送られ、俺は宵闇を駆け出す。

良い若者達だ。

死なせるわけにはいかねぇな。

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